付喪神とトンネル

「最悪……」


 深夜のトンネル内に置いてけぼりにされた私は、コンクリートの壁際でしゃがみ込んで項垂れていた。


(あいつら、マジ許さねぇ……!)


* * * 


* * 



 地元の大学に進学してから何かと一緒にいることが多かった連中から夏の思い出だとかで、県内でも指折りの心霊スポットに誘われたのが運の尽きだった。幼い頃から祖父母に、


『遊びでそんなところに行くもんじゃねえ』


と繰り返し言いつけられ、私自身もホラー系だの怪談系はとにかく苦手だ。だからアイツらに肝試しに誘われたときは、バイトがあるからと適当な理由をつけて断った。


『ええ~、行こうよ。せっかくだから』


『付き合い悪いよ~』


誘いに来た面々が、口々に不平不満を私に投げかけてくる。彼らとは気が合うことはあるものの、友達という大義名分を掲げて何かと集団行動を取りたがる面倒な連中でもあった。


 何度も誘いを断ったけれど、最終的には私が根負けして嫌々参加することになった。


 このときほど、人間関係をON・OFFできない自分が憎たらしく思えたことはない。


* * * 


* * 



 肝試し当日。時刻は深夜0時ごろ。


 レンタルした2台の車を目的地である心霊スポット近くに停め、男性陣4人と私を含めた女性陣3人がトンネルの入り口に集まったところで、仕切りたがり屋の戸畑とばたが、


『1番幽霊とかが苦手な人間を先頭に歩けば、面白そうだ』


と言い出し始めた。その瞬間、みんなの視線が一斉に私に向けられた。


『いいね、面白そう‼︎』


『鬼畜だな~、戸畑』


図ったかのように、その場の全員が馬鹿の提案に賛成していく。私の反応をニタニタと見物しながら…。


 泊まりがけで荷物を置いていたホテルまでは車でも距離があり、1人で歩いて帰ることは難しかった。諦めた私は仕方なく懐中電灯を持って、明かりのないトンネルの中へと踏み出していった。


… … …


… …



『やっぱ、出てこないもんなんだな』


 私を先頭に進み出してしばらく経った頃に、お調子者の茂木しげきが辺りを観察しながら言った。


(余計なこと言うな、馬鹿っ)


私は心の中で茂木を罵声した。


『まあ、心霊スポットといっても噂だからな』


『やっぱり?』


『ていうか、長すぎでしょ。このトンネル』


一向が肝試しを始めてから持ち合わせていた多少の緊張感は、徐々に抜け落ちていった。すると、


『やっぱ先頭が小崎こさきだと遅いから、俺が行くわ‼︎』


『ちょっと‼︎』


茂木が私の手元から懐中電灯を奪い、奥へと進み始めた。


(もう勘弁してよ……)


頼りの綱を奪われ、私は心が折れそうになった。


 茂木を先頭にペースを上げたメンバーたちが、しばらく進んでいくと、


『ねえ、何か聞こえてこない?』


『は?』


『……ほんとだ』


『えっ…、ちょ、ちょ、ちょっと』


女性陣のうち1人が異変に気付くと、それは周囲に伝染していく。


『…人の、声?』


『うん…、人だ』


『足音も聞こえるぞ……。裸足か、これは?』


『ねえ、こっちに近づいて来るんじゃない?』


(みんな、何を騒いでいるの?やめてよ…)


先程まで緊張感が欠けていた面々は、得体に知れない“何か”に怯えているようだった。


『みんな、何が聞こえるっていうの⁉︎』


『『『『『『えっ…』』』』』』


肝試しを始めたときのように、全員の視線が私に集まる。


『小崎には聞こえないのかよ?』


『だから、何が?』


『裸足の足音っ‼︎ あと、男の呻き声っ‼︎』


『…はあ?』


得意気にトンネルに入ったメンバーたちには聞こえて、1番の怖がりの私には聞こえない“異変”が、どうやら自分たちの周囲で起きているらしい。状況を掴めないでいる“焦り”と“恐怖”は次第に高まっていき、ついに、


『もう、イヤ‼︎』


女性陣の1人が耐えかねたのか、トンネルの入り口に向かって走り出した。


『おい‼︎ 待てって‼︎』


続けて1人、また1人と来た道を全力で戻り出した。


『ちょ、ちょっと、みんな‼︎』


恐怖のあまり次々に走り出すメンバーたちを目の当たりにした私は、瞬時に“置いてかれる‼︎”という言葉が頭に浮かび上がった。そこへ、


『邪魔っ‼︎』


ドンッ。


『うっ‼︎』


進路上にいて邪魔だったのか、お調子者の茂木が私を勢いよく突き飛ばした。


(…いったぁ~)


苦痛に顔を歪めている間に、私はついに置いてけぼりをくらってしまうのであった。


* * * 


* * 



 慌ただしい足音の反響が消え、トンネル内を再び静寂が包み込んで、どれだけ経っただろうか。


「もう信じらんないわ~、あのクズッ‼︎」


アホに突き飛ばされたことで足を挫いた私がトンネルから出ることができずにうずくまっていた。


(嫌われてでもいいから、来るんじゃなかった…)


 痛みが少し和らいだので、私はその場に腰を下ろした。不思議なことに臨界点を超えたせいなのか、私のなかでの恐怖心は薄らいでいき、かわりに“憤り”と“呆れ”がその濃度を増していた。深夜の心霊スポットで座り込み、帰りの心配をするとは随分とおかしなことだ。


(アイツらに連絡するのは、なんかやだ)


握り締めるスマートフォンのロック画面には、自分を突き飛ばしたアホと怪談が苦手な私を先頭に歩かせて下品に笑う連中の顔が浮かび上がっているようであった。


(さて、どうしたものか。……救急車を呼ぶにしても、申し訳ないような……。う~ん……)


カツーン…、カツーン…。カツーン。


革靴の踵部分が地面に当たる音だろうか。誰かが近づいてくる。


(アイツら…、ではなさそう……)


普段の自分なら泣き叫ぶところだけど、連中への“呆れ”が冷静にさせてくれる。


コツコツコツコツコツコツ……。


ブロロロロロロロッ……。


足音のほかに、何かのエンジン音が一緒に聞こえてくる。


(……なんだろう?)


私はトンネルの奥を見つめた。すると暗闇の中に2つの灯りが現れた。それらはまるで、闇の中で光る獣の目のようであった。


コツコツコツコツコツコツ……。


ブロロロロロロロッ……。


正体が分からぬまま、それらは私のところに近づいてくる。


 やがて…、


「とんだ災難でしたね」


私の前で立ち止まったのは、ピザ屋やファストフード店の配達で目にする屋根付きの3輪バイクとそのライトに照らされたスーツ姿の男性だった。声をかけてきたのはスーツ姿の彼で、私の目線に合わせるかのようにしゃがみ込んできた。


「ちょっと失礼しますね」


「い゛っ」


彼は、挫いた私の足首を診始めた。医療関係者なのだろうか。


「これなら手持ちの薬で対処できますね」


そう言って、彼はバイクの荷台から革製の黒いカバンと緑色のランタンのような物を取り出して来た。


『大丈夫ですよ。彼の腕は“たしか”ですから』


「っ⁉︎」


バイクのほうから声がしたので見ると、フロントに“顔”があった。


(よくあるバイクのカスタムではないの?)


私が驚いていると、


「ああ、彼は付喪神なんですよ」


「つくも…がみ?」


再び私の前にしゃがみ込んだ彼が軽く説明する。そして持って来たランタンを点けると、暖かい光とウッドテイストの心落ち着く香りが拡がっていく。


「手元が暗いと、処置に支障が出るので」


「いや、あの…、付喪神って…」


冷静な彼らとは対照的に私が理解できないでいると、


『人にしてみれば非現実的で申し訳ない。私はかつて、とある個人商店で配達用に使われていた者でね。訳あって今は、意識ある存在“付喪神”なんだ』


「は、はあ……」


敵意のない、紳士的な対応に努める様子に、不思議と落ち着くことができた。


「彼とは出先で会いましてね。……さて」


私が付喪神のバイクに気を取られている間に、黒スーツの彼は挫いた私の足首を消毒し終えて、塗り薬のような物を塗り始めている。


「これは【七転即八起しちてんそくはっき】という塗り薬でしてね。捻挫には、よく効く自慢のお薬なんですよ」


「自慢の?」


「薬売りなんですよ、私」


ガーゼを巻きながら、彼は言う。やがて手当てを終えると、道具を片付け、


「こちらへ」


そう言って私を付喪神であるバイクの運転席に案内し、


「帰りは彼が送ってくれますので」


「え?」


『どこへでもお連れしますよ』


突然の厚意に戸惑ったが、歩き以外に移動手段がなかったので、有り難く彼に送り届けてもらうことにした。


「あ、あの、手当てありがとうございました!」


走り出したバイクから顔を出しながら、私は薬売りの彼にお礼を言った。


「しっかりと掴まっていないと危ないですよ」


穏やかに微笑みながら、彼は手を振って見送る。運転席に座り直してサイドミラーを覗くと、ランタンを持って手を振る彼の両サイドに見知らぬ数名の老若男女が立っていた。


「っ⁉︎」


『あの方たちが、怪我をされて困っていた貴方を近くにいた私たちにまで知らせに来てくれたのですよ』


付喪神の彼が、どことなく嬉しそうに教えてくれる。それを聞いた私は、心の中で再度お礼を伝えた。


 とくに私が運転することもなく、宿泊していたホテルに戻ってくることができた。乗って来たレンタカーが駐車場になかったので、アイツらはまだ帰っていないのだろう。付喪神に駐車場の傍で待ってもらい、私はホテルに入った。トンネルで先に逃げた女性陣が部屋の鍵を持っていたので、フロントで事情を説明して、マスターキーで部屋の扉を開けてもらった。 荷物を回収した私は、フロントで自分の分の宿泊費を精算した。ホテルの人はかなり心配していたが、帰る手段ができたと適当に言葉を並べ、その場を後にした。


『どちらまで?』


「ちょっと距離があるけど、◯◯市の△△近くまで」


付喪神の荷台に荷物を詰め込みながら、行き先を伝える。


『ご自宅で?』


「そっ。アイツらとは縁を切って、家でのんびりしたいの」


『あぁ~、なるほど』


ブオンッ。


エンジンの音と振動が、運転席にいる私に伝わってくる。


『ではっ、しっかりとハンドルを握って掴まっててください』


彼が爽快に走り出す。実に心地良い。外はまだ暗いが、私の心の中は晴れ渡っていた。


 今回の旅行はある意味、参加して良かったかもしれない。

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