第7話 王宣

 お昼時の中央広場の周辺は人で混んでいた。

 孤児院が王都から少し外れた場所にあるので人混みが常にできることはまずありえない。


「慣れないさね」


 つい本音が漏れ出てしまう。

 恰幅のいいオーラだが人混みは苦手だ。それなりに年齢も重ねて人との付き合い方も知っているので人混みが目を向けられないほど苦手というわけではないが、好き好んで向かっていこうとは思えない。

 ここファーガル二王国は好景気とは言えない国だ。物価指数も上がってきているので消費意欲もそこまで高くないが、それでも市場になっている大通りは人であふれている。


「とりあえず買い物も済んだし、広場に行かないと」


 手に持っているバッグには今日買った品物が入っている。食料はリファの担当なので今日買ったのは日用品だ。いろいろと切れつつあったのでちょうどよかった。

 このまま帰ってもよかったが、せっかく来たので王城から重大発表があるといわれている広場に向かう。

 到着するとすでに人でごった返している。

 老若男女、年齢関係なく集まっていた。これまで王城からのお触れに関しては使者が国中に言って回るか、いたるところに張り紙をするか、魔術師によって声を全国に届けるか、それぐらいだった。しかし、今回は光系の魔術によって映像という形で届ける。こんなのは十数年前の旧王の逝去以来かもしれない。

 中央広場は千人近い人数が入ることができる円形の場所で中心には噴水があり、今回は臨時でかなりでかい黒い板が取り付けられている。この板に光魔術を使って映像を届ける仕組みだろう。

 開始の時間は正午。

 今はその五分前。


「何だろうな」

「さあ?」

「ああ、税金下げてくれるとかだったらいいのに」

「バカだな、そんなことあるわけないだろ。期待するだけ無駄だって」

「ほかに何かあるか?」

「ほら、近々、世界政府の役人が来るだろ。確か。それについての注意とかじゃないのか」

「だったら張り紙とかでいいんじゃないのか」

「万が一があったらまずいからじゃないのか。世界政府を敵に回すことは世界を敵に回すことと同じだからな」

「政治の厄介ごとに一般市民を巻き込まないでほしいな」

「まったくだ」

 

 隣に商人の男の会話に耳を傾けていた。どうしても孤児院には情報が届きにくいので他の人は今日何が始まるのか知っているものかと思っていたけど、そういうわけではないらしい。

 ――どうせすぐわかるさ。

 難しいことは考えずにオーラはその時を待った。

 所詮は国の難しいこと。一般庶民で若くもなく良くも悪くも普通のオーラに触接影響は少ないだろう。

 

 ジジ……ジ……ジジジジ……。


 黒い板に砂嵐のような乱れが映った。

 度があっていないレンズのようにぼやけては焦点が合って、ぼやけては焦点が合ってを何度か繰り返してようやく映像が安定する。


『皆、久しいな』


 まだ若い声だ。年のころは三十代。オーラが四十代なので自分よりもずっと年下だ。

『この放送を傾聴してくれ感謝しよう』


「王様だ」

「久しぶりに見たな」

「相変わらずな体形」

「大きな声で言うなって」


 オーラもかなり久しぶりに見たこの国の王。

 前項王が急に逝去したため二十代前半で戴冠した若き王。戴冠当時はまだまだ青年の青さが抜けきらずに篝の王といった順位気が抜けず実際、政治の多くは周りの執務感が代行していたという噂もあった。

 ここ数年は自分の発言力を上げていき、今では顎にひげを蓄えて見た目は王様っぽくなっている。しかし、発言力が上がっていったことと比例して最近は無茶な政策を出すことが多く国民から顰蹙を買っている面もある。


『皆の協力もあって我がファーガルニは隣国でも類を見ないほどの大きな国と成長することができた』


 それはそうだ。

 最近は税金を上げて世界政府への上納金を余分に払っている。その点で見れば余裕のある国だと世界政府に見られ褒められるだろう。世界政府の認定基準は王の在り方だけなので、実際の国民生活には興味がない。


『今年のランキングについて発表があり、昨年は男爵位だったが、私が有望な存在でありファーガルニが巨大な国家であることを上納金で証明できたため子爵位を承ることができた。感謝する』


「言葉だけさね」


 オーラも小さな声で言ってしまう。

 どうにもこの手の人間は好きになれない。

 人間誰しも苦労しろとは言わないけど、生まれてからずっと王族として――無論、王族としての責務やプレッシャーはあるだろうけど――飢えや貧困で困ったことがないのに市民の生活がわかるはずもない。


『世界政府よりお褒めのお言葉をいただいた。これは偉大なことであり近年、全世界を見てもほかにないことだ。つまり、今、世界政府は我が国を注目しており、次の一手が最重要になるといえる』


 拳を強く突き出して強く口調で言う。


『約二十年前、我が父の時代に男爵位を頂き、以後、二十年、ファーガルニは男爵位を頂き失いを繰り返してきた。しかし、ここにきて史上初子爵位を頂けた。これは私の政治の腕を買っていただいたことだと思っており今こそより世界政府に貢献をしていくべきだと議会で決議された』


 ――おやおや。

 冷汗がオーラの額を流れる。

 これはよくない流れな気がしてならない。寒くないはずなのに鳥肌が立っている。口角が変に反応し眉間にしわが寄った。

 

 ざわざわ。

 

 周りにいる人たちもよくない流れを察知し始めていた。そもそも世界政府が基準にしているのは政府への上納金が大部分を占めている。つまり、税金をしている。政治の腕っていうよりも国民がきちんと上がり続けている税金をまじめに払い続けたからであって国王の手腕は関係ないはず。

 残念ながら、為政者は常に良いことは自分の手柄に悪いこと他人の手柄にしてしまう傾向が強い。

 現王も違いない。


『一か月後、世界政府の評議員がファーガルニを訪問することになっている。王都の視察である。すでに来年度のランキングの評定は始まっているのである。次はさらに上、伯爵位を頂けるように最善を尽くすつもりだ。我が国民たちもきっと同じ思いだろう』


 ――そんなわけないさね。


 これもまた喉の奥から出かけた言葉を必死に飲み込む。

 他の人がどう思っているか知らないがオーラからすれば世界貴族番付に名前が載るか載らないかなんて些細な問題であって、ぶっちゃけどうでもいい。

 ランキングから外れた年も載った年も税金は変わらないし還付金だってなかった。むしろ、前王は強いこだわりがなくなるようになれと言うスタンスだったが、現王はやたら貴族になることを拘っている。


『我が民たちも私が世界貴族に名を連ね、より上の爵位を貰えば鼻が高いだろう』


 ――知らないさね。


 王様と言ってもはっきり言って知らない人。

 そんな人が偉くなろうが違うだろうか、生活は変わらない。

 意気揚々と話している現王にはきっと羨望の眼差しを全力の喝さいを受けているんだと思っているのかもしれない。

 この映像は一方通行だから国民の表情を王が伺い知ることはできない。


『急で申し訳ないと思うが、今から全国民の財産の半分を徴収することとする』


「な、なんだって……」


 一瞬、自分の周りの空気が凍り付いたように思った。きっと、自分の聞き間違いだと信じて周りを見るが同じように口をあんぐり開けて時間が止まったように目をぱちぱちさせている。


 ――こいつは何と言った?

 ――財産の半分だと。

 ――そんな横暴な。


 税率の異常な上がり幅なんて生易しいものじゃない。これは暴挙だ。今だって高すぎる税金を何とかし払って今日を生きている者が多い中、そんなことをされれば路頭に迷う者だって出てくるぞ。


『支払いは明日の夜を予定しておる。全員、きちんと用意しておくように。いないとは思うが、支払いを拒んだり虚偽の金額を支払おうとしたりすれば全財産の八割を徴収することとするので努々忘れることのないように』


 鋭い眼光が画面から覗かせる。

 わかっていることだが冗談で言っているわけではない。本気で徴収する気でいる。


「おいおいおい、どうするんだよ。財産の半分って」

「んなもん、わかるわけないだろ。何万人いると思ってんだ。一人ひとり把握するなんて、そもそも俺らみたいな人間の数なんて知らないって」

「待て、この国は奴隷制度とかないから身分上は平民か貴族、王族だけ、そして、平民は出生時に届けを出すだろ。今だって住民届を出しているから調べようと思えばできる」

「マジかよ。んなもん出すんじゃなかった」

「でも、そうしないと他の制度の利用ができない」

「詰んだ」

「逃げるしかない。今なら国外へ」

「無駄だって、どうせこの放送中に国境警備を厳重にしているはずだ。警備の騎士相手なら物量差で押し切れるかもしれないけど、王国抱えの魔術師はどうにもならない。魔術は大人数を殲滅するのに使われるらしい」

「どうするんだよ」

「払うしかないのか」

「わかってんのか、半分だぞ」

「ほかに方法があるのか。わずかな可能性を信じて虚偽の額にするか、バレればそれこそ生活ができない」


「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ」


 他の人がぶつぶつと話し合っている。

 

「これはあたしもまずいさ」

 

 とりあえずオーラは混乱している広場を後にして足早に帰路に就く。

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