語りの神様と聴こえない少女

【語りの神サマと聴こえない少女】



「さあー、話を聞きたい子は寄っといでー」


 今日もまた、神様のお話が始まりました。

 今日はいったい、どんなお話を聞かせてくれるのでしょうか。


「今日のお話は、生まれつき耳の聞こえない少女ロアのお話だよー」


 そうして、お話が始まりました。


『今ではないいつか、ここではないどこか、君ではない誰かのお話です。


 とある国のとある村に、ロアという名前の少女が住んでいました。


 ロアは、生まれつき耳が聞こえません。


 どれほど大きな音や声でも、どれだけ耳元で叫ばれても、まったく聞こえないのです。


 ロアの両親や兄弟、村の住人たちがいくら試してみても、ロアの耳は聞こえるようになりませんでした。


 七歳になった今でも、ロアの耳は聞こえないままです。


 それに、ロアは耳が聞こえませんので、言葉を覚えることもできませんでした。


 口から出てくるのは「あー」とか「うー」とか意味の分からない言葉ばかりです。

 耳が聞こえないから声の大きさを調節することもできず、いきなり大きな声を出したりすることもありました。


 村の人間たちは、ロアが普段何を思い何を考えているのかちっとも分かりません。

 ロアは、しだいにみんなから疎まれていくようになりました。


 やがて冬になると、ロアは父親に手を引かれて大きな森の中に連れていかれました。

 そしてそのまま、森の中に捨てられてしまいました。


 村では、冬になるまでの間に麦やお野菜があまり育たず、食べ物のたくわえが少なくなっていました。


 だから、働ける者は村の外へ働きに出ていったりしたのですが、あいにくロアの家では、まだ食べ物が足りなかったのです。


 父親に置いていかれたロアは、はじめは何をされたのか分かっていませんでした。

 ただ、だんだん辺りが暗くなってきたのを見て、なんとなく、もうおうちにはかえれないんだ、と思いました。


 ロアは、暗くなっていく森の中をとぼとぼと歩きましたが、いっこうに出口は見えません。

 そのうち木の根本につまずいて、こけてしまいました。


 擦りむいた膝が痛くて、寒くて暗いのが怖くて、なによりひとりぼっちでいることが悲しくて、ロアはこけたまま、静かに泣きました。


 森の中には、食べ物が少なくて冬眠できなかった熊もいます。

 そんなものに見つかってしまえばひとたまりもありませんし、このまま夜になったら寒さで凍えてしまいます。


 ロアは、とうとう泣き疲れて寝てしまいました。


 そして、そんなロアのところに、大きくて毛むくじゃらな生き物が、のっしのっしと近付いてきます。


 毛むくじゃらな生き物はロアを見つけると、ひょいと抱えあげて、どこかに連れていってしまったのでした。



 次にロアが目を覚ましたとき、ロアはベッドの上で寝ていました。


 大きなベッドから起き出したロアが見たのは、小屋の窓から射し込む朝日と、ベッドの横で椅子に座って寝ている毛むくじゃらの生き物。


 毛むくじゃらの生き物は、ロアが目を覚ましたことに気付くとパチリと目を開け、のっそりと立ち上がると。


 “……目は覚めたかい、嬢ちゃん”


 ロアには聞こえませんでしたが、そのように言いました。


 ロアはずいぶん後になって知りましたが、この毛むくじゃらの生き物は昔からこの森に暮らしている猟師さんで、たまたま森で見つけたロアを小屋まで連れ帰ってくれたのです。


 それだけではありません。


 猟師さんは、返事をしないロアに気を悪くした様子もなく、ロアを手招きして隣の部屋に連れていきます。

 そこには、かまどの上に乗せられた大きな鍋がありました。


 猟師さんはかまどに火を入れて鍋を温めると、中のスープを深皿についで、ロアに飲ませてくれます。

 ドロリとした濃いスープの中には、猟師さんが仕留めたのであろう獣の肉がごろごろとしていて、ロアは、はじめて食べる肉の味に戸惑いながら、あっという間にお皿を空にしてしまいます。


 “……まだ食べるかい?”


 猟師さんは、おたまを持ち上げて尋ねました。

 結局ロアは、お腹いっぱいになるまでスープを飲ませてもらいました。


 その後も猟師さんはロアに何を言うでもなく、毎日猟に出掛けては獣を仕留めて帰ってきます。

 そして毎日ロアにご飯を食べさせてくれて、大きなベッドで寝かせてくれました。


 そんな生活が一週間も続いたころ、猟師さんの小屋に人が訪ねてきました。


 その人というのが、月に一度小屋にやってきては猟師さんの狩った獣の肉と自分の商品を交換してくれる、行商人さんです。


 行商人さんは、猟師さんの小屋に小さい女の子がいるのを見て驚きました。


 “おやおや、その子はいったいどうされました?”


 “……森で拾ったんだ。お前さん、町へ帰るついでに連れていってやってくれないか?”


 行商人さんは最初断りましたが、結局ロアを連れていくことにしました。


 どうやら耳が聞こえないらしいということや、森の中に捨てられていたということを聞いて、可哀想に思ったのです。


 訳も分からないまま荷馬車に乗せられたロアは、そのまま荷物と一緒に町まで運ばれていきます。


 “あー、……あー?”


 ごとごとと揺れる荷台の中で、ロアは面白そうなものを見つけました。


 それは、色とりどりのクレヨンでした。

 行商人さんの売っている商品の中に、混ざっていたものです。


 ロアは、箱の中から一本取り出すと、こっそりと床に線を引いてみます。


 “おー……、おー!”


 ロアはさらに一本、もう一本と線を引いていきます。

 楽しくなってきたロアは、床だけでなく、商品の箱や幌にまで落書きを続けていきました。


 あとで気が付いた行商人さんにこっぴどく叱られて、ロアが泣いてしまうのはまた別のお話。


 数年後、希代の天才画家が世を賑わせるのも、また別のお話です』


「おしまい」

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