<4・新旧七不思議の謎>

「梟ぉー、行儀悪い!読むか食べるかどっちにしなさいよ!ていうかもうすぐ夕飯なんだけど?」

「だって腹減ったんだしさー」


 ぶうぶうと母に文句を言いながら梟は目の前に小さなノートを広げつつ、ポッキーを齧っていた。

 黄ばんだノートは、先日父が話していた“七不思議調査ノート”である。押入れの棚の中から発掘したそれを、梟は半ば漫画代わりにして読んでいたのだった。小学生当時の父が書いたものというだけあって文字は汚いし平仮名混じりではあるが、なかなか読み物としては面白い。

 そういえば今でこそ普通にサラリーマンをしている父だが、昔は新聞や雑誌の記者をやりたいと思っていた時もあった、なんてことを言っていたような気がする。子供の頃に作った学級新聞が面白くて、本気で鳥を担当する動物園の飼育係か記者になるかを悩んだことがあったそうだ。

 剽軽で絵に書いたような三枚目の父は、子供の頃も面白い少年だったのだろう。今でも、小学校時代のたくさんの友人達と年賀状のやり取りをしていることを知っている。羨ましいまでのコミュニケーション能力の高さだ。

 まあ、そうやって迷ったわりに、大人になったら普通に営業補佐の仕事をするサラリーマンになっているのだから、世の中はわからないものである。幼い頃からの鳥好きが高じてコザクラインコを飼うことにはなったものの、家が大量の鳥まみれになるということもなかった。あれで、大人になったから落ち着きを持つようになった、のタイプであるのだろうか。今でも母に叱られリーコにつっつかれている様は、到底どっしりした大人の男に見えないけども。


――面白いよな。学校の七不思議って、ほんと何十年も前からあるんだ。よく調べようと思ったよな、使い古されたネタだろうに。


 さらに興味深いのは、表題だけ見れば今の藤根宮小学校にある七不思議と、全く同じであるということである。弟に教えた恋のおまじないも、弟が周囲の友達にリサーチしても何も言ってこなかったということは、自分が在籍していた頃と変わらず存在していたということだろう。

 が、昔の七不思議は、もっと怪談に寄ったものだった。

 彼のノートには、一覧にして場所と一緒に七つの怪談が書かれている。




 ①、階段下の右手。(南校舎一階西端、階段下倉庫)

 ②、ルリコ先生の保健室。(南校舎一階東端、保健室)

 ③、首吊りのマリコさん。(南校舎三階西端、教室)

 ④、アキさんのピアノ。(南校舎三階東端、音楽室)

 ⑤、不幸を呼ぶ双子の鏡。(南校舎五階西端、女子トイレ)

 ⑥、ユリさんは暗闇の中。(南校舎五階東端、旧美術室)

 ⑦、幸運を呼ぶ赤い服のお人形。(?)




 七つの七不思議を知ったら恐ろしい目に遭う、だなんてテンプレートの文言はない。それは、今の藤根宮の七不思議と同じだ。

 実はこの中で一つだけ自分の知る“今”の七不思議との共通項が存在しているのである。七つ目の、幸運を呼ぶ赤い服のお人形、だ。自分達の場合は“災厄を招く青い服のお人形”なので微妙にタイトルは違う。当然噂の中身も違うが、共通していることが一つ。




『お人形が何処にあるのかは誰も知らない。

 仮に見つけても、拾ってはいけない。

 その場所から動かしてはいけない。

 絶対に校舎から出そうとしてはいけない。


 禁を破った場合、恐ろしい災厄が降りかかることになる。』




 この人形だけ、学校の七不思議に数えられるにも関わらず、南校舎のどこかにあるということしかわかっていないのである。ゆえに、父がいくら調査しても、七つ目に該当する人形を見つけることはできなかったのだそうだ。

 ちなみに、自分が知っている七不思議“災厄を招く青い服のお人形”はこういうものである。




『昔、家庭科がとても得意な女の子が、一つの赤い服のお人形を作って大事にしていた。

 ところがその女の子は交通事故で死んでしまった。お人形は悲しみのあまり青い涙を流すようになり、その涙でお洋服が真っ青に染まってしまったという。


 以来、お人形は女の子を探して、女の子が通っていた学校をさまよい歩いている。

 彼女は目的を邪魔されることを極端に嫌う。

 見つけた人間には、祟りが降りかかるであろう』




 ちなみに、現在の七不思議のうち、唯一“可愛いおまじない”に属しないのがこの七つ目の噂なのである。他のおまじないは、死者がからんでいるものの、所定の手順を踏んでお願いをするとその死者が力を貸してお願いを叶えてくれるというものだ。しかし、このお人形だけは、“基本的に触るな、触ったら祟るぞ”という。そういえば、この人形の噂も、担任がお喋りがてらどこかでみんなに話してくれたものだったように記憶している。あまりにも真に迫った話し方をしてくれるので、気弱な一部の女子や男子が泣いてしまったのではなかっただろうか。

 そして、実は例外といえば、父が調べたかつての七不思議でも同じなのである。父が調べた頃の七不思議は、みんな怖い話でばかり構成されていた。にも関わらず、このお人形だけは可愛い内容の噂話なのだ。




『昔、家庭科がとても得意な女の子が、一つの青い服のお人形を作って大事にしていた。

 ところがその女の子は交通事故で死んでしまい、その時の女の子の血で青いお洋服が真っ赤に染まってしまったのだという。


 以来、お人形は女の子を探して、女の子が通っていた学校をさまよい歩いている。

 彼女は自分を大切にしてくれた女の子と同じ、学校の生徒をとても愛している。

 見つけることができた人間には、幸運を齎してくれることだろう』




 ちなみに“幸運を齎す”とされている昔の七不思議であっても、“拾ってはいけない”という禁に変わりはない。見つけるだけでラッキーをくれるので、拾う意味はないという寸法らしい。

 青い服であると災厄を招き、赤い服であると幸運を呼ぶ。なんだか不思議な話だ、綺麗に物語を反転させたかのよう。ついでにいくと、イメージに素直に従うなら、青い服の時の方が良いものを持っていそうな気がするのに実際は逆だというのが面白いところだ。一体誰が、このような噂話を作って流したというのだろう。


――案外、あの時の担任だったりして。相当生徒の反応面白がってたみたいだしなあ。


 あの時の担任である須藤浩史すどうこうじ先生は、元気にしているだろうか。自分が子供の頃二十代だったのだから、今でもまだまだ充分若いはずだ。自分が卒業した後で異動になってしまったと聞いている。元気でやってくれているといいのだが。




『でも、マリコさんそんな明るい内容の話じゃなかった気がするなあ。もっと暗い話っていうか、もっと七不思議らしくホラー入ってた気がする。名前だけ残って、噂の内容は変わっちまったのかな?』




――そういや、首吊りのマリコさん、表題は昔と今で変わってないんだっけ。昔はもっと暗い話だったって父さん言ってたよな。どんなんだったんだろ。


 自分が知っているマリコさんの話は、小学生でありながら先生に恋をしてしまい、結ばれない思いを嘆いて自殺した生徒の話だ。己の恋が報われなかった分、他の生徒には同じ思いをさせたくなくて、おまじないを行うと近を貸してくれるようになったのだとか。

 マリコさん、が空き教室で首を吊って死んだ流れまでは、昔と今でまったく変わっていないようだった。問題は、そこから先である。




『以来、マリコさんは恋人達を妬む悪霊となってしまった。

 空き教室に、男女ひと組で行ってはいけない。恋人同士であってもなくても関係なく、マリコさんは嫉妬を募らせて襲ってくるだろう。

 マリコさんに目をつけられた人物は、教室を離れても逃げることができない。

 どこまでも執念深く追いかけて行き、片方が“消える”ことによって恋が分かられるまで追撃をやめないのだという。

 消された人間はあの世に飛ばされ、二度と戻って来ることはない。』




「お、女の嫉妬って怖いなおい……」


 他の噂も、まさにその通りだった。自分達の時代では“良い精霊”として扱われている死者達が、父の代では軒並み悪霊とされて恐れられていたというのである。

 そして、人形だけが幸運を呼ぶ存在として知られているという事実。まるで、人形を堺に全ての噂話が反転させられたかのようだった。それこそ、計算でもしたかのように。


――そういえば、噂がある場所って全部南校舎だし……人形以外は、校舎のはしっこに集中してるんだよな。これもなんか意味あるのかな?


 なんにせよ、これは弟に見せてやれば面白い反応が見えそうだ。なんなら、災厄を招くお人形とやらを探させてやるのも楽しいかもしれない。悪戯心がむくむくと湧き上がってきて、梟はノートをいつものバッグにねじ込んだのだった。弟が帰ってきたら見せるつもりではあるが、このまま棚に戻してしまうと忘れそうだったためである。


――そういや、燕のやつ遅いな?いくらおまじないやるために学校に残ってるんだとしても、そろそろ終わっててもいい頃だと思うんだけど。


 いくら夏だからといって、夜の七時もすぎれば日は沈んでしまう。流石にその前に帰ってこないと、母の雷が落ちるのは確実ではないだろうか。

 時計を見れば、もうすぐ五時といった時間である。どこかで道に迷う――とも思えない。少し学校まで距離はあるが、それでもいつもの通学路であるのだから。


――仕方ない、探しに行ってやるか。ひょっとしたら人に見つかって、学校のどこかでいじけてるのかもしれないし。


「母さん、燕が帰ってこないから迎えに行くわ。そろそろ遅いし」

「あ?……あらほんと、もうこんな時間」


 母がキッチンからひょっこりと顔を出し、壁の時計を見た。


「行ってらっしゃい、気をつけてね。携帯忘れずに持っていって。燕、家に忘れてっちゃったみたいなのよ」

「ほいほい」


 道理で、今日はメールもLINEも一切帰ってこないわけである。

 俺は呆れつつ、水筒と財布、鍵に携帯電話といった最低限のものだけバッグに詰め込んで家を出ることにしたのだった。

 そのバッグに、ついさっき父の小さなノートをちゃっかり入れた事実を忘れたまま。


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