語りの神様とナユタ樹の若木
【語りの神サマとナユタ樹の若木】
「さあー、話を聞きたい子は寄っといでー」
今日もまた、神様のお話が始まりました。
今日はいったい、どんなお話を聞かせてくれるのでしょうか。
「今日のお話は、砂漠に生えた大きな大きな一本の若木のお話だよー」
そうして、お話が始まりました。
『今ではないいつか、ここではないどこか、君ではない誰かのお話です。
ある大きな砂漠の真ん中に、大きな大きな一本の樹が生えていました。
樹はとても大きく、何千メートル、何万メートル先から見てもその姿を見ることができます。
広げた枝は天を覆わんばかりに葉を生い茂らせ、大地を掴む根は一本一本が小さな山のように盛り上がっています。
下から見上げても、とてもではありませんが一番上まで見ることができません。
太い幹に掴まって上まで登っていこうと思えば、いったい何日かかることやら。
そんな大きな樹の下には、たくさんの葉で遮られて涼しい影ができています。
暑い暑い砂漠の中で、ここだけは、寝転がっても暑くないのです。
砂漠に住む生き物たちにとって、この樹は家のようなものでした。
盛り上がった根っこの下には砂イルカの群れが棲みつき、枝の至るところにはヒートコンドルなどの鳥の巣が乗っています。
樹の割れ目からは、樹が地下深くから根っこを使って吸い上げた水が流れ出ていて、生き物たちはその水を飲んでのどの渇きを癒します。
枝の先には一年中瑞々しい実がつきますので、スカイモンキーなどはそれらを主食にすることができました。
また、流れ出た水は地面に落ちて水溜りを作り、枯れ落ちた葉っぱは積み重なって柔らかい土を作ります。
そこに、陽が当たらなくても育つ植物の種が飛んでくると、本来なら何も育たないはずの砂漠の上に、緑のじゅうたんが出来上がります。
この樹があるからこそ、この樹の回りにはたくさんの生き物たちが住むことができるのです。
そして、この樹を大切にしているのは、なにも樹の回りに住む動物たちだけではありません。
砂漠に住む人間たちもまた、この樹のことを大切にしていました。
どれほど遠くからでも見ることのできる樹は、砂漠を渡るときの立派な目印になります。
近くにいけば暑さをしのぐこともできますし、緑のじゅうたんをはいで被れば夜の寒さにも耐えられます。
水や食べ物も簡単に手に入れることのできる、大切なオアシスなのです。
天を衝くほどに大きなこの樹を、砂漠に住む人々は「ナユタ樹」と呼んでいます。
天の彼方、那由他の距離まで届く樹であると、そう信じられているのです。
砂漠の住人たちは生まれたときからナユタ樹を目にして育ちます。
朝日が昇れば樹に向かってお辞儀をし、夕日が沈んだらまた樹に向かってお辞儀をします。
一年に一度、いくつかの村の住民たちは樹の下に集まり、ナユタ樹を奉って祭りを行います。
雄大なナユタ樹に感謝を捧げ、それからいろんな村の人々同士で夜通し踊り明かすのです。
また、とある砂漠の村では、毎年何人かの男の子がナユタ樹に登ります。
好きな女の子に結婚を申し込むときに、ナユタ樹の花を渡すのがしきたりになっているからです。
ナユタ樹の花は一年中いつでも咲いています。
しかし、花が咲くのは日当たりのいい、高いところにある枝の先なのです。
男の子たちは、必死で樹を登ります。
高いところに咲いている花ほど大きくて美しいからです。
大好きなあの子のために何日もかけて樹を登り、より大きくて綺麗な花を探すのです。
そして女の子に渡すときは、一緒にとってきた枝や葉、小さめの花を使って飾り物を作ります。
花冠やネックレスなんかにすることが多いようです。
とある少年は、一際大きな花を中心に小さい花をたくさん並べ、それらを布で巻いてシンプルに花束にして渡しました。
真ん中に飾られた花の大きさ、美しさ、どちらもここ数年見たことのないほどに立派なものですし、花の数も十や二十ではありません。
花束を渡された少女は、涙を流して喜びました。
立派な花束をもらったこともそうですし、それだけの花を集めるためにどれほど少年が危険なところまで登ったのかを考えて、生きて帰ってきてくれたことが本当に嬉しかったのです。
ナユタ樹の花は、きちんと乾かせば決して枯れません。
少女は、いずれ行う結婚式の場に、もらった花束を持っていくことにしました。
結婚式は、それはそれは盛り上がりました。
少年と少女は村のみんなから祝福されて、素敵な夫婦になったのです。
そうして二人の間に生まれた子供は、いずれ父さんと母さんに教わって、樹へのあいさつを学び、樹への登り方を教えてもらうのでしょう。
彼らはずっとそうして生きてきました。
これからもずっと、そうして生きていきます。
それに、ナユタ樹はまだまだ若木です。
これからも、もっともっと大きくなっていきます。
これからもずっと、樹に寄り添って生きていく生き物たちを助け、守っていくことでしょう……』
「おしまい」
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