第30話 日曜日のお帰り。

 またクレームが増え、少し遅めになった夜。


「ただいま」

「「おかえりなさい」」


 二人が勢いよく抱き着いて出迎えてくれるので、驚いて倒れそうになる。


「ど、どうしたんですか、二人とも」

「「いいえ、なにも?」」


 左の真矢さんも右の真弓ちゃんも声をハモらせて否定してくる。

 あやしい。

 とはいえ、二人が立って並んでる姿は珍しい。

 真矢さんの方が身長が低いので、下手をすると妹に見える母親三十六歳というのはどうなのだろうかと、謎である。


「和樹さん、お風呂にする? 晩御飯? それとも私?」

「私だよね⁈」


 ……何かイヤな予感がした。

 これは真矢ちゃんのことがバレてる可能性が高い。


「真矢ちゃん」

「は~い♡」

「バレたの?」

「ばらしたの……というか、バレたのよね……」


 真矢ちゃんがバツの悪そうな顔をする。


「昨日、キスしているのを観てしまいまして……今日、仕事から戻ってきたこの娘を小二時間ほど、問いただした訳です。

 ウイスキーを開けたのもこの娘を問いただすための決意を固める為でした。

 もし、性行為なんかしてた日には……私は獣になってましたよ、和樹さん!」

「そのせつは、はい、すみませんでした!」


 とりあえず、土下座。

 女として敵として観るために、大切にとって置いたウィスキーを開けたのだろうことが伺える。


「えへへ、観られちゃってた♪」

「真矢ちゃん! 普通はお母さんの男を取らないモノなの!」

「ふーんだ、私だって好きなんだから仕方ないじゃない!」


 二人がいがみ合うのがいたたまれなくなり、


「いや、もちろん、僕が悪いんです……。二人を天秤で測った、これは事実ですから」


 深々と土下座を深める。


「というわけで、真矢ちゃんは出て行きなさい! 愛の巣から」

「やーだ! 私の旦那様だもん!」


 そんな二人に割り込むようにふとした疑問が湧いたので言う。


「あれ……普通なら真矢さん的には浮気してたとかで婚約前提を解消とかそう言う話にもっていくのかとビクビクしてたんですけど」

「あ……♡」


 真弓さんがトロンとした表情で頬を赤らめて僕を観て、


「それって私と離れたくないってことですよね。

 うふふ♡」


 可愛い笑みを浮かべてくれる。

 なので、


「確かにそう言われればそうですね。

 真弓さんと離れたくないというのは事実になります」

「ならいいです。

 今までのことは水に流しましょう。

 全部、この娘が悪いことなので」

「悪くないもん。

 私だって本気だもん!

 それに先に結婚を前提の付き合いを出したの、私だもん!」


 っと、真矢ちゃんがまるで犬の様に叫ぶ叫ぶ。


「黙りなさい、我が娘よ。

 こればかりは、許せません。

 私は、和樹さんのことが好きだと、抱かれたいと思ったんです。

 もう止められないの、判る?」

「私だって、和樹さんのこと好きだし、処女破って欲しいと思ってるもん!」

「ちょ、二人とも、落ち着いて」


 僕がそう言うと、二人が左右片方ずつ手を持って、


「どっちがいいんですか?」

「どっちがいいの?」


 と迫ってくるので、


「と、とりあえず、スーツを脱いでくるから二人ともリビングに居て下さい」


 逃げるを選択する。

 男としては、羨ましがられる状況であろう。

 真矢さんは三社も経営する二十六歳にも見える可愛い人。

 真矢ちゃんはアイドル活動や俳優活動でトップを取っている可憐な乙女。

 どっちを取るかなんて決めて無いのに、迫られても困る。


「だが、逃げるわけにはいかないよな」


 僕はシャツとズボンを着替えると、リビングの状況をこっそりと伺う。

 そこには二人が、視線でいがみ合っているのが見えて入るのを躊躇しそうになる。しかし、逃げることなど出来ないのだ。


「はい、二人ともお待たせ」

「「和樹さん、お疲れ様」」


 二人の声がハモった。

 んでだ、


「先ずはまず状況を整理しよう。

 真弓さん、真矢ちゃんが僕を狙う理由は知ってますか?」

「『この人、十年まえから私の初恋の人で、私を芸能界に踏み込みさせた原因で、私の生き方を決めてくれた人なんだ。だから、悪いけど、お母さんには手を引いて欲しいんだよ』っと言われました。

 流石にお母さんとしては、譲ってあげたい気持ちも有りますが、一人の女としては和樹さんを譲るなんてできません。

 今更言われても……!

 お母さんも和樹さんのことが好きになってきて、これからずっと歩んでいきたい。

 だから、一昨日、指輪も買ってきました……!」


 っと、婚約指輪を取り出してくる真弓さんも吹き飛んでいる考えの持ち主であった。二人とも『こう』とおもったら行動する点は親子だなぁっと、当事者の自分は感じることになった瞬間であった。


「確かに真矢ちゃんからも求婚されています。

 これは真弓さんが僕の申し出を受け入れてくれる前、そう二人で出かけた時にされてしまったんです」

「その時にファーストキスあげたんだもーんだ。

 お母さんの方が後出しだから、引っ込んでてよ」

「む……っ!」

「出来れば煽らないで欲しい……話がややこしくなるから」

「はーい♡」


 真矢ちゃんが僕の言葉に嬉しそうに返事を返してくれる。


「真弓さん。

 僕の事、どういう人物だと考えてます?」


 質問をすることで心を開かせようと試みる。


「真面目で、優しくて、包容力があって……一緒に居ると嬉しくて、好きになっちゃった人です」

「僕も真弓さんといると、楽しいです。

 可愛いと思いますし、一緒に居たいと考える様にもなっています。

 だけど、僕は自分の性格で困惑しているんです」


 そして自分の首を両手で絞める動作をしながら、


「真面目過ぎて、真矢ちゃんからの交際も断り切れていないんです。

 だって、真矢ちゃんから交際を申し込まれた時、そして一緒に生活していく中で、真矢ちゃんとの生活はそれはそれで楽しかったからです。

 だから、二人と真面目に向き合おうと、そう考えた次第であります。

 真弓さんに断りを入れなかったのは僕が悪いです。

 真矢ちゃんを責めないであげてください」


 そして再び土下座をする。

 さて殴られるか、蹴られるか、踏まれるか、と構えるがそんなことは無かった。


「真矢ちゃん……本気で和樹さんのこと好きなのよね?」

「うん、勿論だよ。

 お母さんから奪ってでもって考えてる。

 でも第一に和樹さんの考えを尊重するつもりでいるよ。

 どっちを選ぶか、選ばないのか、それで踏ん切りをつけるつもり。

 お母さんは和樹さんの考えを尊重しないの?」

「う……ぅ……、尊重したいです。

 でも、どうしても和樹さんが良いんです!

 和樹さんじゃなきゃ嫌なんです!

 今日、ずっと和樹さんの事を考えてしまった。

 もう止まらないんです!」

「じゃぁ、押し付ける?」

「押し付けません」


 真矢ちゃんも真弓さんは一呼吸を置いて、


「だから」

「どっちが選ばれるか勝負しようと」

「二人で決めたんです」「二人で決めたのよ」 


 なるほど、


「だから二人して競うように僕を迎えようとしたのはそういう訳かと合点がいきました」

「「そういうことです」」

 

 うーん、どうしたもんかなぁ……、正直、二人とも好きだ。

 恐らくラブの意味で。

 どっちかをとれば、どっちかが泣く姿なんか見たくない。

 だから、僕は、


「そしたら、その勝負、ちゃんと審判します。

 頑張ってください」


 と、引き延ばしの選択肢をした。

 ある意味、最悪な男だと思うが仕方ない。

 だって男だもの。

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