間話

君は魔法少女コレクターズを知っているか!?

 袋に手を入れ粉をひと摘み。

 摘んだ指をすり、粉を落としていく。

 粉はまるで雪のように落ちていき、水中へと散らばる。

 それを待っていたとばかりに啄んでいく小さな赤い友人。

 金魚のププちゃんは今日も食欲旺盛だ。

 変わらない友人の様子に私は笑みを浮かべる。

 テレビからは相も変わらずくだらないニュースが流れていた。

 そんな変わり映えのしない私の日常。

 でもその日常は少し前のものとはだいぶ変わっていた。

 あの頃の私では考えもしなかった日常。

 ハンガーにかけられた制服。

 本棚の中の参考書。

 私は中学3年生になった。

 布団の中に篭っていたあの引きこもり少女は、もういない。

 平日は学校に通い、差し迫りつつある高校受験のために勉学に励む。

 だからこんな風にゆっくりできるのは、今日みたいな休日だけなのだ。

 虐めに怯えることも、布団の中で惨めな思いもすることもない、ごく一般的な学生生活。

 まぁ、その日常には魔法少女という非日常が所々に介入してくるのだけれども……

 噂をすれば影というやつで、そんなことを考えていると机の上に置かれた魔法少女デバイスが電子音を奏でた。

 差出人はリリィから。

 多分この前言っていた件だろうな。

 そう思いながら私はそのメッセージを開いた。



……………………………



…………………



……



「君は魔法少女コレクターズを知っているか!?」


 そう言ってリリィ、もとい神崎さんはポーズをとる。


「知ってるわよ」


「……し、知ってるけど……」


 それに対して藤堂さんは馬鹿にしたように、私は自信なさげに答えた。

 ノリノリの神崎さんに対して若干白けた私たち、いつものことだ。

 基本的に私は陰キャなのでノリはよくないし、藤堂さんは藤堂さんで神崎さんをおちょくって遊んでいる節がある。

 彼女もノリが悪いわけではないんだけど……私たち3人のコミュニケーションはこんな風になることが多い。


「もーノリが悪いなぁ。ジャン!これ見て」


 ノリの悪い私たちに怒るでもなく神崎さんは1枚のカードを掲げる。

 白いフリルがあしらわれたドレスを着た魔法少女が印刷されたカード。


「ホワイトリリィのやつ出たー!!」


 そのカードを掲げる本人、魔法少女ホワイトリリィがカードになっていた。

 彼女が嬉々として掲げるこのカードこそ先程彼女が言っていた魔法少女コレクターである。

 古今東西の魔法少女たちを収録したトレーディングカード、まぁ所謂魔法少女のファングッズの一種だ。

 魔法少女はよい意味でも悪い意味でもアイドルのような側面があり、そのためこのような需要があるのかないのかよく分からないグッズがいくつか存在する。

 これがなぜか一部の層に人気があり、結構な長寿商品だったりもするのだ。

 そして何の間違いか、その最新弾には私たちチームリリィが収録されている。

 なんでぇ??

 カード化のための写真撮影も行われたわけで…………当然私たちはその存在を知っていた。


「ノーマルレアじゃないそれ、そんなの腐るほど出るわよ」


「夢のないこと言わないで!もっと自分たちがカード化したことに感動しようよ!?」


 実は今日私たちが集まったのは、そんな魔法少女コレクターズのイベントが行われるからだったりする。

 おしゃれなカフェに魔法少女コレクターズロゴが踊っている。

 コラボカフェ、というやつだ。

 最新弾の発売を記念した販促も兼ねて行われているイベントらしい。

 魔法少女たちをモチーフにしたドリンクやスイーツが提供され、一定以上の注文で限定パックが貰えるというシステムだ。

 店内には等身大の魔法少女達のパネルが飾られ、私を辟易させる。

 魔法少女達の実情が明らかになった今でも、彼女達のあんまり人気は変わっていない。

 命懸けで戦い人々を守る存在であるのに、神聖化され、アイドルやタレントのように扱われている。

 それに対しては思うところがあるし……自分自身がそんな風にアイドル視されるのも何だか違和感がある。

 まぁ、神崎さんのように喜んでいる子もいる訳で、私一人が文句を言って和を乱すのはよくないのだろう。

 それに実は一番喜んでいるのは藤堂さんだったりするからなぁ。

 2対1、私はチーム内でも少数派なのだった、世知辛い……


「さぁ、今日はいっぱい食べるわよ」


 藤堂さんはコラボカフェを前に鼻息を荒くする。

 何を隠そう今回のここに私たちを呼び出したのは彼女なのである。

 彼女は無謀なことに限定パックに収録されている魔法少女の全コンプリートを目指しているのだ。

 一体何品のドリンクとスイーツを注文すればそんなことができるのやら。

 勿論、そんな量を一人で完食することは無理だ。

 そのために食事係として私たちは呼ばれたのである。

 何と言うか、アホらし……いや、そんな必死になって集めるものかなぁ?

 案の定席につくなり彼女はメニュの端から順番に注文し始めた。

 甘いものは大歓迎だけど、食べ切れるかなぁ…………

 一応私がモチーフのドリンクがあるのでそれは飲みたいな。

 そんなことを考えながら注文の到着を待つ。


「あたしこのでかいパフェ食べたい」


「コスパ悪くない?」


「うわっ、コスパとか言い出したよこの人」


 2人はメニューを一緒に見ながら仲良くおしゃべりしている。

 こういう所で会話の輪に入っていけないのが陰キャの悲しい性なんだよね。

 私はメニューを見ているふりをして暇を潰す。

 断じて会話下手な訳ではない。

 わーこれおいしそー(棒)。


「あ、キラ出た」


「えー誰出たの」


 そうして黙っていると周りの会話も聞こえてくるもので、ちょうど当たりを引き当てたであろう隣の席の歓声が私の耳に入ってくる。

 チラリと隣に目線を向ける。

 男性2人組がカードパックを開けていた。

 手の中にあるのは黒いカード。

 あれ……私の描かれたカードでは?

 妙な偶然に胸が早鐘を打つ。

 どんな反応されるんだろう?


「ブラッディ……カメリア?知らないやつだ」


「俺も知らん、新しい魔法少女かな?」


 私は机に頭を打ちつけそうになった。

 カメリアに対してアイドルのような崇拝した目線を向けられるのは嫌だけど、こんな風に無関心なのもそれはそれで何だか癪に触るな。

 一応活動半年は経つ星付き魔法少女なのだけどぉ?


「キラならメテルちゃんがよかったなー」


「ファニーダチュラメテル?いいよね、配信見てるわ」


 私が何とも言えない敗北感を味わっているうちにも隣の席の会話は続く。

 ダチュラメテル?知らない魔法少女だな。

 配信って動画配信サービスのことだよな、最近の魔法少女はそんなこともしているのか?

 そんなことをしているなら私より知名度があるのも納得かもしれない。

 私なんてメディアの露出はニュースぐらいだし……

 そもそも私はレアカードに収録されるほどの知名度と人気のある魔法少女ってわけじゃないのだ。

 今回の最新弾に収録されている魔法少女の三分の一はレアカードといって光るホログラフィック加工が施されたカードになっている。

 所謂当たりで、人気の魔法少女たちがこれに該当する。

 そのレアカードの中でもさらに上の当たりカード、シークレットレアがあり、マニアはこれを狙ってパックを集める、らしい。

 なぜか…………私ことブラッディカメリアはこのシークレットレアに収録されてたりする。

 なんで!?と思うがこれも星付き魔法少女という身分のせいらしい。

 1人で深域を鎮圧できる、その実力と将来性を見越してこんな高待遇になっているのだ。

 やはり人気を覆すほど星付きという身分は重い。

 件のメテルという魔法少女ほどとは言わないけど、私も頑張らなければいけないかもしれない。

 私のレアカードを引き当てた人にがっかりされるのも嫌だしね。


「あ、来たよ!」


 私が妙な決意を胸に抱いていると、注文したスイーツの数々が運ばれてきた。

 色とりどりのドリンクにミニケーキの数々がずらりと並ぶ。

 そしてカードパックがそれに続く。

 藤堂さんはドリンクとスイーツには見向きもせずにそれをそそくさと回収した。

 私と神崎さんはいらないと言ってあるけど、なんだかなぁ……

 呆れながらも知りもしない魔法少女がモチーフのドリンクを飲む。

 うん、甘くて美味しい。


「アコナイト来い……アコナイト来い……」


 ぶつぶつ呟きながらパックを開封する様子は何だか狂気に迫るものがあるな。

 というか狙いはアコナイトのカードなんだ。


「あいつのカード……収録されてるんだ」


 それを聞いてむくれたような表情をする神崎さん。

 フレンドリーな彼女があいつと乱暴な呼びかたをする人間はそう多くない。

 神崎さんはアコナイトが私を虐めたことも、藤堂さんの憧れを裏切ったことも、まだ許していない節がある。

 でも私も藤堂さんがもう彼女と仲直りしているから、強く言うことができないみたいだった。

 私としてはそんなに邪険にしなくてもいいと思うんだけど、アコナイトのしてきた過去を踏まえると嫌われるのは仕方のないことかもしれない。

 世間も概ねそんな反応で、今のアコナイトに昔ほどの人気はない。

 堅実に魔法少女として人助けしているのは評価されているけど……それで過去の罪が消えるわけじゃない。


「最近のパックには収録されてないわよ、人気ないから。でもこのコラボカフェの限定パックには過去弾の復刻カードが入ってるの!」


 それでか。

 ということはアコナイトの久々のカード化ということで、このコラボカフェまで足を運んだわけか。


「復刻って…………前のカードは持ってないの」


「持ってるわよ」


「え?」


「ぅ、うん?」


 私と神崎さんは顔を見合わせる。

 持ってる?

 ならばわざわざ手に入れなくても、同じものが手元にあるんじゃないの?復刻なんだし。

 別に新しい絵柄ってわけじゃないんでしょ。

 疑問を浮かべる私たちに対して、藤堂さんは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「知らないの?魔法少女コレクターズにはそれぞれのカードにシリアルナンバーが記載されている。そして、復刻版は以前収録されたカードとはナンバーが違う!つまり別のカードと言っても過言ではないのよ!」


「…………………………」


 私と神崎さんは再度顔を見合わせる。

 過言じゃない?

 マニアってよく分からない。

 2人揃って遠い目をしながら私たちはスイーツを頬張った。

 藤堂さん勝ち誇った笑みのまま、限定のカードパックを掲げている。

 目的のカード、出るといいね…………



……………………………



…………………



……



「甘いものばかりでそろそろ飽きてきちゃったー」


 神崎さんが満足そうに伸びをする。

 藤堂さんもホクホクした顔で引き当てたカードをファイリングしている。

 どうやらお目当てのカードは揃ったらしい。

 私たちは一通り注文したものを平らげ、一息ついていた。


「…………ちょっと」


「あ、お手洗い?いってらっしゃいー」


 席を立つだけで要件が分かってもらえるのってありがたい。

 おかげで話し下手でも何とかなっている。

 まぁ、そのせいで私のコミュニケーション能力が育たないままなんだけど。

 学校に通うようになったらこの陰気な性格も改善するかと思ったんだけど、私は依然として変わらないままだ。

 もしかしたら一生このままなのでは?


「……ん?」


 嫌な想像をしながら歩いていた私は、見知った顔を見つけて足を止める。

 その人物は私を見つけると上品に微笑んだ。


「あら日向、奇遇ね」


「ぁ、あ、藍澤さん?」


 なんで、こんなところにいるんだあんた?

 藍澤さんは片腕で優雅にドリンクを飲んでいた。

 彼女の隣に座っている少女は隻腕の彼女を気遣ってか、ケーキを一口サイズに切り分けている。

 バイオレットクレスかな?

 変身していない彼女に会うのは初めてかもしれない。


「ああ、君は今回のパックに収録されたらしいな、それで来たのか?」


「ぃ?ぅ、うん」


 そういう訳じゃないんだけど、クレスの問いに反射的に頷いてしまった。

 変な勘違いされなければいいけど。

 私は断じてナルシストではないぞ。


「あ、藍澤さんも……アコナイトの、カードを?」


「は?」


「いぃ、いや……ち、違う、よね」


 久しぶりにアコナイトのカードが収録されたって聞いてたから、それ目当てかと思っていたんだけど……

 真顔で「は?」って言われてしまった。

 すみません、変なこと聞きました。

 でも、じゃあ何でここに?

 机を盗み見ると件のカードパックは藍澤さんのところに置いてある。

 やっぱりカード目的で来ているじゃないか。

 自分のカードが目的じゃないなら、誰が目当てなんだろう?

 彼女が魔法少女のファンだっていう話は聞いたことないと思うけど。


「限定パックにはフレアカレンデュラが復刻されているの、まさかそれを知らないとでも?」


「ぁっ、はい……スミマセン」


 フレアカレンデュラかぁ……

 彼女の妹であり、憧れだった魔法少女。

 シスコンというか何というか彼女も大概だなぁ。

 でもこうやって彼女のグッズを集めてるってことは、なんだかんだいって彼女の死を乗り越えつつあるのかもしれない。


「フレアカレンデュラのカードならもう何枚も持ってるだろう?」


 彼女に付き合わされていると思われるクレスは頬を膨らませながらそう愚痴る。

 でもクレスの愚痴に対して藍澤さんは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「知らないの?魔法少女コレクターズにはそれぞれのカードにシリアルナンバーが記載されている。そして、復刻版は以前収録されたカードとはナンバーが違う!つまり別のカードと言っても過言ではないのよ!」


 知っているよぉ!

 というか、何だか聞いたことのある台詞だねぇ!

 私は彼女のドヤ顔に引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

 アコナイトとハイドランシアって意外に似ているところがあるよね。

 やっぱり憧れという願いが共通しているからかな。


「おっと、呼び止めてしまっていたわね。ごめんなさい」


 思い出したように彼女は手を合わせた。

 そういえばまだお手洗いに行く途中だったね。


「これ、お詫びにあげるわ」


 そう言って渡されたのはカードだった。

 ダブりかな?

 それにしては……なんだか凄くギラギラ光っているんだけど。

 これって…………シークレットカード、なのでは?


「カレンデュラ以外のカードはいらないから」


 しれっとそんなことを言う藍澤さん。

 生粋のカレンデュラファンだね!私は恐ろしいよ。


「それに、あなたとも関係のあるカードだからね」


「え?」


 私は自分の手の中にあるカードに視線を戻した。

 これって………………



……………………………



…………………



……



 お布団はやっぱりいいなぁ……

 あの後、何事もなく帰宅した私はいつものように布団に包まっていた。

 何事もなくというか……藍澤さんを見つけた藤堂さんが意気投合してカードのトレードを始めたりとか、そういう一悶着はあったけど。

 まぁ、平和な休日だったと言えるだろう。

 とはいえ陰キャとしては布団に包まっている方が幸せだなぁ。

 友達と遊ぶのはいいけど気疲れがすごい。

 陰の者に日光は毒だよ。

 布団から顔を出し、藍澤さんから貰ったカードを眺める。

 黒いドレスを纏った魔法少女。

 魔法少女サイレントカメリアのシークレットカード。

 私の……前の代のカメリアかぁ。

 裏面には彼女の簡単なプロフィールが載っていた。

 当時最強の星付き魔法少女だった、らしい。

 きっと人気のある魔法少女だったんだろうな。

 勝気な笑みを浮かべる彼女はシークレットの輝きもあってなんだか魅力的に見える。

 頭に思い浮かぶのは私のカードを引き当てておいてブラッディカメリアを知らんと口にした男の顔。

 やっぱりなんだか癪だな。

 世間での魔法少女の扱いにも不満はあるけど、それとは別だ。

 もそもそと布団のから抜け出し、鏡の前に立つ。

 そもそも、私の決めポーズがダブルピースってのがおかしいと思うんだよ。

 もっとかっこいいポーズ他にあるでしょ。

 カードのポーズもなんだかんだいってダブルピースになっちゃったし。

 絶対そんなんじゃ人気出ないよ。

 それもこれも私が恥ずかしがって決めポーズを曖昧にしていたからだ。

 だから最初に取ってしまったあの黒歴史ポーズを強要されるのだ。

 サイレントカメリアのカードを参考に鏡の前でポーズを決めてみる。

 今からだってカッコイイ路線でもいけるはずなんだ。

 コスチュームだって和服で、フリルの可愛い感じではないんだし。


「うーん……」


 唸りながら、色々とポーズを模索してみる。

 なんだかしっくりこないなぁ。

 ナルシストじゃないし、自分でポーズ取ってみても何とも思わない。

 このポーズは決まっているのか?

 そりゃぁ前世基準でいうと私は美少女だと思うんだけど、如何せん見慣れすぎてて……


「日向、晩ご飯よ」


「はぴ?」


 唐突にかけられた声に私は固まる。

 ナンデイマハナシカケラレルンデスカ?


「私は日向は可愛い系のポーズの方が似合うと思うなぁ」


 振り向くと、母さんがニヤニヤしながらこちらを見つめていた。

 いつの間にか空いていた自室の扉。

 ポーズをとるのに夢中になっていた私はそんなことにも気づけなかった。


「なっ、ぅぇぇええぅうはぎゃあぁぁぅぅああぁあ!!!」


 母よ、娘の部屋に入る時はノックをしてください…………

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陰キャに魔法少女は厳しいです!【第一部完結】 黒葉 傘 @KRB3

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