第2話 出会いは突然に

 さてさて、どうしたものか。

 よく考えてほしい。

 空腹で眠たいのか、命の危機なのか分からないけど、瞼を閉じていたら急に頭に衝撃があって目を開けてみればあたりは真っ暗になっていた。

 俺からすれば少し目を瞑っていただけのはずだけど、結構寝入ってしまってらしい。

 ここまではこれまでもあった。

 とりあえず腹は減っている。

 誤魔化す勢いで寝ただけなので、何かを口にしたわけではなかった。願わくばどっかの誰かが恵みでも置いてくれればと思ったり、さらに善人が病院とかに連れて行ったりしてくれないかなって思ったけど、まあ無理だね。

 と、現実逃避をしてみたけど、こればっかりは初だな。


「なんだお前はッ!」


「……」


 目の前には厳つい男が三人立っている。

 いかにもな体格で腰には刃物が見える。

 あ~よくない、よくない。

 そして、振り返ると怯えた目で体が震え俺を見ている少し年下だろうか、そんな女の子。


「なんだこれ……」


 目が覚めればどう見たって良くない状況に巻き込まれている。

 ……巻き込まれている……? のだろうか。


「……」


「何とか言えよ!」


「……聞きたい。お前らは俺に用があるのか」


「はあ、何言ってやがる。お前が邪魔しようとしてんだろうが。とっととそこをどけよ!」


「つまり、俺は邪魔者ということか」


「ああそうだ」


 ふむ……。

 どうやらよくわからない修羅場を繰り広げていた現場が偶然俺が寝ていた場所で、偶然立ち止まった時に俺が起きて、偶然言い争いになった時に起き上がってしまった……ということか。

 うん、邪魔者はどっか行こう。

 そして、俺は怯えている女の子の横を抜けてそそくさと消えてしまおうと思った。


「ちょっと待ってください。普通、この状況で女の子一人見捨ててどっかに行こうとしますか」


 そんなに甘くなかった。

 横を抜けていこうとした俺の腕をつかんでうるんだ瞳でこっちを見てくる。

 なんか捨てられた子犬みたいだな。


「さすがに女一人を三人の男が取り合うなんて強烈な修羅場の対処は俺には荷が重いから他の人に当たってくれ」


「そんなわけないでしょ!」


 だよね。

 いやまあ、薄々わかっていたさ。

 この国には来たばっかりだけど、どんな情勢下なのかは分かったつもり。

 ロンドリアほどじゃないけど、随分治安が悪い。

 夜になれば貧しい人たちが裕福な家に向けて進行し物乞いをしている姿だって見てきた。

 ちゃっかり俺も参加したこともあった。


「腹減ってるからまた今度ね」


「ご飯、食べさせます。私料理が得意なので。多分、外国の人ですよね。ここの郷土料理とかに興味はありませんか!」


「マジ……」


「はい、大マジです」


 実のところ腹の調子はかなり悪い。腹痛とかそんなわけじゃなくて体力的というか、減り具合が半端ない。そうはいっても金はない。稼ぎきるだけの体力も残っていない。第一貴族の家を襲撃すれば簡単だけど、さすがに目立つ行動は避けたい。


「嘘だったら泣いちゃうよ」


「信じてください」


「まったく仕方がない」


 俺は再度振り返って男たちと向き合う。

 髭面の三人。

 まあ堅気じゃないだろう。

 元々、裏の世界にいて昨今の治安の悪さが伴って夜の無法地帯でいいようにやってきたのか。


「まあ、なんだ。ここは互いに見なかったことにしないか」


「ふざけてんのか」


 ゴンッ!

 と、一人の男が道端に落ちていた空の酒瓶を俺の脳天に向けて迷いなく振り下ろしてきた。

 痛い。

 ったく、ひどいな。

 こっちが話している間に攻撃しているのは反則じゃないのか。でも、この程度なら何度だって食らってきた。今更動揺することもない。


「どうして平然としていられる……」


「逆にどうして動揺しているんだ」


「普通、空瓶で殴られれば立っていられないだろ!」


「普通ね……」


 後ろのお嬢さんもそうだけど、普通って何だろうね。戦場じゃ急所を打たない限り人は死なない。なるほど、歴戦の強者みたいな風体していても結局、戦場に出たこともない甘ちゃんってことだ。

 ま、世界政府ができてから世界大戦なんて起きてないからな。


「ま、腹も減ったし。倒れてよ。さすがに命までは取らないからさ」


「何を――ッ! が」


 とりあえず近づいた。

 軽く数歩歩いただけ。

 なのに、男は反応できない。ちょっと怯えさせすぎたか。

 眼前まで移動するとゆっくり腕を上げてデコピンをした。首がガクンと後ろに反って膝から崩れ落ちた。

 ん~、軽くやったつもりだったけど意識飛んで行ったかな。腹減っているから加減具合がよくわからん。

 とりあえずもう一人もデコピンしておいた。

 よし、これで二人。

 さてと、あと一人――ッ! とと。

 俺の意識が強制的に引き寄せられた。

 眼前を過ぎていったのは刃。

 残った一人が腰帯につけていた剣を抜くと斬りかかってきたのだ。

 間髪入れずに斬りつけてくるが、そんなのじゃ俺に届かない。


 ――それに。


「無印……いや、四級制御器かな。そんなおもちゃじゃ俺に勝てない」


 向けられた剣に合わせるように回し蹴りを出す。剣の腹に的確に当たって見事に二つに折れてしまった。


「バカな。金持ちの家から盗んだ制御器だぞ」


「あのさ、たかが四級じゃ増幅させる魔力は知れてるし、特異な能力だってありはしない」

「く……」


「おとなしく寝てなさい」


 とりあえずデコピンしておいた。

 これで三人とも朝までは起きないだろう。

 後は勝手にやってくれるだろう。


「ふう、終わった」


「すごい、勝っちゃった」


「負ける勝負はしない主義なんだ」


「でも、ありがとうございます」


「いい、そんなのは。とりあえず飯を」


 ふらっとした。

 もう限界の腹具合で無理に動いたから限界突破してるよ。ついには幻覚すらも見えそうだ。少なくとも視界の輪郭がぼやけてくるぞ。


「今はありません。とりあえず家に行きましょう」


「そんな余裕はない」


「と言われても、買い物の途中だったのでパンとかはありますけど、地面に落としてしまったので」


「どこで!」


「あの、すぐ後ろで」


 俺は獣のような眼光であたりを見渡すと確かに買い物をした紙袋が落ちていて、そこからパンが見えていた。


「だぁああああああ!」


「ちょっと――」


 それに飛びつくと落ちていたパンを食べる。

 砂がついているし、一部は水たまりに浸かっていて泥を含んでいたけど関係ない。食べられるだけで幸せなのだ。


「汚いわよ……」


 お嬢さんは自分で言っておいてなんだけどそれはないわ……、みたいな顔で見ているけど気にしている余裕はない。

 砂だろうか、泥だろうが啜って生きてやる。


「ふう、何とか生き繋いだ」


「お腹崩しますよ」


「大丈夫だよ。そんなにやわじゃない」


「ありがとうございます」


 お嬢さんが頭を下げてくる。

 まあ、俺としてご飯にありつけたからこっちこそお礼を言わせてほしいくらい。


「でも……」


 クラっときた。

 腹は多少膨れたけど、すぐにエネルギーになるわけじゃない。おぼつかない足でたたらを踏んで俺は転ぶように倒れた。


「あの……大丈夫ですか」


「ああ問題ない。まだ体力回復してないだけ」


「……とりあえず私にできることで」


 そう言って彼女は固い地面の上で正座をすると、その膝の上をポンポンと叩く。


「……?」


「もう全部言わせないでください。ひ・ざ・ま・く・ら! してあげます。それくらいしないと申し訳ないです」


「……恥ずいな」


「そんなこと言っていないで」


 一応の遠慮は見せるけど、横になれるならなっておきたい。

 というわけで、膝枕をしてみる。


『おふっ』


 と、声が漏れるのを我慢して彼女の柔らかい膝の上に頭を乗っける。ふわりと沈みこむような感触に温かい体温が直接頭に伝わってきた。

 まあ、なんだ。

 男っていうのは簡単な生き物でそれだけで元気が出た。


                  ※


 人というのは単純なものだ。ついさっきまで空腹で死にかけていたのにパンと水(落ちたパンが大量の泥水を吸っていた)を腹に入れた途端に元気が溢れてくる。

 俺は目にかかる銀色の髪を払うとゆっくりと起き上がる。まあ、さすがにいつまでも年下の女の膝に世話になっているわけにもいかない。


「もう大丈夫ですか?」


「ああ、心配ない。世話になった」


「いえ、困ったときはお互い様です」


「そうか」


 彼女も起き上がった俺に続くように立ち上がる。ただ、立ってワンピースの裾についた土を落としているのだが、その所作はどこか美しく、気品があるようだ。

ただ単に俺が教育を受けていないだけかもしれないけど。

 ん~、と思いっきり背伸びをして深呼吸をする。これまで鬱憤ばかり溜まっていた肺の中に新しい空気が入れられた。同じ空気のはずだけど、どこか心地よい。満腹とはいかなくても腹が満たされているというのは気持ちを落ち着かせてくれる。


「本当に感謝する。何かお礼がしたいんだけど」


「気持ちだけで十分です。これも神の思し召しですから」


「――」


 そんな曇りのない瞳で言わないでほしいな。

 どうにも俺の兄、姉たちがとても素敵な性格をしているせいで、この手の善意しかいない行動には裏があると勘ぐってしまう。

 あ~嫌だ嫌だ。


「とりあえず、改めて食べ物をありがとう。俺の名前はギル……、そう、ただのギル、それでいい」


「はい、私はリファと申します」


 俺は何も考えることなく右手を差し出す。握手のつもりだったのだが、彼女――リファは一瞬、きょとんと首を傾げた。

 あれ? 何か違ったかな、俺もこの国の文化を知っているわけじゃないからな。握手が親交の証みたいな、感じなのはないのかもしれない。


「あ、すいません。外国の方ですね。申し訳ありません。この国では握手というのはあまり一般的ではなくて」


「おっと、すまない」


「いえ、問題ありません。どんな文化であれ、否定せずに受け入れる。それが世界政府の見解ですから」


「……そうか」


 リファは変わることのない笑顔で俺の手を取ってくれる。


「なんだか新鮮です」


 少し恥ずかしそうに頬を主に染めた。そんなうぶな反応を見るとこっちも変に恥ずかしくなる。


「んで、いらないといわれても、俺はさ、貸し借り話にしたいんだ。だから、適当に何かさせてよ」


「――と言われても、そうですね。今の私では特に何も思いつかないので、一回、私の家に来ませんか?」


「家に?」


「はい」


 純真な目のまま真っすぐにこっちを見てくる。

 いや、まあ、なんというか、リファはまだまだ純真だな。そのままで是非いてほしいけど、知り合ったばかりの男を家に招くのは危機意識的にどうなのかな?


「……そんなことを考えるのは無粋か」


「何か言いましたか?」


「何でもないよ。それよりもいいのか」


「もちろんです。母なら何かお願いがあるかもしれませんし、何より――」


 そこまで言うとリファは俺の体を足から頭にかけてじっくりと見る。まるで見定めを受けている気分だ。


「ギル、あのその……言いづらいんだけど、結構臭いがしますよ」


「……マジ?」


「ええ、マジです」


 右腕を鼻に近づけて臭いを嗅いでみるが、特に臭いを感じることはない。だからと言って無臭ではなく単純に悪臭に鼻が慣れすぎていて、臭いを感じ取れないだけ。

 よく考えれば風呂なんてずっと入っていなかったな。

 どうしても気ままに旅をしていると誰かと接する時間が少なくなってしまうから、こうした変化に気づきにくいんだよな。


「家にはお風呂もありますよ。それに、服だって汚れていますよね。私に会えたのも縁だと思ってどうですか」


「それじゃお邪魔するよ」


 ここまで言われて遠慮する理由もない。

 美意識に無頓着の俺でも、さすがに悪臭をばらまきながら歩くのは気が引けるし、人として失格な気もする。


「それじゃ決まりですね。こっちへどうぞ」


「おう」


 リファに連れられて市街を向けていく。さっきまでと違って頭がすっきりしていることもあり周りを見渡していると、やはり人々から奇異の視線が向けられている。てっきりふらふらしていることから向けられていると思ったが、どうやら違う。

 全身を見渡して眉間にしわを寄せる。

要は俺がみすぼらしくて注目を集めていたらいい。

 そうだとわかってしまうと急に恥ずかしくなってしまう。なので、リファも俺の関係者だと思われるのはあれだから、少し距離をとっておく。年頃の女っていうのは難しいからな。


「何をしているんですか、ギル。あんまり離れるとはぐれてしまいますよ」


「え、いや、そのだな……」


「手を繋いでもいいんですよ」


「おま――ッ!」


「ふふ、冗談です」


 小悪魔のような嗤うリファに俺はたじろいでしまう。リファはおそらく十五くらい。五歳年下にいいようにされてしまうのは悲しいよりも情けない。


「あのですね。私は気にしません。だから、離れずについてきてください」


「わかったよ」


 まるで、年下の兄弟を言いくるめるような口調でジトっと据えた目を向けてくる。


「どこまで行くんだ」


「もうちょっとです」


 横並びに街を歩いていく。人通りはそんなに多いとも言えない。石畳の道の両側に露店が立ち並び、商人たちが大きな声を出して客を寄せている。

 商品はどれも質が高いように見えた。

 とはいっても俺の目なんて当てにできないんだけど。

 石畳の街の真ん中を馬車が走り向ける。数はかなり少ないが、魔道車と呼ばれている魔力を帯びた石を燃料に走る車もあった。


「すごいですよね。世界政府の技術力って、そこにいる科学者や魔術師は一般公開されている技術に対して数世代先を行っている、なんて噂もあるんですよ。もうすぐ、空を飛ぶことも可能になるかもしれません」


「そうだな……」


 目をキラキラ輝かせて語るリファの姿は在りし日の俺に重なる。いや、きっと子供なら誰しも世界政府に対して期待と憧れを抱いているはずだ。

 

 ――ま、俺は大っ嫌いだけどね、あいつら。



「着きましたよ。ここが私の家です」


「……」


 王都街の端の場所。

 中心街へのアクセスは決していいといえないが、のどかな場所に大きな家があった。レンガ造りで二階建て、赤い屋根が特徴の一軒家だ。家を取り囲むように石壁があり、そこに表札が貼ってある。

 ロイテル孤児院。

 そう書かれている。


「気づきました?」


 俺が表札を確認したのを横目で見ていたリファが話しかけてきた。これまでの元気さがどこか消えて少し儚げな雰囲気を出しながら言う。


「ここは孤児院です。私の家です。ここにはお母さんがいます。だけど、義理の母です。昔、私はこの孤児院の前に捨てられていたらしいです」


「そうか」


 こんな時、どんな風に返すのが世界なのだろうか。我関せずを貫くのか、親身になって頷くのか、よくわからん。


「気にしないでください。さ、行きましょう」


「……」


 学がなく、他人とのふれあいなんて知らない俺にとって、こんな状況下ではバツが悪そうに付いていくことしかできない。


「お義母さん、ただいま」


 玄関を開けるとリファが大きな声で言う。すると、奥から一人の妙齢の女性が出てくる。

 歳は四十代半ばといった具合だろうか。地味目の服を着て、その上からエプロンを着ている。

 なんというか、母親だなっていう服装だ。


「おや、お帰り、リファ。そっちの人は誰だい? あ~、いいよ。皆まで言わなくて。そうか、ついにこの時が来てしまったんだね。覚悟はしていたんだけど、く~、なんだか、胸に響くものがあるね」


「あ、あの……お義母さん、何を言っているの?」


「大体ね、リファ。そんなときは一言先に言っておくもんでしょ。正直に言うのが恥ずかしいのなら友達が来るでもいいじゃないか。それなのに買い物に行くって言って連れてくるなんて、驚いたよ」


 この母親は目を大きくして渋い顔をしながらリファに言う。時折、ため息も交じっている。

 そんな予想外の母親の反応にリファも何がなんだが、わからないといった具合で、右往左往している。


「だから、お義母さんってば!」


「とりあえず上がって。何もないけどね、はははははっ!」


「確かにそれはそうだけど、何か勘違いしていない?」


「な~に、勘違いもないさ。年頃の娘が年頃の男を連れてきたんだ。そんな理由は一つしかないだろう。見たところ、この国の人間じゃないのかな。この国で銀髪っていうのは少ないからね。いや~、国際結婚、ん~、私も若いころは憧れたな」


「ななな、けけけけけけけけけけけけけけけけけけ」


 豪快なおばちゃんだな、っていう風にしか俺には見えない。冗談とも、本気とも受け取れない反応にリファだけ本気で狼狽えている。顔を真っ赤にして目を丸くして体から蒸気が噴き出るんじゃないかってくらいに興奮していた。


「違うから、そんなのじゃないから!」


「いいんだよ、恥ずかしがらなくて」


「いや、本当に違うの! 街中で倒れていて行く当てもないっていうからとりあえず

来てもらっての!」


「――」


「大体、私が結婚するってあり得ないでしょ。私はここをお義母さんに変わって引き継いでいかないといけないんだよ!」


「――なんだい、そんなことか」


 母親は露骨にがっかりしたように頭ががっくりと床に向く。


「ま、そんなところだと思ったよ。内気なあんたが急に婚約者を連れてくるなんて考えられないからね」


「――分かっていてやったの?」


「ちょっとした親子心さ。思春期の娘を持つ親っていうのは理由を付けて子供を構っていたいものさ」


 そういうとリファの頭を掴んで思いっきりガシガシする。大きく乱れた髪を気にするリファだが、どこか嬉しそうだ。


「さてと、すまないね。茶番に付き合わせてしまって、私はオーラ。ここロイテル孤児院の一応院長ってことになっているね」


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