第6話

「結局、先輩は年下の男としかつきあえないんですよ」

 首を傾げる先輩に説明してやる。

「年上だと萎縮して話せないし、同い年だとライバルにしか思えないのでしょう。自分を素直に出せるのは、年下の男というわけです」

「そうかも知れない」真剣な顔をして、先輩が顎をひく。

「そうかも知れない、ではなくて、実際にそうなのです」

 澄み切った空気の中、植物本来の色に戻った秋の景色を歩く。

 先輩と僕との関係はと問われれば、友達以上恋人未満というやつである。殊更に、告白するのも恥ずかしいので、遠回りに言及を試みている。

「それから、先輩の場合、恋人は友達だとか同僚だとかの親しい人から探すしかないですよ。友達つくるのも大変なのだから」

 先輩が眉を下げ、唸る。

「それもそうね。いきなり、赤の他人と恋人同士になれと言われても、ごめんだわ」

「ついでに言うと、先輩は結婚相手と恋人を分けて考えられるほど、器用だとも思えません。気に入った男性がいたら、この人と結婚したいと思うはずです」

 先を歩く先輩が立ち止まり、黄金色に染まった大銀杏の写真を撮る。しゃがみこみ、今度は銀杏の葉でも拾っているのだろうか。

 意図が伝わっているのかどうか、頭をかく。先輩が振り向き、二枚の銀杏の葉を見せつける。

「これさ、雄と雌とで、葉の形が違うの」ん? と首を傾げる。

「だからね、ペアになっているでしょう」

「あ、ああ!」

 思わず、手を叩いていた。

「何それ、古臭い」頬を膨らませる先輩も古臭いとは思うが、とても可愛らしい。

「ペアリングとか?」にこにこ顔で訊ねる。「それはちょっと、恥ずかしい」紅葉に負けじと、先輩が頬を真っ赤に染める。「携帯のストラップとか、まあ、ペンダントくらいなら」

「解りました。了解です」頭をなでてやる。顔を覗き込むと、先輩が眼を逸らす。逸らした方に顔を移動させる。先輩が何事か呟く。「何?」と訊く。

「夢みたい。私、ずっと、あなたみたいな人を待っていたの」

 他にも観光客はたくさんいるはずなのに、一気に先輩とふたりきりになったような心地がする。

「ずっと、ずーっとね、私のお話を聞いてくれる人を待っていたんだよ」

 唾を飲み込む。

「ぼ、僕も、同じく先輩のお話を聞きたいと思っていました」

 先輩がにんまりする。上目遣いに見上げてくる姿がたまらなく可愛い。

「随分、昔にね、そんな人もうこの世にはいなくなってしまっていたから。だから、私が言っているのは、あなたと出会うずーっと前からなんだよ」

 感動のあまり、口があいてしまっていた。頬を熱い涙が伝う。

「僕は先輩に出会うべくして、出会ったんですね」

 花の香りがする。シャンプーの香りだ。秋の冷たい空気の中、先輩の体温が心地良かった。

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