ぐちゃぐちゃを解きほぐしたらスッキリした

秋嶋七月

この選択を後悔はしてない

 そのVRMMOに参加してみようと思ったのは、幼馴染の女の子がプレイすると話していたからだ。

 幼稚園からずっと近所に住んでいて、同じようにゲームが好きだったこともあって、高校に入学する年齢になってもそれなりに仲が良かった。

 恋愛よりはゲーム仲間という感覚の方が強かったけど、でもまあそのうち彼氏彼女になれたりしないかな、って期待がなかったわけではなかった。

 だから以前から話題になっていた全感覚没入型VRゲーム、しかもMMOが二度のβテストを経て一般リリースされるとなった時、参加さえすれば一緒にプレイできるものだと思い込んでいたんだ。

「あっ、ごめん…私、ゲーム部の人とパーティ組むんだ。部長、β版テスターだったんだって」

 お年玉や家の手伝いで稼いだ貯金をはたいてVRゲーム本体を手に入れ、自分もプレイするから一緒に、と言う言葉は途中で遮られ、それでもまあ、時間があったらとお情けのようにフレンドIDだけ交換した。

  中学まで同じ学校だった幼馴染は一緒に受けた公立の高校じゃなく、少し離れた私立の高校に進学していた。

 一緒に過ごす時間が少なくなるからこそゲームで接点を増やしたかったんだが、彼女はとっくに高校に馴染んで居場所を作っていたようだ。

 彼氏彼女に……なんて思ってのは俺だけだったんだという気恥ずかしさで言葉少なに別れ、それでも揃えた本体やゲームが勿体無いとログインしてから俺は悩んだ。


 このVRMMOはAIが基本的な運営進行を行うオープンワールドだ。

 第二の世界、新しい人生と呼ばれるくらい自由度が高く、冒険してもいいし、クエストをこなして世界の謎を解き明かしてもいい。

 生産や趣味に邁進することも、政治経済活動や、芸能活動もできるらしい。

 自由度高すぎるだろ、と思わないでもないけど、ゲーム内外の実況動画を見るとおおよそ出来ないことはないんじゃないかって感じだ。

 なんでもできるというのは素晴らしいけど、幼馴染と一緒に遊ぶ、という目的しかなかった俺は、彼女に合わせるつもりでいたから、何をしていいか分からなくなった。

 幼馴染は同じ学校のβテスターに誘われて、冒険者として攻略者を目指すらしい。

 俺も高校の友達と、と思ったけどVRゲーム機本体が高校生にはなかなか手の出せない金額だ。

 持っている奴は俺より重度のゲーマーか家族と共有しているがほとんどで、一緒に遊べそうな友人はいなかった。

 一応、幼馴染とフレンド登録はするんだから、ひょっとしたら攻略の合間に少しくらい遊べるかもしれないと考えて、俺も冒険者系のスキル構築にすることにした。

 このゲームでは登録時に選んだ職業の基礎スキルを3つもらえ、あとはレベルアップやクエストクリアでもらえるスキルポイントを消費するか、特定の行動をしたりNPCと仲良くなって修行することでスキルを得られる。

 ネットで得たいくつかの情報を参考に、無難そうな剣士を選んで推奨されているスキルをとる。

 余ったスキルポイントは必要になった時のためにと取っておいた。

 少し面白くない気持ちで始めたゲームだったが、それでも遊んでいれば楽しかった。

 基礎ストーリーを進めながら、基本ソロ、たまに臨時パーティを組んでプレイヤーやNPCと交流を深め楽しんでいた。


 幼馴染からフレンドコールが届いたのはリリースから2週間が経ったくらいのことだった。

「ちょっと今、攻略が行き詰まっていて…」

 彼女たちのパーティーはワールドクエスト攻略者の中で、トップよりやや劣る、くらいの位置にあり、今受けているクエストがクリアできればトップの仲間入りができそうなのだという。

 だがそのクエストに必要なスキルが誰も持っておらず、新たにとるにもポイントもないらしい。

「前に偶然手に入れたって言ってたの思い出して。クエストに協力お願いできないかなって」

 そういえば数日前、家の前で会ったときにちょっとだけ雑談したっけ。

 農地の害獣退治から始まって新種の薬草を栽培してポーションを作るサイドクエストの時にもらった報酬のひとつだ。

 薬草栽培の手伝いをすることでもらえたスキルだけど、当然戦闘には役立たない。

 農業スキルなんて、攻略者目指すパーティじゃ取るやつはいないだろうなぁと納得し、そのクエストの間だけでも一緒に遊べるならと快諾した。

 はじめて顔を合わせた幼馴染みのパーティは彼女を含め男性2名女性3名で、ゲーム部の先輩後輩らしい。

 みんな臨時参加の俺に感謝もしてくれて、無事クエストはクリアできた。

 やはり最前線で活躍しているだけあって戦闘力が高く、そこで何もできなかったのはちょっと劣等感が刺激されたけど、それでも戦闘以外のスキルがあったんだから協力できたんだとも思えた。

 何より、彼女と久しぶりに遊べたことが嬉しかった。

 彼女との繋がりが完全になくなっていないことに安堵したんだ。

 それから何度か、彼女のパーティと組むことがあった。

 お礼に、と俺のレベリングを手伝ってくれたり、また俺の持っているスキルが使えるクエストに誘ってもらったり、俺のNPCクエストを一緒にクリアしたり。

 だけど、徐々に彼女たちと俺との間にはレベル差が出来るようになり、そうなると装備できる武器防具にも違いが出て、ますます戦闘力に開きができて。

 そうなると一緒にやれるクエストも減り、彼女から声がかかることはなくなっていた。

 彼女たちのお荷物になるのは申し訳なかったので、それでいいと思った。

 同じ高校の仲間で楽しそうにしている様子に、拭いきれない疎外感を覚えていたのもある。

 あくまで俺は幼馴染の縁故で参加するゲストキャラクターだったから。

 幼馴染が俺のゲーム友達でなくなるのは寂しかったけど、ゲームを始めて2ヶ月がすぎる頃にはもうしょうがない、という諦めも感じ始めていた。

 それから俺はまた自分のペースで遊ぶようになったんだけど。




「え、【整理整頓】?」

「さすがに持ってないよねぇ」

 幼馴染から久しぶりに連絡が来た。

 またクエストで必要なスキルが出てきたらしい。

 しかも、そのクエスト以外でほぼ使わないだろうスキルだ。

 スキルポイントを使うのも勿体無いと、クエストをあきらめようかという話にまでなっているという。

「クエストクリアすると次のエリアボス戦で有利になるレアアイテム貰えるんだけど、破棄しちゃうともう受けられないんだ。ダメ元だったから気にしないで」

 気にしないで、と言われても気になってる……いやもう素直に認めよう、好きな女の子のそんな言葉につい応えたくなるのはしょうがないと思う。

 まだ、頼ってもらえることがあるんだと、嬉しくなったのも確かだ。

「今、スキルポイント余ってるから取るよ。ポイントもそこまで重くないし」

 たしかに使っていないスキルポイントはある。

 けど、それは予備として取ってあっただけで、余っているわけではなかったけれど、この機会を逃したら次一緒に遊べるのはいつになるか分からなかった。

 戦闘力の差はきっとどんどん広がっていく。

 俺のスキルビルドはオールラウンダー寄りになっていて、各々特化型でパーティを組んでいる彼女たちに追いつけることはないだろう。

 攻略組となっている彼女たちと遊べる最後の機会だと割り切って、俺は【整理整頓】スキルをとって、クエストに参加することになった。

「クエストに協力してくれてありがとう」

 彼女のパーティーのリーダーであるゲーム部の部長さんがにこやかに迎え入れてくれた。

 クエストはある学者の依頼と護衛をこなすことで、研究成果であるエリアボスモンスターに大ダメージを与えるアイテムをもらうことができるらしい。

 だがその過程で、ゴミも資料も混ぜこぜにごった返した研究室をきれいに片付ける必要があり、そのためにいるスキルが【整理整頓】だった。

「いえ、また参加させてもらって嬉しいです」

 そう答えると他のパーティメンバーも次々声を掛けてくれた。

 だけど、なんだろう?

 何か違和感があった。

 それが何か分からずもう一度パーティの顔を見たが、いかに感情を読み取って表情を豊かに作る最新技術といっても所詮はアバター、限界がある。

 距離がある、のは臨時参加だから仕方がないけれど、なんだか……。

「じゃあ申し訳ないけど、早速お願いできるかな?俺たちは別のとこ、こなしてくるから」

「わかりました」

 幼馴染みだけは残って一緒に作業してくれるようで、ちょっと嬉しかった。

 ゲーム内で二人きりで話せることはほぼなかったから。

 紹介された学者NPCと会話し、俺はそこから研究室の片付けタイムアタックを開始したのだった。

「ねえ、本当に無理はしてない?」

 ゲーム内で最近こなしたクエストの話や、リアルでの近所の猫のことなど話しながらのクエストだったが、ふと間があいた時に、ぽつりと彼女が聞いてきた。

 その声に心配そうな響きがあったのが嬉しくて、俺は笑った。

「大丈夫だよ。そっちみたいに上級スキルとったりするのには、まだまだレベルも足りてないし、横道にそれたクエストやってることも多いしね。スキルポイントもまだ残してあるから」

 一緒に遊べるなら、これくらい平気、とは言えなかったけど。

 彼女は困ったように笑って、ありがとう、と小さく言った。

 作業は滞りなく進み、制限時間に余裕を持って終えることが出来た。

「ああ!レシピを見つけてくれたんだね!これで研究が進む!」

 そう学者NPCは叫び、しかしその後、また悩ましい表情になった。

「だが、これを作るには【発明】スキルを持った助手がいるのだ…」

 その発言に二人で絶句した。

 チェーンクエストなの?いやクエストとしてはひとつなんだろうけど、なんでそんなスキルがたくさんいるんだ?

「……念の為聞くけど……」

「……パーティは全員戦闘スキルに全振りだよ。普通の生産スキルも持ってない」

 消耗品すら購入で済ましているらしい。

 モンスター狩りとクエスト報酬でなんとかしてるらしいけど、結構なゴリ押しスタイルなんだな、と思った。

 どこかで一回失敗したら詰みそうだけど、ゲーム部なんだし対策は俺より分かってるんだろう。

 それより今は、目の前のクエストをどうするかだ。

 目の前にポップしたウインドウには『【発明】スキルを取得しますか』というアナウンスが出ている。

 クエストで触れたため、取得が可能になったということなんだけど……。

 これがクエスト報酬なら『取得しました』になるんだけど、この表示はスキルポイントが必要になるやつだ。

 確認すれば【整理整頓】より必要ポイントが多かった。

 ちらりと幼馴染みの顔を見れば、彼女は俯いていた。

 【整理整頓】でスキルポイントを使わせたのに、クエストを破棄すれば取得損だし、かといって進めるなら更にスキルポイントを消費することになる。

 どうしたい、とは彼女からは言い出せないのだろう。

 悩んだ時間はすごく長かったような短かったような。

 俺はスキルポイントを消費して【発明】スキルを取得した。

「えっ……」

「じゃ、とりあえずクエスト進めてくるわ。まだ時間かかりそうだから、センパイ達と合流してボス戦の準備すすめてきたら?」

 そう彼女に言って学者NPCに近づく。

 助手クエストの受諾操作と内容確認をしていると、固まっていた彼女が動き出すのが見えた。

「………ありがとう」

 消えるような小さな声が少し震えて聞こえて、振り返った時には彼女は転移を選択したようで消えていくところだった。

 最後、一瞬だけ見えた表情に、彼女のパーティメンバーたちに感じた違和感を思い出して少し嫌な予感はしたが、スキルを取得しクエストを受諾してしまった以上はしょうがない。

 ひっそり腹を括ってクエストに取り掛かった。

 結論を言うと、まあ面倒臭いクエストだった。

 【発明】で学者NPCの助手を務め、アイテム完成まであと一息というところで、材料のひとつが破損していた。

 そのアイテムがこのクエスト中でしか取得できないものだったため【鉱物鑑定】を行いつつ【採掘】し、ついで【宝飾技能】で研磨して学者NPCのところに戻れば、学者NPCの婚約者が来ていて今すぐ学者NPCを連れ帰ろうとするのを【説得】しつつ事情を聞いてその困り事を解消し……。

 そんなことを繰り返し、一連のクエストで新たに取得したスキルが10近くなった頃に、ようやっとクエストが完了した。

 何度か幼馴染に連絡もしたが、クエストに必要なアイテムやスキルは持ち合わせていないという返事ばかりだったので、クエストはパーティで受注したけど、ほぼソロ活動になっていた。

「この成果を持って、彼女との婚姻が正式に認められたよ。君のおかげだ」

 そんな学者NPCからの感謝の言葉と直通連絡先になるNPCカード、他いくつかの報酬と目的だったエリアボス特攻レアアイテムを受け取れたのは、クエスト開始の翌日になってからだった。

 土日でよかったなぁ、としみじみ思いながら彼女にフレンドコールで連絡を入れる。

「クエスト終わったよ。アイテムも無事もらえた」

「えっ!あっ!?クエストクリアになってる!ありがとう!」

 戦闘中は通知を切っているプレイヤーも多い。

 一緒にクエスト受注していたメンバーにもクエストクリアの通知は行っていたはずだけど、確認していなかったんだろう。

 幼馴染みは驚きの声をあげ、すぐにお礼を言ってくれた。

「うん。それでエリアボス戦っていつするの?」

「えっと、それは……他のメンバーにも聞かなきゃいけないから……」

 だけど、次の質問に途端にしどろもどろになる様子に、薄々感じていたことが当たりなんだろうな、と思いつつため息を飲み込んだ。

「そっか。じゃあ、とりあえずどこに行けばいい?」

「あ、それは……」

 彼女とやりとりして待ち合わせた場所に行けば、そこには彼女と他5人のパーティメンバーがいた。

 いつの間にか増えていた知らない男1人が、俺を見て観察……違うな、睨む?嘲る?

 ああ、そうだ。

 ちょっとだけ憐憫を含んだ上から目線って感じの目で俺を見ていた。

「本当にありがとう。これで他より有利にボス戦を進められる」

 助かったよ、と部長さんがにこやかに笑いながら俺にトレード申請を飛ばしてきた。

 手に入れたアイテムを渡せってことなんだろうけど……俺はその申請を一旦無視して、俯いたままの幼馴染に声をかけた。

「なあ、俺はこのアイテムを渡したら、お役御免?」

 以前クエストに協力した時は、そのクエストクリアまで一緒に遊んだ。

 今回、ほぼ俺一人でクリアしたクエストはエリアボス討伐を簡単にするボス特攻アイテムを取得するためものだ。

 クエストに誘われたことで、俺は彼らの目的であるエリアボス戦にも誘われていると勘違いしたけど、アイテム取得はボス戦とは別の独立したクエストだ。

 彼らはあくまでも、俺をクエストにしか誘っていない。

 クエストクリアで手に入れたのは、ボス討伐が格段に楽になるアシストアイテムだ。

 パーティ上限人数6人が揃った戦闘職パーティなら、なくてもいいアイテム。

 むしろクエストクリアに必要なスキルを考えると、戦闘職以外の生産やエンジョイ勢への救済アイテムと言える。

 それでもエリアボス最短討伐といった記録を目指すなら欲しいアイテムで、クエストを受けて最初の素材を納品した後、クエストクリアに生産や生活系スキルが必要とか、破棄したら二度受けられないって気づいたんだろう。

 戦闘スキルしか育てていなかった彼らにはこのクエストのクリアは難しいし面倒くさい、だけどトッププレイヤーの仲間入りを目指す討伐記録短縮のためにアイテムは欲しくて、都合のいい俺を思い出したんだろうな。

 エリアボス戦まで参加できると思っていたのは俺の勘違い。

 確認してなかった俺が悪い。

 だけど。

 俯いたままの幼馴染の横に、知らない男が立って幼馴染の肩を抱く。

「エリアボス戦で、1人戦闘力違うやつがいたら足引っ張るだろ?もちろん、アイテムの代価は払うよ」

「………」

 アンタには聞いてない、って言ってやったらよかったのかもしれないけれど。

 俯いてこちらを見ようともしない幼馴染が、男の腕を振り払うこともしないことで何かを言う気も失せた。

 元々幼馴染みは人見知りが激しくて内気な、よく言えば周りに合わせて行動できる大人しい子、悪く言えば自分の意見を言えず周りに流されるままの性格だ。

 そんな幼馴染みが唯一自分の意見を生き生きと述べて、積極的に行動するのがゲームに関してだった。

 普段の生活では俺の後ろに隠れることが多かった幼馴染みが、ゲームのことでは俺をリードして楽しくはしゃいでいるところが好きだった。

 その一番大好きなゲームで、彼女はパーティの意見を優先して、俺を利用することを止めなかった。

 最初、一緒にクエストしている時に何か言いたそうだったことを考えたら、彼女としては罪悪感とかもあったのかもしれない。

 学校での部活仲間で先輩だって混じっている。

 ゲーム内だけでの話に留まらないから、そういう選択を採るのは仕方がない。

 だけど、両天秤にかけた上で傾いた天秤からポーンと放り出された俺の中から、彼女への恋愛感情とか、幼馴染みとしての友情とか、そういったものがふっと掻き消えたのも仕方がないことだと思う。

「……まあ、俺が持っていても使わないアイテムなんで、譲渡はします。クエストクリアに2日かかったんでコレくらいで」

 リーダーである部長さんの提示したトレード画面を操作して、希望金額を入力すれば部長さんは驚愕の表情を作った。

「こっちの提示した十倍って無茶苦茶だ!」

「このアイテム取得までに使用したスキルポイントは14です。ちなみにスキルは全部戦闘スキルじゃありません。あと必要になったアイテムが結構あって、あ、一覧これ。スキルポイントはプールしてたやつだけど、課金アイテムに換算したら…」

「そ、そこまでして取得してくれとは頼んでない」

「そうですね。クエスト破棄の相談しなかったのは俺なんで、スキルポイントは別にいいんですけど、他の納品アイテムや移動でかかった経費はもらわないと、アイテム譲渡は無理です」

 正直、八割経費だぞ。部長さんが提示した金額が少なすぎるんだよ、って遠回しに言ってやればあっちのパーティ全員が少し狼狽えたようにひそひそ相談し始めた。

 いや本当に俺はどれだけ馬鹿にされてたのかな。

 幼馴染みがにっこり笑えば、いくらでも貢いでくれるだろうって?

 俺が幼馴染みが好きだってことは分かりやすかったんだろうけど、姫プレイに貢ぎ続ける趣味は俺にはない。

「で、どうします?いらないならトレード終了しますよ」

 そう告げて画面を操作しようとすれば、慌てて話をまとめたのか部長さんが他のメンバーとやりとりをして、俺の提示した金額でトレードを完了させた。

「それじゃあ、エリアボス戦、頑張ってくださいね!」

 アバターなんで限界はあるが、できる限りの笑顔を作って。

 結局、俯いたまま俺と目を合わせなかった幼馴染みと、その横に寄り添い怒りつつも俺への優越感は滲ませたままの男、そして気まずげだったり不満そうだったりするパーティメンバーの皆さんに背を向けて、その場から移動しつつフレンド欄から全員を削除した。



 二日間のクエストからも解放されて妙にスッキリした気分だ。

 今回取ったスキルは【整理整頓】【発明】【鉱物鑑定】【採掘】【宝飾技能】【説得】【ダウジング】【論文】【装飾文字】。

 【発明】【鉱物鑑定】【採掘】【宝飾技能】は生産で使えそうだけど、他はもう活躍の機会なさそうだなぁ。

 発明家が学会に提出する論文、文字が汚すぎるからって代筆までしたんだぜ?

 そのまま写せれば【論文】技能なんていらなかったろうに、内容を解読するのに必要だったんだ……。

 せっかく取ったのに使ったのが一回とか勿体無いし、NPCの伝手で活用できるクエストがないか、探してもらおうか。

 幼馴染みパーティと行動していた時以外は基本ソロだった俺は、主にNPC個別クエストを、同じくソロで活動している人たちと遊ぶことが多かった。

 NPC個別クエストをクリアすると発明家の時と同じようにNPCカードを貰うことが多いので伝手は結構ある。

 行き先をどのNPCにしようか少し迷って足を止めた時、後ろから声をかけられた。

 なんだろうと思って振り返ると、そこにはスーツ姿のプレイヤーがいた。

「私、新聞社に所属している者なのですが……」

 新聞社というのはゲーム内大手のクランだ。

 本屋から始まって出版社を設立、やがて新聞まで発行しているが、その母体は大規模情報屋クランだという。

 とはいえ、極端な情報操作や規制などはせず、様々なプレイヤーイベントなどを主催してゲームを盛り上げてくれるので、好意的なプレイヤーが多いクランではないだろうか。

「こちらの発明家NPCの論文を代筆されたのは貴方様で間違いないでしょうか?」

 差し出されたのは装丁され一冊の本にまとめられた発明家の論文だった。

「あ、はい、俺です」

「では【装飾文字】のスキルを持っていらっしゃる?」

「とってますね」

「〜〜〜〜!お願いします!!いつも新聞の見出し文字をお願いしているNPCが見つからなくて、新聞の発行が遅れそうなんです!二時か…一時間でもいいのでお手伝いください!もちろん報酬は払います!!」

 縋り付くように頼み込まれて嫌とは言えず、俺はそのまま新聞社に連れて行かれることになった。

 なんでも本文はタイプライターという名の文書作成ソフトで作れるそうだが、見出しは別スキルが必要らしい。

 自由度が売りとはいえ、このゲーム、スキルが細分化しすぎじゃないかなぁ。

 そして見出し作成作業を終えた俺は、なし崩しで行方不明になったNPCの捜索にも参加することになり、またそのクエストで微妙なスキルを取得することになり……。



「便利屋さ〜ん!」

「はーい、いま行きますよ〜!」

 とりとめないスキルを活用していくうちに、便利屋と呼ばれるようになっていた。

 というか、ある日【便利屋】という職業が提示され、勢いで転職してた。

 一定以上スキルレベルがあがらないが、代わりにスキルの取得数に制限がなくなるという、まあ俺らしい職業で相変わらずNPCクエストを受け、ソロの人と遊んでる。

 新聞社にできたコネでいくつかのイベントの下請けなんかをしているうちに顔も広くなっていて、変わったスキルが必要なクエストやイベントに呼ばれることも多い。

 ゲームを始めた時は、幼馴染みと一緒に遊びたかっただけで、他の人と関わることは考えていなかった。

 今は幼馴染みとは連絡もとらず、リアルでもほぼ顔を合わすことはなくなったけど、代わりに気軽に声をかけてくれる沢山の知人がいる。

 予定とは全く違うゲームライフだけど、俺はあの日の選択を後悔することはないだろう。

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