第二五話 『クラスの端と端』
――俺は神無月のパシリなんかじゃ無い。唯のクラスメイトでしかないし、それ以外何の関係も無い、彼女に対する嫌悪も無ければ好意もない。
私が登校し、教室に入った直後。
ハッキリとした口調で楓さんはそうポニーテールの女子生徒に向って叫んでいた。
何故そんな事を言ったのか、何故こんな状況になっているのかなんてわからない。分らないんだけれど、今彼がピンチだということは確かだ。クラスメイト全員の視線が彼に集まっているせいで今にも倒れてしまいそうなほど苦しそうにしている。
そんな彼に集まる視線を少しでも減らし、少しでも楽にしてあげられるように、私は周囲への嫌悪感を隠しもせず一歩、一歩と楓さんと女子生徒へと近づく。
楓さんの台詞から私も当事者であることは間違いないし、いくらかの視線は引き受けることが出来るだろう。その考えを証明するように、この騒ぎの中心であろう二人に近付くたび、楓さんに向っていた視線は剥がれ、変わりに私にくっついてくる。
視線の流れを読んで、注目を集めるなら今だと小さく息を吸って、クラス全体に届くように、そして底冷えするような冷たく耳に離れない声色で、私は二人へと声をかける。
「そうね。私と彼とは何の関係もないわ。何、朝から騒がしいけれど一体何のはなしているの?」
「神無月! やっと登校したのね。ちょうど話があったのよ、彼を虐めるのやめてあげて」
私の存在に気づいたポニーテールの女子はやや怯えながら、丁度良いところにきたと私の声に負けじと、声を佸張り上げて、正義感の強さを演出するように私の前に立ち塞がってきた。
近くまで来て、この子が誰だったのか、私の中で整理がついた。
いつもこそこそと、私の悪口を言って来ている子だ。
あぁ、これは私への嫌がらせ。そして周囲への点数稼ぎなのだろう。
その証明に「悪役女優にもの申したぞ」「度胸あるなー」なんてひそひとそ彼女に対する感想が飛んできている。
あぁもう、下らない。
「虐める? 一体何を言っているの? 今私も言ったし、彼も言っていたでしょ? 私と彼とはクラスメイトである以外の関わりなんて無いのよ」
「そんな嘘をついても無駄! こっちにはちゃんとあんたがこの人をぱしりにしてたり、虐めてる証拠だってあるんだから! 観念しなさい」
私をゆび指し、自信満々に主張してくる女子生徒。私が彼を虐めているという証拠なんてどこを探せば出てくるのだ。
表では関係のない同士だけれど私と彼は裏側では対等な友人だ。パシリなんて下に見る事もなければ、虐めるなんてそれ以下の扱いをしたことも無いしするつもりもない。だから彼女の言う証拠なんてものはでまかせか、まがい物だ。
「何を観念する必要があるのかしら? 証拠というのであれば提示してから言いなさい。全く、どうでも良いことで騒がないでちょうだい、気分が悪いわ」
「そんなこといって、逃げるつもり? 彼、こんなに怯えているのよ……可哀想じゃない。彼が怖がっているのもわかるでしょう?」
私はそんなに言うならば出すべきものを出せ、と主張したのだが……何故か彼女の勢いは変わらず、楓さんをゆび指しこうなったのはお前のせいだと、お前に怖がっているんだと主張し返してくる。
彼が怯えているのも苦しんでいるのも、周囲の視線に対してだ。
お前が集めた視線に対してだと、言ってやりたかった。だけど、それを言ってしまえば楓さんとの約束をやぶることになるし、何よりも彼の身がさらに心配だ。
「そこの彼の反応が証拠なんて言うつもりじゃないでしょうね? それならば貴方に怯えている可能性だってあるでしょう?」
だから、至って冷静に、全てのヘイトを私へと集めようと、彼女を挑発する。
私と彼に向いてた興味を私への悪意にしてしまえば楓さんにはなにも向かなくなるだろう。
そこから、上手く扱えばこの事態は適当に沈静化するはずだ。
「そんな分け無いでしょ証拠ならここに――――」
「何を騒いでる、席に着け」
これからどうにか、軌道修正しようとしていた最悪の空気は、担任の先生の一言で崩れた。
上がった声に皆一様に静止し、事態を理解して
「ごめん……」
歩き出そうとした私の背に、囁くような声量で楓さんの痛々しい声が届いた。
周囲の喧騒から、多分私だけにしか聞こえないように告げたそれは、私の胸をギュッと締め付けてくる。
気にしないで良いと、楓さんこそ大変だったでしょうと言いたい。けれどここでは言えない。
私達は表向き、唯のクラスメイトでしかないのだ。それは先程主張した通りだし、互いの秘密のためにそうせざるを得ない。
やり場のない感情を整理するように、自席に座った私は窓の外、いつも気を紛らわせるために眺めているツバメの巣へと視線を向ける。
気を紛らわせることが優先なのタメ、連絡事項や何かは、右から左へと流れていった。
多分今日の授業はまるまるそんな感じだろうと思っていたのだが、
「それじゃあ
次に先生の発した言葉は頭の中でとどまりこだました。
席替え? 確か楓さんもそろそろとか言ってましたけど……。あれ?
スマホで楓さんと連絡が取れない今……隣の席になれれば、手紙とかで彼に何があったのかを聞けないだろうか。こっちも何があったのかを伝えられないだろうか。
それに、遊園地で席替えについて話したとき彼をからかいはしたが、その時が来たら楓さんと隣だったらいいな。なんて考えていたのである。
本当に、それこそ授業中に手紙のやりとりなんていかにも、青春って感じのこともこっそり出来るかもしれない。
さっきまでぐちゃぐちゃだった感情や思考が、楓さんと青春ができるかもと、いう楽しみに置き換わって行く。
教卓の前では先生がクジを作り、二ヶ月ほど前に転校してきた私の為にか席替えのルールを説明し始めた。
クジで引いた番号と黒板にかかれた番号が、そのまま座席になり引いた番号のところに名前を書くという至ってシンプル内容だった。
廊下側最前列から、順番通りに、クラスメイト達が席の番号を引いき黒板に自分の名前を書いてゆく。皆、明確には出さないがささやかに一喜一憂しているし、得手のクラスメイトを凝視している人もいた。
楓さんの番になり視線と私もつい目で追ってしまっていた。
彼の席は……今私が座っている席と一緒だった。隣や前の席も空いているし、このまま上手くいけば何て思っていたけれど、決まった私の席は廊下側一番前という今の場所から間反対側、クラスの端と端になってしまった。二重で心の中に寂しさが誘う。
ちょっと期待していたから、その寂しさは余計にだ。思っていた以上の最悪の結果だ。
それは、この楓さんと一番遠い位置になった空だけでは無い。
「前の席がアンタなのね、さっきの話続きよ!」
私の後ろの席がポニテ女子になったからだ。
彼女はずかずかと私の机まで身を乗り出すと、そのままスマホの画面を押しつけてきた。
「いい加減に観念しなさいこれを見ても貴方はまだ黙ってられる?」
彼女のスマホ画面に映し出されているのは、道を間違えた楓さんをお化け屋敷へ案内している私や、変な事を言ってきた楓さんを叩いているものほか私の痴態共言うべき写真ばかり。
「なんですか、これ……」
「この画像クラスのみんなは知ってるから、どんなに言ったって言い逃れ出来ないわよ」
「これが、貴方の言う証拠なんですね……」
「そうよ、これでアンタは観念したかしら」
「はぁくだらない、そんな写真程度を証拠なんて言い張るとはね……」
いたって平然に取り繕おうとしたが、ちょっと声が震えてしまった。
確かに、これを切り取って虐められている、下に扱われているなんて騒げば悪役とタグ付けされた私だ。事実とは異なるが証拠になるだろう。だって、私はそういう存在なのだから……。
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