第6話 人の名前は覚えなさい

―日曜日―


「そこはxが当てはまらない!!」


「なんだよ!エックスって!」


「そんなもの、中学で習ったでしょ!!」


「俺は習わん!!」


「習ったの!!」




「すみません。もう少し、小さな声でお話していただけますか?」


『あ…すみません…』






「もう…篠原くんのせいで、図書館からカフェに移動だよ。紅茶代がもったいない」


「何をケチな…」


「じゃあ、おごって」


「それは断る。俺はこうして仕事をこなしてる」


「それはこっちも同じ。明後日の追試、このままじゃ、む・り・ね!!」


「…お前、本当に嫌な奴だな…」


「篠原くんも想像以上に馬鹿だね」


図書館を追い出され、仕方なく、近くのファミレスで、勉強がてら、お茶を飲むことにした、茉白と新。傍から見ると、2人の会話は、何だか漫才の様にも見えた。



カランカラン…。


「いらっしゃいませ。おひとりさまですか?」


「いや、人と待ち合わせを…いました」


「や!山本!?」


「へ!?」


茉白が振り返ると、山本がそこに静かに佇んでいた。


「図書館で勉強ではなかったのか?水無月」


「篠原くんを注意してたら、声が大きくなっちゃって追い出されたの」


内心ドキドキしている新をよそに、茉白は一向に動じない。


(こいつ…めっちゃ心臓つえぇな・・・)


「しかし、こんなファミレスで勉強など…まるでデートではないか…」


「おかしいかしら?」


「「え!?」」


「山本くん。正直に話すと、これは茶番よ。私はあなたと結婚する気はない。だから、篠原くんに頼んで、勉強を理由に今日のあなたとのお約束をお断りしたの」


「何故…。俺が気に入らないか?俺は勉強もできるし、クラス委員だし、結構顔も良い。それから…それから…」


山本は、自分のいいところを3つしか言えない様子…。


「山本くん、私は、勉強はトップだし、多少顔も良い。性格はどうだか知らないけど、こうして人に頼られることも多々ある。でも、山本くんは、私にしか興味がないご様子。それが魅力にかけるの」


「なぜだ?君を想っていることがなぜ悪い?」


「なんだ、お前、白身より黄身の方がすきなのか?」


「何の話だ。篠畑」


「卵の話よ。篠原くんは卵の話をしているの」


「何故ここで卵の話をしなければならない?」


「それが、あなたより、篠原くんを選んだ理由かな?」


まったく訳が分からない…と言った顔で、山本は2人を…イヤ、茉白を見ている。茉白を真ん丸な目で見ていたのは、山本だけではない。やはり、新もそうだった。なんで、卵の話をしていると解ったのか。なんで、それで俺を選んだことになるのか…さっぱりわからない。


「私は、どうやら、恐ろしく愚かで、馬鹿な人間だったみたい」


「どういうことだ、水無月」


「数学の公式を憶えてるのに、人の名前を…クラスメイトの名前を覚えない人には、全然興味がいかない、と言ってるの!」


「!!」


「行くよ。篠原くん」


「え…?あ、おう…じゃ、じゃあな。山本。また明日!」


山本を残し、2人は店を出た。


「良かったのか?あんな言い方して…」


心配そうに新が茉白の顔を覗き込む。しかし、その顔は、明るく晴れ、穏やかな表情をしていた。





「ん―――――…、天気イイね―…。さぁ、他のファミレスで勉強の続きよ!」


「おう!!」

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