16:旅は道連れ世はお得だらけ 前編

 はじまりの町ヨークシャン。そこから西にあるヒューロ地方へ向けて移動の準備を整えた私達は、いよいよ出発の時を迎えていた。主は世話になった店主と楽しく長話をし、別れの挨拶を済ませると私に乗り込む。

 これでようやく魔王討伐が進む。なかなかに長くなりそうだが、進んで良かった。さて、僅かな進行具合に関する喜びと嘆きはこのぐらいにしよう。

 目指すは魔王討伐! おちおちなんてしていられないぞ!


――ピロリ~ン☆


 そう意気込んでいたら何やら妙に軽い音が響いた。

 なんだ、敵の襲撃か? にしては軽快すぎる音だが……


「あら、スマホにメールが来てるじゃない。どれどれー?」


 どうやら冒険者ライセンスに何かのお知らせが来たようだ。全く妙なタイミングで届けられるものである。

 まあいい、気を取り直して出発しよう。魔王軍幹部を倒したらこのまま一気に進撃し、魔王を倒す。我ながらいい計画だ。


「まッ! これお得情報じゃない! えっと、今日はイタズラネズミってのがポイントいいのね。みんな、見つけたら全力で捕まえるわよッッッ!」


 そう叫ぶと主は全力でペダルを漕ぎ始める。もう整理された街道なんてそっちのけで原っぱへと突っ込んでいく。ああ、せっかくいい計画を立てたのに時間がまた無駄になる。

 待ってくれ、そこには泥水があるじゃないか。ああ、そっちはでこぼこ。キノコ、キノコの群生地には入らないでくれー!


「は、ははは。相変わらずあの人は元気だな」

『元気すぎてやべーよ。それより腹減った』

『見てないで助けてくれぇぇぇぇぇ!』


 う、うぅ、全身が泥水と胞子だらけだ。なんだ、私は何か悪いことをしたか? それともこれが電動自転車の宿命なのか?


 泣きたい気持ちになりながら何気なくライオに背負われている聖剣を見た。すると彼女が懸命に笑いを堪えている姿がある。


 くそ、好きでこんな目に合いたい訳じゃないぞ。これには海よりも深い深い理由があり、空よりも高尚な使命のためにやっているんだ。それを笑うとは、それでもお前は聖剣か!


「この辺りにはいないのかしら? 仕方ないわね、ちょっと進みましょうか。あ、みんな! イタズラネズミっての見つけたら教えてちょうだい。捕まえるからぁぁッ!」

「『はーい」』

「神様もちゃんと知らせてね。あ、そうそうネズミといえばなんだけど最近――」

『ちゃんと教えるから進んでくれ!』


 私は堪らず叫ぶと、主はちょっとつまらなさそうな顔をした。そんなに話したかったのか、それは?

 何はともあれ、やっとのことはじまりの町ヨークシャンから私達は出発したのだがそこからも大変だった。


「もう、訳わからない! たぶんこっちでしょ!」

『SYAAAAAAAッッッ』

「キングスネークだぁぁぁぁぁ!」


 まず主は地図の見方がわからないらしく、反対方向に進んだ。そのせいで闊歩しているキングスネークと鉢合わせ大変な目に合った。

 ちなみにキングスネークはとんでもない毒を持っており、噛まれたら即死するほど強烈である。私はどうにかそれからみんなを守り、逃げ切ることに成功した。


「あ、あっちにネズミちゃんいそうじゃないッ!」

『あ、待てそっちは――』

「ネズミちゃーん、恥ずかしがらないで出てきなさーい!」


 次に主は横道に逸れたがる。イラズラネズミを探していることもあって幻惑の森に入ってしまった。イタズラネズミを探す主は森が見せる幻惑に引っかかり、どこまでも奥へ突き進むため戻るのに一苦労した。

 ちなみにだが戻ってきた時にはみんなと一緒に待っていた聖剣が大笑いをしており、私はこの苦労がわからない彼女を非常に恨んだのである。


「あら、こんな所で何をやってるの?」

「ああ、どうも! まさかこんな所で人に会えるなんて思ってもなかったよ」

「もしかして商売人? 大変ねぇ。あ、大変といえばなんだけどさぁ――」


 極めつけはおしゃべり大好きだ。たまたま鉢合わせた旅商人と仲良くなり、日が暮れ始めるまで喋り通していた。気がつけばケンカをしていたが別れる頃には抱き合うほどの仲となっていたので主はとんでもない人だと改めて私は感じたのである。

 そもそもケンカした相手といつ、どのようにして仲直りしたのだろうか、と不思議に感じ考えたのだった。

 こうして我々はどうにかこうにか進んでいった。当然、主の目当てであるイタズラネズミを見つけられないまま。


「ちょっと、ネズミちゃんがいないんだけど!」

「そう言われてもなぁ」

『そもそもイタズラネズミの群生地じゃないしな、ここは』

「えー、そうなの! いないのここにはッ!?」


『いねーなー。数年前に大移動があったし』

「そんなの聞いてないわよ! ちょっと神様、どうにかしてくれないッ! このままじゃあポイントもらえないわ!」

『そう言われてもだな。いないものはいないものだ』

「神様でしょ! どうにかしてよッッッ!」


 理不尽なことをいうものだ。しかし、イタズラネズミか。シロブタの言う通り数年前に大移動したとは聞いていたが、まさか一体もいないとはな。そもそもイタズラネズミが移動したのは天敵が来たからと言われていたが、どうだったのだろう。


 そんなことを考えていると近くからガサガサという音が聞こえてきた。振り返ると草むらが揺れており、それを見た主が「ネズミッ?」と目を輝かせ始める。

 だが、世の中そんなに甘いはずはない。


「ンニャアァァァァァッッッ!」


 大地を揺らすほど響き渡る雄叫び。天をゆったりと進んでいた雲は怯えたのか割れてしまい、そのまま青色へと溶けていく。

 私達を睨みつける目はとても鋭く、それと同じように剥き出しにされたツメは血で染まっていた。逆立つ茶色の毛は波打っており、明らかに敵意を剥き出しにしている。そして、二股に分かれた尻尾を見て私はそれが何なのか気づいた。


『テイルキャットか。なぜこんな所に?』


 目の前にいる魔物は〈テイルキャット〉だ。獰猛で気性が荒く好戦的で、持っている鋭いツメを使い獲物を狩る。魔物の中にはテイルキャットを恐れている存在もおり、旅商人もよく襲われるためハンターとして有名だ。

 だが目の前にいるテイルキャットは身体が小さく、よく見ると顔が幼い。身体は所々汚れており、たくさんのケガをしている。狩りが上手くできてないのか痩せているのも印象的だった。


「あら、ネコじゃない。結構汚れてるわね、どうしたのよ?」

『待て主、それは魔物だ!』

「シャアーッ!」

「騒ぐんじゃないわよ、怖がってるじゃない。いい、ネコってのはね騒ぐと余計に暴れるものなのよ! おばちゃんを見てなさい、ちゃんとあやしてあげるからッ!」


 そういう問題では。

 私がどうにか彼女を制止しようとしたが、その前に行動されてしまう。いつもの如くポケットに手を突っ込み何かを探す。取り出されたそれは、思いもしないものであった。


 次回に続く!

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