最終話 二年越しの約束。

「本日の撮影は終わりです。ありがとうございましたー!」


 テレビ局内、ADさんの声が響き渡ると、頭をペコリと下げた少女が俺の元に駆け寄って来る。

 笑顔が素敵で、黒髪で、誰からも愛されている。


「えへへ、疲れました」

「お疲れ様、かなり良かったと思うぞ。声も出てたし」

「本当ですか? ありがとうございます! 今泉・・さん!」

「ああ、じゃあ帰ろうか。朱里・・ちゃん」


 彼女の名前は山城朱里やましろあかり、俺がマネージャーしている子役だ。


「そういえば、もう二年ぐらいですか?」

「早いもんだな。俺が福岡・・に来て」


 あの遊園地から二年が経っていた。

 営業に戻された俺は、マネージャーになりたいと社長に直訴したが、当然のようにそうなれるわけもなく、だったら下積みから始めろと地方を点々とした。


 同じ事務所のアイドルや子役、そして一年前からこの福岡に来たのだ。

 けれども朱里ちゃんは凄くいい子で、徐々に認知度も上がってきている。


 一年ほど一緒にいたが大人顔負けの言動や気遣いに驚かされてばかりだった。

 そう、彼女・・によく似ている。


「でも、寂しいです。もう行っちゃうんですね」

「そうだね。でもまたいつか会えるよ。お互いがんばろう」

「はい! でも、今泉さんお堅いですよねー。結局、一度も・・・プライベートで遊んでくれませんでしたね」


 プライベート、その言葉に少しドキッとしつつ、何でもないような顔で答える。


「はは、マネージャーはそんなこと出来ないよ」

「まあでも、あたし知ってますよ。風花ちゃんとの過去のネットの記事、あれ今泉さんでしょ?」

「さ、さあねー!?」


 さて、明日の朝には飛行機だ。

 テレビではよく見ているが、元気にしているだろうか。


 機材を片付けるADさんたちの風景を見納めつつ、その日、最後の仕事を終えた。


 ◇ ◆


「シートベルトの装着をお願いします。」

「…………」

「お客様、聞こえてますでしょうか? シートベルトをお願いします」

「あ、ああ、すいません……」


 離陸前、CAさんの言葉が過去の俺とフラッシュバックし、固まってしまっていた。

 もちろん何度か都内には帰っているが、彼女・・とは会っていない。


 あの時よりも随分と忙しくなったのは知っているし、雫も忙しそうだと言っていた。


 ちなみにニャン太ともこっちへ来ていた。飛行機での行き来をさせたくなかったので、テレビ局のコネを使って、車で雫の家に送っている。


 ……なんだろうな、この気持ちは。


 配置転換辞令と書かれた紙を眺めていると、いつの間にか窓の景色が空になっていた。


「綺麗だな」


 ◇ ◆


「ふう、思ってたよりも暑いな」


 スーツケースの車輪がカタカタ音を立てている。

 そろそろ買い替えの時期だなと思いつつ、ガラス越しの日差しが目に入り込み、思わず手で壁を作る。

 その時、後ろから声を掛けられた。


「あのすみません、もしかしてネットで騒がれていた人ですか?」


 慌てて後ろを振り返る。――今さらあの記事を見た人が?


 だがその声は嬉々馴染みがあった。帽子を深々と被り、サングラスをかけている。

 年齢は若そうだが、スタイルが良く、以前・・より身長が伸びている。


 如何にも怪しい風貌だが、いくら久しぶりでも俺がわからないわけがない。


 随分と成長したんだな。


「風花、バレバレだ」

「あ、やっぱり? てへへ」


 にこっと笑みを浮かべて、サングラスを少しずらして目を合わせてくれた。


 彼女の名前は安藤風花、年齢は16歳、高校一年生だ。


「おいおい、こんな所で顔を見せたらまずいだろ」

「ふふふ、大丈夫ですよ。私も随分とずる賢くなりましたから」

「本当か……?」

「それに力もついたし、身長も伸びました。ほら、荷物持ちますよ」


 ひょいと俺の左腕にあった紙袋を手に取ると、余裕そうに持ち上げた。

 嬉しくもあり、でもなぜか寂しくもある。


「そういえばどうしてここに?」

「式さんが帰って来るならどこへでも行きますよ。当たり前じゃないですか」

「仕事は? ドラマや映画に出演している最中だろ?」

「今日だけは前から仕事は入れてなかったんです。小松原さんから先に聞いてたので」


 サラリと言われたが、内心かなり嬉しかった。

 思わず笑みがこぼれる。


「ありがとな。実は局に頼んでレンタカーを借りてるんだ。それで一緒に帰ろうか」

「いいですね。行きましょう!」


 荷物を持つ彼女の背中は懐かしく、だが少し成長しているのもわかった。


 車に荷物を運びこむと、彼女はご機嫌そうに助手席に座る。


「シートベルトは――」

「はい! 装着しました!」

「はは、覚えてたんだな」

「当たり前ですよ、忘れるわけがありません」


 福岡にいる間、連絡はほとんど取っていなかった。

 二年前と比べてコンプライアンスの徹底も強くなり、会社の意向もあって出来なかった。


 そして俺は手に持っていた配置転換辞令をダクトに入れようとしたが、風花がそれをパッと奪い取る。

 じっと見つめたあと、今まで見たことがないほど顔を綻ばせた。


「ニヤニヤしすぎだ」

「えへへ、嬉しすぎます。ていうか、式さんの評判ヤバいですよ? 私のところまで敏腕だって回ってきてますから」

「そんなの当てにならないよ」

「ふうふ、式さんこれ、私の宝物にしていいですか?」

「ダメだ。会社の備品みたいなもんだからな」

「うー、せめて写メ撮らせてください! この文言の部分だけでいいですから!」

 

 必死に懇願する風花、俺ははあと溜息をついたが、内心は嬉しかった。


その部分・・・・・だけな」

「はい!」


 パシャッと撮影音が、車内に鳴り響く。


 そこには、今泉式こと俺が、安藤風花のマネージャーとして任命されたことが書いてあった。


 ――二年越しだったが、なんとか約束を達成したのだ。

 随分と待たせてしまった。


「しかしここまで大変だった。生半可の実績じゃ社長も小松原さんも納得してくれなかったからな。全部、風花が有名すぎるせいだ」

「そんなあー。でも、頑張りましたね。式さんっ」


 以前より随分と伸びた手で、俺の頭をなでなでする。

 なんでする側がそんなに嬉しそうなんだ?


「まあ、山本さんのおかげもあるんだけどね。けど、本当に俺でいいんだろうか」

「見てください。ほら」


 正直俺の配置換えは、前任の山本さんの口添えが大きい。

 だからこそ申し訳なかったが、風花が見せてくれたスマホには、少し大きくなった山本さんの赤ちゃんが笑顔でハイハイしていた。


「リモートワークで仕事をしたいってずっと言ってたので、式さんが来てくれて嬉しいみたいです。お子さんも思っていた以上に世話がかかるから大変だーって笑ってました」

「そうか、だったら良かった」


 車を発進させようとすると、風花が少し待ってくださいと言った。

 深呼吸してから、再び俺に顔を向ける。


「……式さん、二年ぶりですが、聞いてください。ハッキリいいます! 付き合っ――」

「ダメです。さあ、行くぞ」

「え、ええええ!? 乙女の一大決心をなんてひどい! 寝ずに考えてた言葉がいっぱいあるんですよ!?」

「あのなあ……任命そうそうマネージャーから降ろされるだろ」

「えー、そうですか? 社長公認! みたいな判子もらえないですか?」

「その前にパパラッチとファンに俺は袋叩きに合うよ」

「心配しすぎですよ、式さん」

「普通です」


 その後、二人で笑い合う。

 ああ、こんな感じだったなと。

 

 やっぱり彼女といるのは居心地がいい。


 だが、感傷に浸り過ぎは良くない。

 俺はマネージャーだ。


 しっかりと今後の戦略も立てていかないと、この世界では生き残れない。


「とりあえず事務所に戻ったら今後の仕事の話を詰めていこう。ドラマや映画の引継ぎで色々と話も聞きたいしな」

「むう、せっかくの再開ムードがぶち壊しです……会ってそうそう仕事だなんて……」

「はは、嘘だよ。ピザでも食べてのんびりしよう。俺も疲れたよ」

「あ、それ賛成です、賛成!」


 だったら美咲さんも呼んで、雫も呼ぼうと話が決まって行く。

 楽しそうだ、ああ、最高だ。


 車を発進させた後、少し経ってから風花が俺の名を呼んだ。


「式さん」

「どうした? 今ちょっと前しか見れないんだ」

「私、16歳になりました。――あと、二年ですからね」


 横に顔を向けることはできないが、おそらく満面の笑みだろう。

 まったく、他人の成長ってのはおそろしく早く感じるな。


 後……二年か。


 いやでも、そうなると俺って何歳だ……。

 ダメだ、考えたくない。


「俺だけ年齢止まってくれないかな」

「そういえば式さん、ちょっと老けたかも」

「……まじ?」

「嘘です、嘘嘘、格好いいですよ」

「本当か?」

「前より疑り深くなったんですね」


 こうして俺は、再び彼女のマネージャーとなった。


 ただこれはまだスタート地点。


 やるべきことはいっぱいあるし、これから先も困難があるだろう。


 もしかしたら前に進めない時が来るかもしれない。


 けれどもきっと大丈夫だ。


 俺の隣にいる彼女は、可愛くて綺麗で、それでいてもの凄く一生懸命の努力家だから。



 だから絶対、俺たちは上手くやっていける。



 それと……流石に言えないが……。



 風花がめちゃくちゃ可愛くなっててドキドキしてしまったのは内緒にしておこうか。


 ――――――――――――


 時間が経過し、二年越しでラストとなりました。

 web向けの題材ではなかったので誰一人として感想がもらえないかもと不安でしたが、多くの方に支えられました。

 

 以前書きましたが、このお話はGA文庫大賞に出す予定です(^^)/

 まずは一次審査突破を狙います! そして、目指せ書籍化!

 

 そうなってくれればいいナァ、なんて(*´ω`*)


 高校生になった風花、マネージャーとして立派に成長した式は、きっとこれから仲を深めていくと同時に、多くの人に感動を分け与えてくれると思います。


 本当にありがとうございました。


 最後になりますが、フォロー&星「☆☆☆」を頂けると幸いです!


 ブクマそのままで記念にでも残してもらえると嬉しいです。


 ありがとうございました(^^)/

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【完】14歳の天才子役のマネージャーになった26歳の俺、年齢差が12歳ってやばくないですか? 菊池 快晴@書籍化進行中 @Sanadakaisei

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