12

――ブティカは部下たちを集め、プルドン率いる反乱軍への打開策を話し合っていた。


だが、ろくな意見が出なかったのもあって場は暗くなっている。


彼女たちはプルドンの軍が本国近辺の平原に現れてから迎撃に出たものの、すでに数週間もこの場に釘付けにされているのだ。


この間にも別の道には、反乱軍本隊がリリーウム帝国へと向かっている。


いつまでもこの場に動けないということは、リリーウム帝国軍で最強といわれるブティカ将軍が、敵の本隊と戦えないということになる。


現れたプルドンは、それを狙っての陽動だったのだろう。


リリーウム帝国軍で先陣を切るのは、間違いないブティカ·レドチャリオだと、敵にはわかっていたのだ。


現状、たがいに陣を敷いて向き合っている状態で引き返せば、追撃戦が始まり、ブティカの軍は不利になる。


かといって攻めようにも、プルドンの軍はまともに戦おうとせずに守りを固める。


沈黙が続く中で、兵たちから「ここは一か八か強引に攻めてみてはどうか?」という意見が出てきた。


誰もが言いたくても言わないでいた考えだったが、すでに部下たちもしびれを切らしていた。


このまま膠着こうちゃく状態が続けば、自分たちは本国に戻って反乱軍ラルリベの本隊と戦えなくなる。


リリーウム帝国軍にはまだ勢力は残っているものの、多くのベテランの将軍は反乱軍に参加しているという状況だ。


本国にいるのは、まだ戦に慣れていない若者ばかり。


リュドラ·シューティンガーなどの優秀な将兵はいるが、正直いって心許こころもとない。


「私もずっと考えていた。退却しても痛手を受けるならば、いっそのこと無理にでも攻めるのも変わらないのではないかと……」


ブティカの言葉に、兵たちの表情が明るくなった。


将軍は覚悟を決められた。


こちらも被害は出るが、どちらにしてもこれで膠着状態が終わるのはたしかだと。


兵たちが声を張り上げる。


指示をくださいと。


今すぐ反乱軍プルドン将軍の首を取ってこいと。


味方の誰もが士気を上げる中、ブティカたちがいた軍幕に人が入ってくる。


「おぉー、やってるねぇ。あたしも混ぜてよ」


それはクスリラだった。


彼女はヘラヘラと笑いながら酒臭い息を撒き散らし、皆が囲んでいるテーブルの上に、持っていたワインのびんを数本乗せた。


それから用意していた木製のジョッキをいくつか並べて置き、その場にいた全員に声をかける。


「よーし。じゃあ、まずは景気づけに一杯いこうかぁ。さあさあ皆さん、ワインを楽しみましょう! まあ、グラスじゃないのは残念だけどねぇ」


声をかけられた兵たちの表情が強張る。


この女は何を考えているのだと、ひたいに血管が浮いていく。


そもそもブティカが禁酒を決めてから、兵たちも勝つまでは飲まないと決めていた。


それを知ってか知らずか、クスリラは連日昼夜問わずに飲み続けてる。


それはまだいい。


ブティカは別に軍律で定めたわけではない。


あくまで彼女が個人的に禁酒をしているだけだ。


それは兵たちも同じで、皆が彼女が三度の飯よりも好きな酒を我慢しているとして、自主的に止めていたのだ。


それをこの銀髪の女は――。


兵たちは椅子から立ち上がり、クスリラを囲むように動いてくる。


「ひえー!? なんで皆そんなに怒ってるんだよ!? あたしは盛り上げようと思っただけで……ブティカ将軍からもなんかいってやって! あッ!?」


ワインの瓶を片手にブティカに寄りかかったクスリラは、彼女に思いっきり中身をぶちまけてしまった。


顔面からもろにワインをかけられたブティカは、まるで血塗れにでもなったかのように真っ赤に染まっている。


兵たちはもう我慢の限界だった。


誰もが剣を抜いてクスリラに迫ってくる。


それはけしておどしではなく、この場で斬り殺してやるという意志が、兵たちの全身から感じられるほどのいきおいだった。


「待て、お前たち」


クスリラに剣を振り落とそうとした瞬間、意外にも兵たちを止めたのはブティカだった。


彼女は椅子に座ったまま両腕を組むと、傍で腰を抜かしているクスリラに言う。


「この程度のことで死罪はない……。たとえ下の者が上の人間に逆らおうが、命の危険や裏切りではない限り、味方同士での殺しは軍律で禁止になっている……。帝国軍ではそういう決まりだ」


「あ、ありがとうございますぅ……」


「だが、罰は受けてもらうぞ、クスリラ。わざとではないにしても、会議の場をむやみに乱し、上官の顔に酒をかけたのだからな」


「えぇぇぇッ!?」


クスリラは兵たちに取り押さえられ、幕の外へと連れていかれた。


そして、まるで土でも食わせるかのように、彼女の顔を地面に押さえつける。


真っ赤だったクスリラの顔が砂や土で汚れる。


「許してくださいぃ……。あたしはただ暗くなっている場を、明るくしたかっただけなんですよぉ」


なんとか顔を上げたクスリラは、松明の光で薄っすら見えるブティカの顔に視線を向けた。


その顔は鬼のようだった。


ブティカもまた、兵たちと同じくクスリラをよく思っていなかったのだ。


だが、そこは軍を束ねる将軍。


感情を抑え、彼女は今でも中立をたもっている。


これは軍律による罰である。


今のブティカの形相は、大義名分を得た彼女の、クスリラに対しての本音が出た瞬間だった。


「リリーウム帝国軍の軍律にのっとり、むち打ち百回だ」


「お待ちください! ブティカ将軍!」


刑が執行される直前、ラフロがブティカの前に、すべり込むようにひざまずいた。

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