タビットと神の声

 冒険者ギルド支部「医食同源」の片隅で、イワンの仲間の歌人神官がタビットに呪い解きリムーブカースをかけている。タチの悪いメドューサにでも出くわしたのだろう。

 もちろん歌人神官のあれは無償の奉仕ではない。彼女はどうしてもどうしてもホーリーパロットが欲しいのだ。

「おや、やはり金銭を要求しましたね」

「このギルドって、生臭神官しかいないよねぇ」

 イワンの対面には、6人がけの卓に出来た皿の山脈を挟んでウスマーンが座っている。ウスマーンがちびちびと啜るスープには炎の妖精が舞っていて、暖かさを保っている。イワンもウスマーンと同じく冷たいものが苦手だが、こちらは料理が冷める暇はない。届いた1分後には、皿の底が見えていた。

 爬虫類の王バジリスク故か食い溜めをするウスマーンからすると、毎食体重の半分程度を食べるイワンは信じ難い生き物だ。他のナイトメアがここまで大食いなわけではない以上、この個体特有の性質なのだろう。これはこれで興味深いが、今のウスマーンにはより関心を引かれる対象があった。

「あのタビット、すっごく嫌そうな顔してる」

「魔法で負けるのが屈辱なのでは?」

「負けなの?」

「覚えられもしないのは負けた気がしますね」

「神の声が聞こえないなら無理でしょ」

「それはそれこれはこれですよ」

「秘奥魔法は?」

「探索中なのでまだ試合してます」

「あ、そぉ……」

 深智魔法使いのイワンは、魔法の研鑽に余念がない。喉元を飾る調声器もその結果の一つだ。妖精に頼むだけで自分で魔法を使うという感覚のないウスマーンにしてみれば、イワンの研鑽は狂気じみて感じられる。

 10皿目のステーキを食べ終えたイワンから目線を逸らすと、先程のタビットが気落ちした様子で野菜スティックを齧っていた。

「タビットって、なんで神の声が聞こえないんだろねぇ」

「確かに不思議ですね。ルーンフォークと違って純正の魂のはずですが」

「んーと、古代妖精のさぁ」

「フィーってテラスティアでは結構いるらしいですよ。妖精は神の声が聞こえないそうです」

 古代妖精であり人族でもあるフィーは、そうは言っても人間などとはかなり差異があるらしい。話の通じる妖精程度に思っておくと良い、とイワンはユーシズで聞いたことがあった。

「アステリア神でも?」

「ええ。妖精ってマナの塊じゃないですか、魂ってなんなんでしょうね?」

「族的な生き物っぽい動きするやつ? 脳みそか感覚器官かもねぇ」

「ではやはりフィーには無さそうですね。死んだら妖精に戻って魔晶石を核に復活するらしいですし」

「なら無いかもねぇ」

 15皿目のステーキを食べ切って、イワンがくるりとフォークを回す。

「ルーンフォークは疑似的な魂っていうじゃないですか」

「んー、模して作ったって言ってる?」

「はい。精神にはなっても神の声を聞く機能までは再現できなかったのでしょう」

「わりとしっくりだなぁ。じゃあタビットはぁ?」

「なんだと思います?」

「そういう呪い?」

「草食動物に似てるって珍しいですよね」

「ケンタウロス、ミノタウロスー……ライカンスロープにもいた気もするぅ」

「じゃあ蛮族じゃないですか」

 バルバロス、とウスマーンが訂正するも、イワンが23皿目を頼む声にかき消される。ため息と共に飲んだスープは、ようやく半分が無くなったくらいだ。

 そういえば、とイワンが皿から顔を上げる。

「タビットって肉球あるんですよね」

「へ? 肉球? じゃあ肉食の生き物じゃぁん」

「そうなんですか?」

「そうだよ。肉球は音消しだから、肉食獣の物ぉ。ほら鹿とか蹄で音がする」

「確かにそうですね? ではうさぎは?」

「ないよぉ」

「無いんですか?」

「無いよ」

 イワンとウスマーンが揃って室内を見回す。先程のタビットはちょうど仲間と合流したところのようで、ハンバーグを一口もらっていた。

「……まあうさぎじゃないですしねタビット」

「まぁ、そうだね」

「神の声が聞こえない理由にはならないけどねぇ」

「呪いである根拠が揺らぎましたからね」

 間違いなく草食動物である人族もいないようだ。間違いなく植物の人族がいることを考えると不思議なものだが、いないものはいないので仕方がないだろう。

「タビット達は自分達が神の末裔だから? みたいな事言いますよ」

「それはさぁ、無いでしょ」

「おや、何故です?」

「神族ならもう少し異様な力があるべき。というか、神族は人族じゃないよねぇ」

「そうでも無いですよ、神となるはずだった魂が生まれた種族としてヴァルキリーがいますし」

「じゃあ末裔はそれ」

「否定はしません」

 イワンのステーキはついに30皿目に突入した。見ているだけで腹が膨れる、とウスマーンがイワンの方へスープを押しやる。ウスマーンが1時間かけて半分まで減らしたスープは、10秒と持たず消えた。

「そもそもぉ、神の声が聞こえないって何になるの?」

「プリーストになれませんね?」

「まーそう。それって何か起きるぅ?」

「そうですね……あぁ、ダルクレムとその配下の神の声も聞こえませんよ」

「まぁそう? ならぁ、ラーリスとかに影響されないね?」

「されないですね。……これでは?」

「第二の剣系からの保護ぉ? なら魂?」

「魂自体を穢れから保護してます? であれば、大事な魂ですね。作り立てとか」

「新規製造魂の保護? 弱くない?」

「まあナイトメアとか人族ですからね。ではそれこそ神の末裔、というかかつて神であったものの方がありそうですね」

「んー……人族って神を目指すんだっけぇ?」

「いえ、神の兵士です。輪廻を繰り返し強く穢れない魂となる事で、ライフォス神などの兵士として働けるようになるんです」

「あーね、その辺は変わらない感じ」

「同じ魂持ちではありますからね」

「それはね、そう。それでタビット?」

「やはり魂の保護ではないですか? 穢れているか新規製造か、はたまた死した神かはわかりませんが」

「魂作るのって、始まりの剣だよねぇ」

「おそらくはそうでしょうね。……やはり新しい魂の保護なのではないですか? 神の声が聞こえないのであれば、己の目指すものを誰かに左右されずに見定められます」

「一理あるぅ」

 コップに残ったコーヒーを飲み干して、ウスマーンは卓に突っ伏す。物を深く考えるにはそろそろ限界というところまで頭痛が強まっていた。

 ウスマーンの仲間が来たら、流石のイワンも起こしてくれるだろう。イワンの呆れ顔を見ることもなく、ウスマーンは寝息を立て始めた。

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ラクシア種族考 凪橋イオ @io_shosetsu

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