駄菓子屋と2足歩行
その日、祖母から引き継いだ駄菓子屋を休みにして、私は友人たちと一緒に地方のコテージに来ていた。季節は初夏を迎えていたが、すでに猛暑になっていたので、昔からの友人たちと声を掛け合って避暑地として名の知れた地域に赴いたのだ。
「は~、涼しい~」
冷房が心地よく効いたリビングで、友人の1人がソファの上で体を伸ばす。北欧スタイルを採用したオシャレな木造建築と周囲の青々とした木々のコントラストだけでも、不思議とひんやりと感じられる。
夕食でバーベキューを楽しみ、入浴を終えた私たちは、お酒を飲みながらリビングで再度くつろいでいた。ふと、窓辺のソファに座っていた私が視線を外に移すと、室内から漏れ出る明かりによって、コテージの壁際から少し離れたところまでが照らされていた。すると、
「…ん?」
明かりの先に妙に視線を向けてしまいたくなる動く“何か”がいた。
(獣かな……?)
狸などの小動物かと思い、目を凝らしてみると、
(あっ、違う…)
注視した結果、それは1本の小さな木であることが分かった。しかし、ただの木ではない。それは根っことして地中に埋まっているべき部分が、地表に現れて身体をしっかりと支える“足”となっていたのだ。つまり、2足歩行の木がコテージの外にいた。
(なに、あれ……)
しばらく見つめていると、木は私の視線に気付いたのか、驚いたかのように小さくその場でジャンプをして森がある方向へと走っていった。あまりのことに思考が追いつかなかった私は、友人たちが声をかけるまで窓の外を見たまま呆然としていた。
* * *
* *
*
後日、旅行から帰ってきた私は店の黒電話で知り合いに連絡をとり、コテージでの出来事を話してみることにした。相手は祖母の代からのお得意様で薬売りの黒衣漆黒。年齢不詳で奇妙な薬を売り歩いている男だ。彼なら何か知っているかもしれない。
ガチャ。
コンセントに繋がっていない古びた黒電話の受話器を持ち上げ、私はいつものようにダイヤルを回した。
「もしもし、漆黒?」
受話器に向けて声をかけると、呼び鈴が3度鳴ったところで“彼”が出た。
『こんにちは、沙月さん。どうかされましたか』
「忙しいところ、突然ごめんね。実は………」
私はコテージでの出来事を彼に説明した。
しばらくして私が話し終えると、
『おそらく沙月さんが目撃されたのは【
「ようか…、みんぼく?」
『はい。【
「へ~。見間違いじゃなかったんだ……」
『【
「えっ⁉︎あれ、薬になるの⁉︎」
『はい。根の部分は胃潰瘍や十二指腸潰瘍だけでなく、潰瘍性大腸炎といった根治が難しい消化器系の病気を癒すことのできる妙薬に使われます。また幹にいたっては香りが良いことから香木としても扱われ、その香りは喘息はもちろんのこと、呼吸器系の組織が著しく損傷した慢性閉塞性肺疾患や間質性肺炎の治療に一役買っております。そして【
「…随分とすごい植物だったんだね、あれ」
『ええ。ですが、先程も申したように発見が非常に困難なため、製薬企業を含めた世間一般的にその存在が知られていないのが現状です。もっとも、発見したところで他の人に信じてもらえるとは思えませんがね』
少し笑いながら、漆黒が説明する。そこであることが気になった私は彼に尋ねてみた。
「そうなると、漆黒も【
『いえ、私は大丈夫ですよ。自宅で栽培してますから』
………は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます