第8話 来訪

 翌日。

 朝一に王宮直属の騎士がやってきて律儀に財産の半分をもっていく。加えて、臨時の税金だといって世帯数に合わせてかなりの額を持って行った。

 つまり、俺がいるとすごく迷惑になるので屋根裏部屋に隠れてやり過ごす。ま、俺にはもともと戸籍もないしバレることはない。

 にしても、国っていう奴は持っていく時だけ迅速に行動して還付するときは難癖付けていつまでたっても行動しないんだよな。その辺、しっかりやってもらわないとな。

 って、愚痴を言っていても仕方がない。

 そろそろ出ていくか。

 

 今日もまた晴天なり。

 雲がない青空が広がっているけど、ここに住んでいる人の目は随分と沈んでいる。


「オーラ、大丈夫か」


「大丈夫さね、これも仕方がないこと」


 大きなため息が聞こえる。

 いつも元気なオーラですら、さすがに正気とは言えない王令に辟易しているといった雰囲気だ。

 ついさっき騎士たちが帰っていき、その手には徴税した金貨が握られている。どことなくにやにやした顔が印象的だった。


「おかしいですよ。どうして私たちばっかり」


「それを言ったら意味がないさね。いつの時代だってあたしらは我慢するしかないさね。これが大人の世界さ」


「む~~」


 リファが頬を膨らませて抗議の意思を示す。

 王令に従ってのことだから自分がどうこう言ったところでどうにもならないことは知っているはずだが、それでも飲み込めない部分は存在する。


「大体、評議員が来るからって何? 私には関係ないんだけど。そんな上部ばっかり取り繕っても何も意味ないよ」


「上の人にとって、その上部だけっていうのがとても大事なのさね」


「そもそも評議員って偉い人?」


「難しいところさね。でも、間違いなく偉い。世界貴族とは違って貴族番付には入っていない。まあ、辺境伯って言われているさね。具体的には世界政府という組織の維持運営を任せられている人たちさ。毎年、各国のランク付けを決定する機関でもあるから実質的には大王以下侯爵以上ってところさね」


「……それってすごく偉いね」


「そうとも言えるさね。あたしらにとってはどうでもいいことで国にとってはランキングを左右する事態になるから本気で挑んでいるのさ」

 リファとしてはどこか納得できていないような感じで少し不貞腐れている。まあ、気持ちはわかる。俺だってガキの頃は納得できなかったからな。今だって納得できたわけじゃないけどな。


「あたしらは必死に生きていくしかないさ」


「は~い」


「俺も良く当てないしもう少し手伝うよ」


「いいのかい、お金はないよ」


「金なんて要らないよ。俺みたいな浮浪人には今日を生きる小銭とひとかけのパンがあれば十分だ」


 さすがに乗り掛かった舟だ。

 ここ降りてしまえば寝覚めが悪い。

 どうせ行く当ても目的に何もないんだ。なら、ここで足踏みしても問題はない。それも、気になるんだよ。

 ロンドリアのことを忘れたように重税に舵を取ったこの国に行く末がね。


                    ※


 それから一か月が経過した。

 その間、俺はずっと孤児院に厄介になっていた。もちろん、ただ飯食らいになっていたわけじゃない。ちゃんと働いていたさ。

 町に行って適当な肉体労働をして空いた時間に孤児院の掃除とか整備とかやっていた。

 これまでとあまり変わることのない生活を送っていたけど、なんというか暮らすべき拠点があるだけで随分と生活に余裕があるような気がする。


 ファーガルニ王国。

 ここの孤児院が属している国の名前。

 一か月前に王令によって評議員の来訪に備えて重税を課して以来、毎日のように税金の取り立てがあり俺も町の工事現場で働いているけど、まあ、なんというか殺伐としている。

 親方のピリピリが伝わってくるんだから。


「まったく大きな声で言えないけど、やっていられないさね。稼ぐ金の半分以上は税金で持っていかれてしまうよ」


「私のお小遣いもなくなったよ」


 とまあ、いいことはない。

 この国の給与支払いは基本的に日払いになっている。なので、如実に手取りが減っているのがわかってしまう。


「ギルもそろそろこの国を出ていったほうがいいんじゃないんですか? もう十分に恩は返してもらいましたよ」


「そうだな……」


 一見嫌味のように聞こえるけど、そういうわけじゃない。一か月、一緒に過ごしてこの人たちがいい人だっていうことは十分よく分かった。百パーセント善意の気持ちで言ってくれている。


「今はやめておいたほうがいいさな。評議員が来るから街中どこへ行っても厳戒態勢が敷かれているさね。少しでも何かあればその場で切られてしまう」


「恐ろしいんだが」


「それだけ世界政府の役人っていうのは立場が高いってことさね」


「厄介だな……」


 確かに窓の外を見てみれば、ここは王都の外れにある孤児院だが、それでも前を走る道には王宮の騎士が歩いている。どの騎士も目が充血する勢いで周りを監視していた。

 ははは、あれじゃ迂闊に行動できないな。

 特に俺は外国人だから、下手に動けばよくわからない不文律に引っかかってしまう可能性も高い。


「評議員が来るっていうのはいつだ」


「明日さね。明日はあたしとリファは王都へ行く。王令でね国民は総出で評議員の来訪を祝う必要があるってことだ。正直、従う必要はないし行かなくてもバレることはないと思うけど、誰もがそう思っていれば閑散とした街になってしまうさ。そうなれば、あの王がどれだけ怒るのか想像したくもないさね」


「俺は……」


「行かなくていいさね。国民ではないからね。こんな面倒なことに首を突っ込む理由はない」


「そうするよ」


 俺としてもいかなくて済むならそれに越したことはない。

 明日は休みの日にしてのんびりと孤児院で過ごそう。


                  ※


 ついに評議員が来る日が来てしまった。

 とはいっても俺にできることはなく入れに引き籠るだけ。

 リファとオーラはすでに家から出て行って迎える準備をしているらしい。どうして世の権力者という奴らは挙って人前に出たがるのだろうか。

 んなことはどうでもいいか。

 せっかく誰もない孤児院なので適当に散策してみよう。元々は三十人くらいで過ごしていたところだから面積的にはかなりでかい。

 小規模の学校くらいの大きさは誇っている。

 だからこそ、掃除とか庭の整備とか面倒くさいんだけど。


 物置を覗いてみる。

 かなり埃っぽいけど、小さな子供のおもちゃが転がっている。少しやるせない気持ちになってしまう。

 孤児がいないほうがずっといいと思うってしまうが、同じくらいに孤児がいないことはあの二人を孤独にしていること言うことだ。


「家族は大事さ。血のつながりなんてどうでもいい。一緒にいることが大事なんだ」


 そんな柄にもないこと考えている裏、王都では大事件が起きようとしていた。

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