ずっと首が痛いの

ずっと首が痛いの

ジャージの袖を握りしめて、息を殺していた。

ぎゅっと握る手の中で、衣擦れの音がしてしまわないよう必死だ。

はやる心臓を無視して、音が出ないように呼吸するのは苦しくて涙が出た。


さっきまで放課後の教室で勉強をしていた。看護学校への進学を目指す鈴子は、苦手な英語を友人のAに聞いていた。

Aは同じく看護学校を目指していたが、受験に向けてはだいぶ余裕がありそうだ。いつも快く勉強を教えてくれた。


そんなAも今は、隣で膝に顔を埋めている。


まるで舞台が暗転するようだった。突然窓の外が真っ暗になったのだ。

とっさのことで声も出なかった。窓の外を見つめていると、困惑で目の奥がじりじりと熱くなるのを感じた。

月がこんなに明るいことを知ったのも、初めてだった。


ずっとずっと遠くから、何かを引きずるような音が聞こえる。見つかっちゃいけない。

教卓の下に隠れこみ、じっと息をひそめた。


さっきまで英語の問題集を眺めていた。

受験英語なんて習って将来役に立つのかな、看護師よりも医者を目指した方がいいのかな、なんて考えていた。


ゆっくりゆっくり息を吸い込むと、肺まで脈打つのを感じた。

音は確実に近づいてきている。


どうかこの脈動が聞こえませんように。


浅い呼吸に、ひどい耳鳴りと目眩がする。

冷えすぎた指先からどんどん消えていくようだ。


ふと、耳鳴りが止んだとき、廊下の音も消えていた。

何者かに命を握られている感覚はもうない。


先に教卓から出たのはAだった。すぐに後を追う。

Aはさっきまでとは打って変わって、何の気もない様子で教室のドアを開けた。


息をのみこめすらしない。空気がなくなったように、何も吸えなかった。

廊下には古めかしいセーラー服を着た女の子が倒れていた。


廊下は、人がいるにしては冷たすぎた。

前にはAもいるのに、女の子に釘付けだった。


そばに寄って確かめなくてもわかる。死体だ。


運ばなきゃ、二人とも共通認識のようにそう思った。

Aと代わる代わる女の子を背負いながら、階段を降り、下駄箱を通り過ぎ、ぽつりぽつりと街灯のついた道を歩いた。


人気のない道を歩きながら、住宅街までやって来た。

不思議と重さは感じなかったけど、夜道でうずくまった。


「首、首が痛いの、ずっと」


首を伸ばそうと、ぐっと後ろにそらしたせいで、女の子はそのまま倒れて行った。

そうして二人は初めて女の子の前側を見た。


肘下にあたる場所に、錆びた二本の鉄パイプが刺されていた。

女の子の身体も血まみれで、鉄パイプの錆そっくりだ。


「これが首に当たっていたから……」

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ずっと首が痛いの @morning51

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