駄菓子屋と黒猫

『沙月さん。ちょっと急用ができたので、代わりの者に今週の分を受け取りに向かわせますね』


 馴染みの客から電話があったのは、平日の昼間のことであった。彼の名前は、黒衣 漆黒。奇妙な薬を作り、それらを売り歩く神出鬼没で年齢不詳な薬売り。


 高度経済成長期の終わり頃、駄菓子屋を始めて間もない祖母のもとに彼は現れた。祖母と意気投合したことで、時折お店に立ち寄るようになり、重い生理痛に悩む祖母のために特別な薬を調合してくれるようになった。『月の鐘声しょうせい』と呼ばれる、その薬には私もお世話になっている。祖母が薬の代金として試しに駄菓子の詰め合わせを渡してみたところ、予想以上に彼がどハマりしたので、彼専用の駄菓子の詰め合わせを月に4回用意することになった。本当は4回分全て薬の代金として考えていたのだけど、


『薬代は、詰め合わせ1回分だけで充分ですよ』


という漆黒の強い希望により、残り3回分は彼が私たちに現金払いするかたちとなっている。駄菓子の受け渡しは、彼が異界に創った生活拠点に私が赴いたり、彼自身がお店に立ち寄ったりして行っている。たまに彼が急用で不在のときは、従者として異界で彼と共に暮らしている猫又たちが受け取りに来ることもある。


(今回はどんな猫又さんが来るのかな?)


* * * 


* * 



 18時30分過ぎ。


 その日の営業を終え、レジカウンターで私が事務作業をしていると、


ニャオン。


「?」


お店の出入り口近くで、猫の鳴き声が聞こえてきた。視線を向けると、小学低学年くらいの背丈でリュックを背負った黒猫が2足立ちでこちらを見ている。


「こんばんは、沙月さん。あるじに代わり、駄菓子の受け取りに参りました」


彼の代理で来たのは、耳に心地よく聞こえる女性の声で凛とした話し方をする黒猫の猫又であった。


(随分と毛並みが綺麗なこと……)


「沙月さん?」


「あ、はい」


(いけない。思わず見惚れてしまっていた…)


「今、持ってくるので少し待っていてください」


 店の奥から彼専用の駄菓子の詰め合わせを持ってくると、猫又の彼女はレジカウンターの上にリュックを拡げて待っていた。そばには駄菓子の代金が入っているであろう見慣れた封筒と白い紙袋が置かれていた。


「お待たせしました」


持ってきた詰め合わせの中身を彼女に見せていく。


「確認いたしました。此度もありがとうございます。…こちら、主からです」


確認を終えた彼女が白い紙袋を指し示す。


(なんだろう?…漆黒からということは薬のたぐいかな?)


「こちらは『亜熱帯の氷結』という夏バテ治療薬になります」


「え、“治療薬”?…夏バテ“防止”ではなく?」


「はい。あるじ曰く、体がだるく食欲がなかったり、熱っぽくて疲労を感じたりするときに頓用でお飲みになられますと、半日経つ頃には回復されているそうです」


(相変わらず奇妙な薬……)


 その後、代金が入った封筒と紹介された薬を受け取ると、私は大量の駄菓子を彼女が背負っていたリュックに詰め込んでいく。


 そして、駄菓子でパンパンに膨らんだリュックを背負った彼女は、私に向かってお辞儀をし、クルッと背中を向けると同時に姿を消した。


(頼んだら、“猫吸い”させてくれるかな…?)

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