魔法少女対魔法少女

「あなたのどこがいいのかしらねぇ……」


 彼女は椅子に腰掛けながら、私を見下ろしていた。

 無様に床に横たわる私を。

 私を取り囲むクラスメイトたち。

 そのうちの一人が私の腹部を踏みつけるのを、彼女は大きなその瞳でじっと見つめていた。

 その瞳の色からはなんの感情も読みとることはできなかった。

 私のどこがいいのか?そんなことは私が聞きたい。

 こういうことが起きないように、大人しくしていたのに。

 何も話さず、誰にも微笑みかけず、クラスで影の薄い存在として過ごしていたというのに……

 私は告白されてしまった。

 相手はなんてことないクラスメイト男子。

 一学期に友人を作ろうと話しかけた男子のうちの一人だった。

 彼とはよくゲームの話で盛り上がったっけ。

 そんな交流も、虐められてからはぱったりとなっていた。

 だから、私が彼の気を引くことなどないと思っていたのに。

 放課後、私は彼に呼び出され告白されてしまった。

 告白の文句は何だっけか……

 最近女らしくなった私から目が離せなくなったとか何とか。

 訳が分からない。

 女らしさとは何だ?

 中身は男のままだと思っている私としてはなんとも困惑する話だ。

 確かに、虐められる前は異性であるのに馴れ馴れしく話しかけ、男のように振る舞ったりたりもしたものだ。

 女性のように慎ましく足を閉じたりはせず、大口を開けて豪快に笑う姿に女性らしさは感じなかっただろう。

 それと比べて今の私は大人しく、笑う時も控えめだ。

 それを女性らしくなったと思われてしまうとは……頭の痛い話だ。


「ヴッ」


 お腹の柔い部分に蹴りが突き刺さり、思わず悲鳴じみた声が漏れる。

 告白現場は、もちろんこの虐めっ子どもに見られていた。

 というか、こいつらは友人と称していつも私の周りにいるので私を呼び出す時点でバレバレだった。

 そうして彼は彼女たちに私を虐める口実を与えてしまったというわけだ。

 告白はきちんと断ったんだから許して欲しい。

 まぁ、ダメだろうけど。

 蹴りに対して大袈裟にお腹を抱え、痛がるフリをする。

 フリというか、実際に痛いんだけど……大袈裟に痛がった方が追撃がぬるくなるので楽だ。

 繰り返される虐め中で私はそれを学習していた。

 こういった場合は助けを呼ぶのでもなく、抵抗するのでもなく、彼女たちの望む反応をして満足させてやるのが一番いいのだと。

 だから、今日も痛がって涙を流せばいいだけだ。

 そうすれば、すぐに……終わるから…………



……………………………



…………………



……



「はぁ…………」


 床が、冷たくて心地よい。

 空き教室の隅で、私は先ほどと同じように横たわっていた。

 藍澤さんたちはもういない。

 私を気が済むまで痛ぶって、先ほど教室から出て行った。

 だから、ここには私一人だ。

 床に指を這わす。

 そこには埃ひとつない。

 どうせ無様に這いつくばることになるからと私が念入りに掃除しているためだ。

 全くもって無意味な努力であり、そんなことするくらいなら、そもそも這いつくばることになる原因を何とかしなければいけない。

 それは分かっている。

 それでも、こうやってピカピカに掃除しているのは惨めな現実を直視したくないからかもしれない。

 私は当初思い浮かべていた学園生活とは全くかけ離れた生活を送っている。

 何が悪かったのだろうか、そう現状の不満の原因を考えるのも、もはや億劫になってきていた。

 今は何も考えずに、休んでいたい。

 目を閉じる。

 学校特有の雑音が耳をくすぐる。

 遠くで聞こえる運動部の掛け声、校庭の木々のざわめき、廊下を歩く足音。


「…………ん?」


 廊下の足音、近いな。

 そう思うまもなく、空き教室の扉が開いた。

 横たわった私の視界にここへ入ってくる足が見える。

 誰?

 それは男子生徒の足だった。

 でも、この角度からじゃ顔が見えない。

 顔を見ようと視線を上げると、その男子生徒と目があった。


「出雲さん、こんなとこで何してんの?」


「………………昼寝?」


 見覚えのある顔、東吟朗が私を見下ろしていた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ふと、昔のことを思い出した。

 何でだろう、あの時と状況が似ているからだろうか。

 横たわる私とそれを見下ろす人。

 でも、あの時は呆れ顔で見下ろされたのに、今私を見下ろす人物は苦しげな顔をしている。


「ねぇ、嘘なんでしょうカメリア」


 震える声が発する問い。

 嘘だと、そう言えればどんなによかっただろう。

 でも、本当のことだった。

 魔法少女ピュアアコナイト、彼女の憧れの人は私を虐めていた。

 彼女の願いを汚す真実。

 ずっと隠していたのに、知られたくなかったのに、知られてしまった。

 願いを汚された彼女に、なんと言えばいい?

 その答えを、私は持っていなかった。

 だから、口をつぐんで顔をそらす。

 はやく、終われと思う。

 虐められていた時と同じだ、ただ黙って苦痛の時間が終わるのを待つ。

 結局私はあの頃から変わっていない、何も。


「カメリア?」


 目も合わせない私の様子が気に入らないのかハイドランシアが私を揺さぶる。

 答えが欲しい、自分の考えを否定して欲しいと。


「シアちゃん!やめて」


 私に馬乗りになっているハイドランシアを誰かが羽交い締めにした。

 リリィだ。

 白い魔法少女は私とハイドランシアを引き離してくれた。


「カメリアちゃんにあたったって、どうにもならないでしょ」


 ハイドランシアは特に抵抗もせず、彼女の拘束を受け入れている。

 彼女だって分かっているのかもしれない、私に詰め寄ったところで、何も変わらないと。

 そんなことをしても過去がなかったことにはならない。

 ハイドランシアの目から大粒の涙がこぼれた。


「シアちゃん……」


 力なく項垂れるハイドランシア。

 リリィは拘束を緩めると、背後から彼女を優しく抱きしめた。

 ハイドランシアは特に何の反応もせず、されるがままだ。

 リリィからの気遣わしげな視線が向けられる。

 やはりというか、私の発言は彼女にも聞かれていたのだろう。

 彼女にも、知られたくはなかったのに。


「今は、とにかく戦いに加勢しなくちゃ」


 リリィの視線が、今も激闘を続ける二人の魔法少女へと向けられる。

 魔法少女ピュアアコナイトと魔法少女レッドアイリス。

 二人の星付き魔法少女の戦いを止めるのがまず先決だろう。

 込み入った話はそれからでいい。


「どちらを味方するの?」


 ハイドランシアが空な目で呟く。

 どちらを?

 その問いに私たちは顔を曇らせた。

 ハイドランシアにとっては憧れの人と自分を導いた師匠なのだ。

 どちらの味方についても、彼女を否定することになる。

 憧れと恩の間でハイドランシアは揺れていた。


「どちらかなら、アコナイトの味方になってくれれば私は嬉しいけどねぇ」


 紫の双眸が私たち三人を捉える。

 瞳と同じ紫の色彩で彩られたチャイナドレス、バイオレットクレスが私たちと戦いの間に立ち塞がっていた。


「クレス……さん?」


 リリィとハイドランシアが状況を掴みかねていない声音で呻く。

 私はというと、どこか納得していた。

 やはり、彼女はアコナイトの味方なのだな。

 彼女が私を虐めていたという事実を聞いてもなお。


「さすがのあいつもアイリスの相手は骨が折れるだろう。人数有利を取ってさっさと片付けたい。避難したお茶会の参加者に言い訳もしなくちゃだし…………まぁ、それはアイリスが癇癪を起こして暴れ出したとでも言えばいいか」


 実に自己本位な発言。

 でも、確信をついた発言だった。

 二人のパワーバランス、その天秤は私たちがどちらに味方するかにかかっている。

 そして、日頃の人望からこの騒動はアイリスが引き起こしたものだという情報を流せば、誰もがそれを信じてしまうだろう。


「あなたはっ……あんなことを聞いても彼女の味方をするの!?」


「そうだね」


 信じられないものを見るかのようにリリィは呻く。

 クレスは涼しい顔をしてそれを受け止めた。

 そんなことは分かりきっているとばかりに。


「アコナイトさんは、虐めをしていた。そして今、暴力でもってカメリアちゃんを奪おうとしている!それをっ!あなたは味方するの!!?」


 血を吐くかのような叫びだった。

 リリィだって、アコナイトとクレスを知らなかったわけではないだろう。

 それくらい、かの星付き魔法少女は有名で、魔法少女たちの憧れだった。

 その幻想が音を立てて崩れるのを見て彼女はどう思ったのだろうか。

 リリィの悲痛な叫びに、ハイドランシアが震える。

 その叫びは、現実を直視することを拒んだハイドランシアにとっても辛い言葉だった。

 でもそれを聞いたクレスは…………表情を崩さなかった。


「私たちのチームはねぇ、昔はもっと大所帯だったんだよ」


「え?」


「それが、一人、また一人と欠けていった。願いを失ったやつもいたし、死んだやつもいた」


 何かを憂うように紫の瞳が伏せられる。

 隠しようのない負の感情。

 それは、私を説得していた時にも見せたあの表情だった。

 アイリスには泣き落としと言われていたけど、私はあの涙が嘘とは思えなかった。


「私はね、あいつの横に残った最後の仲間なんだよ。だから最後まであいつの味方でいたい。あいつに聞くなと言われれば、事情も聞かずに味方する。大いなる正義のためと言われれば、喜んで手も汚すさ」


「そんなの、正しい仲間の在り方じゃない」


「そうかもね、でもあいつを一人にしたくないんだ」


 どこか達観した笑みだった。

 諦め?悲しみ?自嘲?複雑に入り混じった笑み。

 その笑みと共に彼女の周りで水が渦巻く。

 水、私たちの仲間であるハイドランシアと同じ属性だ。

 でもクレスの力の使い方はハイドランシアとは全く違った。

 水が形を変え、様々な武器へと姿を変えていく。

 何十という水の凶器が私たちへと狙いを定める。


「別に、君たちがアコナイトと敵対すると言うならそれでもいいよ。私は彼女の意を汲んでカメリアを確保するだけだ」


「っ!」


 もはや、言葉は意味をなさない。

 彼女も、力尽くで私の力を手に入れるつもりなのが伝わってきた。

 リリィも槍を呼び出し、構える。

 私も、いつでも金魚を出せるようにと手をかざす。

 でも……私の隣にいるハイドランシアは、ただ震えていた。

 涙に潤んだ瞳が、助けを求めるように彷徨う。

 彼女は、いまだに何も切り捨てられずにいた。


「シアちゃん……」


 そんな彼女の様子をリリィが見逃すはずなかった。


「戦わなくて、いいよシアちゃん」


 リリィの出した結論は、彼女の師匠と同じものだった。

 苦しむくらいだったら、戦わなくていい。

 今ここで答えを出さなくていい。

 そう言って彼女は優しく微笑む。

 でも、その微笑みにいつもの元気さはなかった。


「あたしが、なんとかするから」


 そう言って、彼女は一歩を踏み出した。

 私も彼女に続く。

 いつもと同じ陣形、いつもと違うのはハイドランシアなしということと、相手が魔法少女だということ。

 どうして、こんなことになったのだろう。

 深災から人を守るための魔法少女なのに、魔法少女同士で戦うなんて、何か間違っている。


「いけ」


 私が出した金魚たちは、いつもよりずっと弱々しかった。





―――――――――――――――――――――





 振るった鎌が弧を描いて相手に迫る。

 白金の魔法少女は余裕をもって、その紅い軌跡を回避した。

 それどころか、お返しとばかりに数多の光線がこちらへと躍りかかる。


「チッ!」


 思わず舌打ちが出る。

 どうにもやりづらい相手だった。

 光線も光の斬撃も、こちらの命をゆうに刈り取るだけの威力が秘められている。

 それなのにこちらの攻撃は通じていない。

 回避不能のタイミングで切り込んだとしても、光る盾が現れ私の攻撃を阻んだ。

 アコナイトの周りを回る光球、それが形を変え、あらゆる状況に対処してくる。

 光線による遠隔攻撃。

 光剣による近接攻撃。

 光盾による戦闘補助。

 魔法少女ピュアアコナイトは三つのタイプ全てを使いこなす魔法少女だと聞いていた。

 三つのタイプを全て網羅するよりも私のように一つのタイプに特化した方が強いと自負していたのだが、実際相手にするとここまでやりづらい相手だとは。

 こいつを無力化するのはかなり骨が折れるだろう。


「ねぇ、そろそろ負けを認めたら?」


「抜かせ!」


 アコナイトは汗ひとつかかず澄ました微笑でこちらを煽る。

 ムカつく。

 私はまだ負けてねぇだろうが。


「私たちの実力は拮抗している、でも勝つのは私」


「ほーん。大した自信だな。なぜそう言い切れる」


「だって、あなた私を傷つけるつもりないじゃない」


「っ!…………クソが」


 見抜かれて、いたか。

 そりゃそうか、アコナイトの攻撃は全てこちらを殺しかねないものだったのに対して、私の斬撃はあえて急所を避けていた。

 彼女のほどの強者がそれを見逃すはずがない。

 そうだ、戦闘が始まった当初から私にアコナイトを傷つける意思はなかった。

 だってそうだろ、私たちは同じ魔法少女、仲間だ。

 傷つけ合う道理なんて、あるわけねぇだろうが!


「そんな半端な覚悟で私に勝とうなんて、随分と舐められたものね」


「人を助けるために、人を傷つける。それを許容しちまったらそれは私の正義じゃねぇよ」


 私の言葉に、アコナイトの目が見開かれる。

 彼女の動きが、止まった。

 表情が固まり、彼女の光球も停止する。

 だらんと投げ出された腕、明確な隙だった。

 だが、私は切り込まなかった。

 彼女の中で、何かがひび割れたのを感じた。

 それが、爆発する。

 切り込むのはその時だ。


「やっぱりあなた…………嫌い。嫌い!嫌い嫌いぃぃ!」


 アコナイトが、頭を掻きむしり絶叫する。

 それと同時に光球が狂ったように震え、肥大化した。

 今までとは比較にならないレベルの光線が、光の奔流が、私に向けて放たれる。


「うらぁああああっ!」


 私も、自分の持てる力を全てを振り絞り、大鎌に込める。

 鎌は私の願いに応え、その銀の刀身を真っ赤に染めあげた。

 純粋な、力と力をぶつけ合う。

 この攻撃を躱すこともできた。

 だがここで私がこの攻撃を防御する、それがこの戦闘の核心だ。

 真っ白の光の帯を私の紅い斬撃が切り裂く。

 まるでこの戦闘の開幕の展開の焼き回し。

 でも先ほどの一撃とは違い、今回の光線には私への明確な殺意が乗っていた。

 ここで私を無力化するという意思が。

 それを大鎌で受け止める。

 ビビの入った大鎌が悲鳴を上げた。

 銀の刀身にさらに亀裂が入っていく。

 だがそんなことは気にもしない、この一撃を止められれば、それでいい!

 鎌を振り切り、白い奔流を最後まで断ち切る。

 私の腕の中で、自慢の大鎌が音を立てて砕け散った。

 大鎌の再生成には時間がかかる、私は事実上無力化されてしまったことになる。

 でもこれで十分だ、私の武器は立派に役目を果たしてくれた。


「フ、フフ……ほら、どう?武器を失ったあなたに勝ち目があるのかしら」


 砕け散った私の得物を見て、アコナイトの目が喜色に染まる。

 おーおー、嬉しそうに。

 だが、気づいていねぇのか?


「あ〜あ〜」


 私はわざとらしく首をすくめて声を漏らした。

 私の様子に、アコナイトの嬉しそうな顔が歪む。

 何を企んでいる?というように細められる瞳。

 やっぱり気づいていねぇみたいだな。


「私が防いであげてよかったなぁ。お前の攻撃、私が避けていたらお仲間さんに直撃していたぜ」


「は?」


 彼女の放った光線、その射線上、私の背後には……今もアコナイトのために戦うチームメイトがいた。

 もし、私が攻撃を相殺していなければ?

 彼女の放った光の奔流は彼女の大切な仲間を飲み込み、消し去っていただろう。

 冷静に戦えていれば、することのない致命的なミス。

 そんなことにも気づけないほど、彼女の目は曇っていた。

 彼女の正義は、歪んでいた。


「…………っ!……あぁ」


 その事実にようやく気づいたのか、彼女の身体に震えが走る。

 自分が、怒りに呑まれどんな攻撃を放っていたか自覚したのだろう。

 もちろん、殺気が籠もっていたとしても、彼女に本当に殺す気があったわけではないだろう。

 こんな攻撃でアイリスが死ぬわけがない、と心のどこかで思っていたはずだ。

 そのくらい、数回の攻防で私たちはお互いの強さを認め合っていた。

 だが、そんな事実は関係がない。

 問題なのは急に我に返ったアコナイトがどう思うかだ。

 仲間を殺したかもしれない一撃を、殺意を持って放った、その罪悪感は彼女の願いをどう歪めるかな?


「…………ちが……違うのよ」


 私の予想通りアコナイトは罪の意識に打ちのめされ、地面に崩れ落ちた。

 彼女の背負っていた光輪も、光球も光を失い霧散する。

 戦意喪失、勝負有りだな。

 魔法少女というやつはどいつもこいつも願いを大切にしすぎだ。

 願いをちょっと曇らせただけでこうも簡単に無力化できるなんて、ちょっと問題だと思う。

 他の魔法少女も私みたいに適当な願いで戦えればいいのにな。

 まぁ、そんなこと今はいいか。

 膝をつき、ほうけるアコナイトに歩み寄る。

 彼女の胸ぐらを掴み、自身へと引き寄せた。


「なぁ、アコナイト。お前の正義はどこいった?」


 お前が人々を守るために戦っているのは知っている。

 知っているし、見てきた。

 お前は私が嫉妬するぐらいの立派な正義のヒロインだった。

 それが、どうしてこうなる?

 人を助けるはずのお前が人を傷つけてどうすんだよ…………





―――――――――――――――――――――





 水が形を変えて、私たちへと襲い掛かる。

 鞭のようにうねったかと思えば、次の瞬間には槍となり繰り出される。

 リリィは槍でなんとかその猛攻を捌いていたが、私は捌き切れず何発か貰ってしまっていた。


「あぐっぇ」


 そう思っている間にも水の槌が私の頭を打った。

 槍も剣も当たる瞬間には形を崩してくれている。

 だから、クレスにはこちらに重傷を負わせる気はないのだろう。

 とは言え、そこそこの質量の水がぶち当たるのでダメージはそれなりに大きい。


「カメリアちゃんっ!」


 リリィが心配そうに叫ぶ。

 でも、それに対して大丈夫だと言葉を返す余裕は今の私にはなかった。

 頭を打たれ、意識が朦朧とする。

 戦闘が始まってから、私は足を引っ張ってばかりだった。

 私の召喚する金魚は数も、力も、いつもとは比べものにならないほど衰えていた。

 願いをうまく抱けていないからだ。

 私の願いは自分本位なものではあるけど、人を助けたいというものには違いなかった。

 助ける人が自分では、うまく力を発揮できない。

 それに、魔法少女同士で戦うことなんて間違っている、そう思う私がいつも通り戦えるはずなんてなかった。

 よろける私に向かって水の凶器が殺到する。

 リリィを相手取るよりも私をダウンさせて、確保した方がいいと判断したのだろう。

 それは正しい。

 今の私にこの攻撃を防ぐ術はない。

 私が倒れればリリィは私を守りながら戦うこととなり、圧倒的不利だ。

 私がいつも通り戦えていれば……

 自分の無力さに私が顔を歪めた、その瞬間。

 光が辺りを包んだ。

 白と紅の光が交差し、破壊を撒き散らす。

 そのあまりの眩しさに、私たちは目を塞ぐ。

 光が収まり、くらんだ目を瞬かせた時、事態は動いていた。


「アコナイト?」


 私たちを攻撃していたはずのクレスは攻撃の手を止め、茫然と光が射した方向を見つめている。

 そこには、アイリスとアコナイトが対峙していた。

 先ほどの光、アコナイトがこちらに向かって攻撃を放ったのだろうか?

 でも、なんだか様子が変だ。

 二人を見つめていると、宙に浮かんでいたアコナイトが地面に崩れ落ちた。

 どうやら星付き魔法少女たちの方は決着がついたみたいだ。

 アコナイトはアイリスに胸ぐらを掴まれている。

 まるで不良みたいなことするな。

 このまま彼女がアコナイトを殴り飛ばさないといいけど…………殴り飛ばさないよね?


「大将戦はこちらの勝ちみたいだね。どう、このまま師匠も相手取るの?」


「…………ふむ」


 アイリスの勝利にほっとしたようにリリィが息を吐く。

 アコナイトが負けた以上形勢はこちらが優勢だ。

 クレスもそれが分かっているのか顎に手を当てて黙り込んだ。

 とりあえず、戦いは終わりそうだ。

 そのことにひとまず安心する。


「仕方がないか」


 呟くように漏れ出た言葉。

 その言葉に、なんだか嫌な予感がした。


「悪いが、手を離してくれないかアイリス。チームメイトを傷つけたくはないだろ」


「あぁ?」


「え?」


「は?」


 彼女の言葉に私たちはそれぞれ惚けた声を出した。

 何て?

 クレスが指し示す方向、戦場から少し離れた地点に四人の魔法少女がいた。

 見覚えのあるピンク色の魔法少女、そしてそれを囲むこれまた見覚えのある三人の魔法少女。


「キャンディ!?」


 アイリスのチームメイトにしてハイドランシアの妹、コットンキャンディが四人の魔法少女に拘束されていた。

 あの四人の魔法少女、私をクレスの元まで連行したやつだ。

 キャンディの首筋には剣が押し当てられている。

 チームメイトを傷つけたくはないだろ、とはつまり脅し文句だった。

 一体どのタイミングで指示を出していたのだろう?

 私たちはそれに気づけなかった。


「いやー、四対一じゃぁ勝てないね☆」


 場違いに明るいキャンディの言葉。

 でもボロボロになったコスチュームからは彼女の奮闘ぶりが見て取れた。

 こんな風に脅しの材料に使われるのは彼女の本意ではないだろう。

 笑いながらもその身体は屈辱に震えていた。


「クレス、あんまり私を怒らせるなよ?」


「私は手を離せと言ったんだが?」


 私の方からでは後ろ姿でアイリスの表情は見えなかった。

 でも、彼女の声はいつになく低かった。


「………………はいよ」


 しばしの間の後、アコナイトの胸ぐらを掴んでいたアイリスの手が離される。

 それと同時に水がしなり、アイリスを拘束する。

 その拘束に、アイリスは一切抵抗しなかった。

 その感情は、やっぱり後ろ姿からは読み取れない。

 人質に、アイリスの無力化、一気に形勢を逆転されてしまった。

 それほどに、致命的な一手だった。

 リリィも、口惜しげに槍を下ろす。


「さて、これでもう邪魔者はいないね。アコナイト?いつまで自失しているんだい」


「クレス……」


「君の覚悟はそんなものなのかい?第13封印都市を解放するんだろう?」


「…………そう……だね」


 クレスの言葉に、アコナイトの瞳に濁った光が灯る。

 彼女は立ち上がると、私を視界に収める。

 アコナイトがまるで幽霊のような足取りでこちらに近づいてくる。

 嫌な汗が、私の全身を湿らせた。


「行こうか、カメリア」


 手が、差し出される。

 アコナイトの濁った瞳が私を貫いた。

 断れない要求。

 私の力を求める彼女は悪なのだろうか、それとも正義なのだろうか。

 分からない、今日の戦いを通して私はそれが分からなくなってしまった。

 目の前の女は私を虐めた張本人、だけど彼女にも譲れない大義がある。

 それを感じたから。

 第13封印都市を解放、それは悪いことどころか私も称賛するほどの善行だ。

 彼女を拒絶するのは、私が嫌だから、気分が悪いからにすぎない。

 その我が儘で、今日の戦いが起こってしまった。

 みんなに…………嫌な思いをさせてしまった。

 私は間違っていたのだろうか?

 分からない。

 でも最初から、この手を取っていれば…………傷つくのは私一人で済んだはずだった。

 ふらふらと上げた私の腕。

 それを力強く掴まれる。

 

 アコナイトではない人物に。


「……ハ、ハイドランシア?」


 ハイドランシアが私の腕を、アコナイトから遠ざけ、胸に抱く。

 その瞳は、まだ何か迷っているかのように潤んでいた。

 それでも、彼女は私を庇った。


「やめてよ。どうして…………こんなことをするの?」


 ハイドランシアの問いに対して、アコナイトの目が細められる。


「そうする必要があったから」


「違う!こんなこと必要ない!あなたは、私の憧れたあなたたちは、こんなことはしないっ!これ以上私の憧れを壊さないでぇっっ!!」


 それは悲鳴のような叫びだった。

 憧れを否定された少女の、悲痛な悲鳴。

 人を傷つけて、卑怯な手を使ってでも力を手に入れる。

 そんなことは、ハイドランシアにはとても許容できる現実じゃなかった。


「これが私よ。勝手に憧れたのは、あなたの方でしょう?」


 突き放すかのような一言。

 耳を塞ぎたくなるような、一言。

 私の腕をかき抱く少女の体温が、すっと冷える。

 私の目の前で少女の願いが握り潰され、粉々に破壊されたのを感じた。


「邪魔ね、私の欲しいのはあなたじゃないわ」


 アコナイトがハイドランシアを無視して私へと手を伸ばす。

 ハイドランシアが掴む方とは逆の手を掴まれる、まるで万力のようにきつく。

 私の元へ来いという、確かな意思を感じた。

 そのまま、彼女の方へと引っ張られる。


「うぅ」


 アコナイトに引かれるまま、よたよたと歩く。

 抵抗する気力は、もうなかった。

 そんな無抵抗な私の動きが、止まる。

 ハイドランシアが私の腕を離さなかったから。

 私を取り合って、二人の魔法少女が引っ張り合う。


「お願い……私の友達を、傷つけないで……」


 絞り出すかのような嗚咽。

 私の友達は静かに泣いていた。

 憧れを否定され、憧れたその人に願いをぐちゃぐちゃにされても、ハイドランシアは正しい正義を貫こうとしていた。

 壊された願いをかき集めて、どうにか私を守ろうとしてくれていた。

 そんなの見ていられない。

 だから私はその手を優しく払った。

 これ以上、彼女に無理をして欲しくなくて。


「ごめん、でも私は大丈夫だから」


 だからもう泣かないで。

 私の我が儘でこれ以上誰かが傷ついて欲しくない。

 すがるように伸ばされた腕を、私は掴まなかった……





―――――――――――――――――――――





「………………………………」


 まるで葬式のような沈黙が辺りに広がっていた。

 破壊の跡が色濃く残るお茶会の会場で、あたしたちは傷つき、俯いていた。

 アコナイトたちはもういない。

 カメリアちゃんを連れて行ってしまった。

 自分の槍を、きつく、きつく握りしめる。

 あたしがもっと強ければ、結果は変わったのかもしれないのに。

 自身への不甲斐なさだけが募る。


「よっと」


 師匠が、自身を拘束していた水を引きちぎって立ち上がる。


「なんだ野郎ども、揃いも揃ってしけた面しやがって」


「………………野郎じゃないです」


 この人は…………こんな状況だっていうのに相変わらずだな。

 それが頼もしくもあり、呆れるところでもある。

 今、あたしが涙を必死に耐えていたの、分かってないでしょ。


「まさかやられっぱなしで終わる気じゃねえだろうな?」


 師匠がこちらを挑発するように不適に笑う。

 あたしたちを元気付けようとしているつもりなんだろう。


「取り戻すぞ!あいつを!!」


 全くこの人は、本当に……眩しいな。

 師匠が魔法少女の希望と呼ばれるのも、よくわかる。

 この人はいつだってこうだ。

 みんなを引っ張る、希望だ。


「うん!」


 力強くそう返事をしたのは、あたしではなくシアちゃんだった。

 涙で濡れるその瞳は、確かに前を向いていた。

 彼女はカメリアちゃんに振り払われた腕を、強く握り締める。


「誰に喧嘩を売ったか分からせなくちゃね☆」


 シアちゃんに続いてキャンディちゃんも立ち上がる。

 あたし以外のみんなは強くて、頼もしくて、少し嫉妬してしまう。

 でも、そうだよね。

 このままじゃ終われないよね!


「助けよう、カメリアちゃんを。あたしたちで!」


 あたしも、みんなに続いて立ち上がった。

 自分の無力を嘆くことなんていつでもできる。

 今はその時じゃない。

 がむしゃらに前を進もう。

 そこであたしの友達が助けを待っているのだから。

 あたしたちは目を合わせ、お互いに頷き合った。


「ところで…………あいつどこに連れていかれたの?」


 団結していた私たちの意思は、師匠のその一言で霧散した。

 この人は、本当に…………締まらないなぁもう!

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