カメリアという花
「あれ?カメリアちゃんは?」
あたしが席に戻るとテーブルではサイプラスが一人寂しくケーキをつついていた。
先ほどまではカメリアちゃんとサイプラスちゃん二人で仲良くケーキを食べていたと思うんだけど、少し席を外したらサイプラス一人になってしまった。
カメリアちゃんはすっごく人見知りだから少し心配、いったいどこへ行ったんだろう?
「ん……トイレ、だって」
サイプラスちゃんはケーキにフォークをグサグサと刺しながら何だか寂しげだ。
それ、食べないんだったらやめなよ、もったいないよ。
あたしがケーキをじっと見つめているとサイプラスがケーキをあたしの前まで移動させた。
いや、いらないよ!自分で食べな。
首を振るけど彼女はケーキをこちらにグイグイと押し付けてくる。
いらないって。
無言でケーキを押し付け合っていると、隣の席にシアちゃんが戻ってきた。
「妹見なかった?」
「キャンディちゃん?見てないよー」
キャンディちゃん来てるの?
あ、でも大規模作戦は師匠も参加するんだからキャンディも来るか。
あたしを今回の作戦に誘ったのは師匠だった。
まぁ、誘い文句は『何も聞かずに私からの誘いを断れ』なんて珍妙なものだったけど……
内容も聞かずに承諾も拒否もできる訳がないじゃない。
それで粘って聞き出してみれば、今度魔法少女たちを集めて大規模作戦が行われるという。
師匠は、その作戦にあたしが参加して欲しくないみたいだった。
だからこそ作戦の概要を伝えたくなかったのだろう。
ホワイトリリィが絶対に逃げない魔法少女だから。
願いがある限り、あたしにその作戦を断る道義はない。
あたしは勿論大規模作戦に参加する、願いのために絶対に戦いに背を背けたりしない。
師匠には悪いけど。
その結果として今日このお茶会に招かれた。
でも肝心の師匠もキャンディも姿が見えない。
このお茶会には不参加なのかな?
「あれ?」
「あら?」
その時、離れたテーブルで大きな歓声が聞こえてきた。
まるで有名人が現れた時みたいな黄色い声がする。
何事かとそちらに視線を向けるあたしたちの視界に映ったのは、白金の魔法少女。
魔法少女ピュアアコナイトが魔法少女たちに囲まれ、お茶を手渡されている姿だった。
彼女も、参加するんだ……
お茶会終盤になってからの大物の登場に会場は湧いていた。
今回の大規模作戦はただの深域鎮圧なんかじゃない。
あの第13封印都市の鎮圧なのだ。
よく考えてみると、前回の第13封印都市の鎮圧に参加していた彼女が参加するのは当然のことだ。
でも、あたしとしては何だか複雑だ。
あの人は、カメリアちゃんと仲が悪いみたいだから。
二人がどういう関係なのか聞いたけど、はぐらかされてしまったから詳しい事情は知らない。
でも、あの時彼女を前にしたカメリアちゃんの反応は明らかに異常だった。
あの二人がもう一度会うとなると……心配だ。
「………………」
なんともいえない感情を抱いてアコナイトを見つめていたあたしの頭を、誰かが叩く。
「よっ、元気してるか野郎ども」
低音の声、あたしの師匠であるレッドアイリスがあたしの頭をぺしぺしと叩いていた。
あたしは野郎ではない、と言いたい。
その後ろにはシアちゃんが探していたコットンキャンディの姿もある。
「師匠ー、随分遅い登場ですね。またいつもの遅刻ですか?」
「私が遅刻するはずねーだろ。なんか知らんが主催者に止められてよ」
「また嘘ついてる、遅刻魔師匠……」
遅い参加の言い訳をする師匠に対してハイドランシアは呆れたように息を吐く。
この人の遅刻はいつものことなのであたしたちは当然塩対応だ。
見知らぬ魔法少女の登場にサイプラスの方は机の下に引っ込んでいる。
彼女の人見知りは相変わらずだ。
サイプラスちゃん、それ隠れているつもりなんだろうけど逆に目立ってるよ。
「なんだよ。アコナイトのやつみたいに歓声で迎えてくれないのかよ」
「う、うーん」
「別に師匠には憧れてない」
「人徳ですね☆彡アイリスさん」
教え子三人からのダメ出しを受け、アイリスは机に突っ伏す。
可哀想だけど、これが本音なのよね。
師匠って、一緒に戦う分にはとーっても頼もしいけど、素直に尊敬できない素行してるから……
助けてもらった魔法少女も多いから魔法少女間の人気は意外とあるんだけど、憧れの人っていうかみんなの姉御みたいな位置づけなんだよね。
「そんなに違うか!?あの女と」
「あの人はずっと憧れの人だから……」
シアちゃんはキラキラとした目で離れた席に座るピュアアコナイトを見つめている。
この青い魔法少女の憧れの人は昔から変わらずただ一人だ。
そうだね、シアちゃんは彼女に助けらたんだもんね。
でも……だからこそ彼女とカメリアちゃんの不和が気にかかるのよね。
「私という師匠を差し置いて、最近はあいつと仲良くしているらしいな」
「え!?」
「あ、ははは……」
「そう、お姉ちゃん最近その自慢話ばっかりなの☆」
うん?初耳なのだけど。
シアちゃん、アコナイトさんとお近づきになれたの!?
ハイドランシアは否定もせずに顔を赤くしている。
そ、そうなんだ。
もしかして最近よく用事があるって言っていたのはアコナイトさんに会いに行っていたからとか?
「おぅおぅ、嬉しそうにしおって。どうだ、憧れに少しは近づけたか?」
「私は……まだまだよ。憧れとは、ほど遠いわ」
願いを、否定しているのにシアちゃんは何だか嬉しそうだった。
少し、彼女が遠い存在のように感じる。
もう、シアちゃんは願いへの一歩を踏み出しているんだ。
あたしはそれを嬉しく思うけど、師匠の方は教え子を取られて何だか不満げだ。
師匠……心が狭いよ。
「ふーんだ。まぁいい。そういやカメリアはどこだ」
カメリアちゃん?
そういえば、お手洗いに行ってるって聞いたけど……
随分長いね。
あたしは会場内を見渡す。
でも、あたしたちの見知ったあの黒い和装の魔法少女の姿はなかった。
―――――――――――――――――――――
「っ、あ、死ぬって……」
「そう、だから少しあなたには我慢してもらえたらなって」
随分穏やかではない話だった。
魔法少女バイオレットクレスの放った言葉を反芻してみる。
私がピュアアコナイトと手を組まなくては、大規模作戦は失敗し、沢山の犠牲者が出る。
すぐには飲み込めない内容だ。
そもそも、なぜよりによって私なのだろうか?
他の魔法少女ではだめなのか。
私にそれだけの力があるとはとても思えない。
あいつと共闘するなんて……
嫌だ、普通に。
特別なことなんて何もないのに。
………………いや、一つだけある、私の特別。
他の魔法少女にはない私の強み。
「吸魔の……力?」
「あら、察しがいいわね。きちんと思考できるじゃない」
魔法少女ブラッディカメリアの代名詞とも言える特殊属性。
魔力を吸収する力。
その力のおかげで私は魔障壁を無力化でき、さらに深淵内では無限の魔力を獲得できる。
でも無限の魔力があっても、吸収する力という性質上その膨大な魔力を扱うことができない。
だから、この力は実質魔障壁を無力化するだけの力となっている。
魔障壁の無力化……すごい力ではあるけど唯一無二というわけじゃない。
それこそ星付きの魔法少女であれば一撃で魔障壁ごと深獣を屠ることができる。
高位の魔法少女のレベルと比べると物理的な威力が低い分、むしろ劣化品と言って差し支えのない力なのだ。
そんな力をなぜ欲しがるのだろう?
「あなたは特別。アコナイトがずっと出現を待っていた力の持ち主なんだもの」
「ず、ずっと……待っていた?」
アコナイトが、私を、吸魔の力を待っていた?
その言い方だと、まるで吸魔の力を持つ魔法少女の誕生が決まっていたかのように聞こえる。
魔法少女の属性って個々の才能で決まるものなんじゃないのか?
「そうよ。ブラッディカメリア、あなたはね四人目の吸魔の魔法少女なの」
「よ、四人!?それって魔法少女の歴史の中で、私みたいのが三人いた……ってこと?」
「ええ、原初の魔法少女マジカルカメリアから始まり、歴代のカメリアの名を冠する魔法少女たちは能力の差異はあれど、皆吸魔の力を有してきた。前代のカメリアが引退してからもう40年近く経つ。そろそろ新しいカメリアが誕生してもおかしくない時期だったの」
それは……どう捉えればいいのだろう。
カメリアという魔法少女の誕生は決定づけられていたということ?
だからこそ、彼女たちは待っていた、私の登場を。
胸の中がざわめく。
私の知らないところで、カメリアという魔法少女の価値が見出されていた。
その自分の希少価値を喜べばいいのか、それとも恐れるべきなのか。
戸惑う私に対してクレスは身体を乗り出して迫ってくる。
整った顔が視界いっぱいに広がり、私は思わず尻込みしてしまう。
「吸魔の力は確かに不完全で、無限の魔力を活かす術を持っていない。でもそれは吸魔の魔法少女単体で見た場合の話……そうじゃない?」
紫の瞳、底知れない好奇心が私を覗き込む。
不完全な力、それを待っていた星付き魔法少女、謝罪、仲直りを求める虐めの主犯格。
私の中で情報が渦巻く。
そうして一つの仮説が浮かび上がる。
それはつまり。
「ぁ、アコナイトなら私の無限の魔力を……使える……の?」
導き出された答え。
私と同じような特別を彼女も持っているのではないだろうか。
その答えに紫の魔法少女は笑みを深めた。
「そう、特別なのはあなただけじゃない。アコナイトも特別な力を持っている。他人と魔力を共有する力。共魔の力を!」
クレスの腕がテーブルに力強く叩きつけられる。
ティーセットが音を立てて揺れた。
爛々と輝く紫の瞳、それはもう人を見つめる目ではなかった。
興味深い実験動物を見るかのような欲深い知性の目。
それが私を見定めていた。
「その共魔の力が吸魔の力と合わさるとどうなる?限定的な状況とはいえ無限の魔力を存分に振るえる魔法少女!全魔法少女最強、いや、過去未来永劫類を見ない最強の魔法少女が誕生する!その力さえあれば、第13封印都市の奪還など容易い、そうは思わない?」
彼女の迫力に押され、身体が後ずさってしまう。
私の座った椅子が、身じろぎに合わせて軋んだ。
「だからさぁ………………一緒に戦いましょう」
「……………………………………」
勧誘の言葉に、息を詰まらせる。
無限の力を有する最強の魔法少女、なんだかスケールが大きすぎて実感がわかない。
それは素晴らしいことなのだろう。
きっとそれが実現すれば多くの勝利と救いをもたらすことが出来るのだろう。
でも。
でも、その力を手にするのはあのアコナイトだ。
もしそれが実現したとして、私は彼女のエネルギータンクでしかない。
一緒に戦おうなんて言っても、結局私の力が欲しいだけだ。
『あたしと友達になってよ』
思い出すのは、私を魔法少女へと誘ったリリィの言葉。
彼女は私の力ではなく、私という人間を望んでくれた。
信頼できる、一緒に歩んでくれる……友達を。
だから、私は頷いた。
一緒に戦おうと思えた。
それに比べて今回の勧誘のなんとお粗末なことだろう。
何も分かっていない、私のことなんて。
『気をつけた方がいい。それは君を見ているようで見てなどいない』
占い師に言われた言葉。
まさにその通りだ。
彼女たちが欲望の眼差しを向けるのは、吸魔の力だ。
出雲日向などという人間は眼中にないのだろう。
「嫌だ」
だから私は断る。
理性が、最強の魔法少女による救いに価値を見出したとしても……感情がそれを否定した。
嫌なものは、嫌だ。
「?…………へぇ…………」
クレスの笑みが歪み、真顔になる。
私の中の陰気な部分が逃げたい、目を逸らしたいと訴えたが、それらを無視しクレスを睨み返す。
「ひ……ひぇ」
目をそらすことは耐えたが思わず悲鳴じみた吐息が漏れてしまった。
紫の瞳が、その視線が私を舐め取るようにグリグリと這う。
「あなた、面白いことを言うわね。低脳なの?それとも無能のふりをした賢人かしら?」
少し考え込むように、彼女は口をつぐんだ。
断られるとは思っていなかったのかもしれない。
最強の魔法少女、甘美な響きだ。
確かに相手が私でなければ喜んで手を貸していたかもしれない。
でも私は多くの魔法少女と違い、アコナイトを信用していなかった。
「第13封印都市を奪還できる。そう聞いてあなたの心は動かないの?」
「それ……は…………」
「私たちはあの深域に大きな犠牲を強いられてきた、家族を…………仲間を失った。今もあの人たちの魂はあそこに捉えられている。それを、解放できるというのなら……そう思う魔法少女はごまんといる」
何かを思い出すかのように彼女の瞳孔がぐらりと揺れる。
笑顔、無表情、そして今度は苦悶の表情。
その顔は彼女が見せた中で一番人間らしい顔だった。
「失ったもの全てを取り戻すことはできない。でも取り戻せるものだってある。それを全てあなたの感情だけで見捨てるの?」
「……うぅ……その……」
そう言われると、辛いものがある。
確かに私は自分の都合だけで、多くの救いを否定している。
かつての第13封印都市奪還作戦にピュアアコナイトは参戦していた。
それはつまり、チームメイトである彼女もあの戦場にいたということだ。
そして、沢山の何かを失った。
その苦しみを、私は無視できない。
私……だって、失ったのだ。
唯一の友人を。
私がアコナイトと手を組めば、その理不尽な痛みに終止符を打つことができる、かもしれないのだ。
でも、その輝かしい勝利の未来を、黒い何かが遮る。
黒い笑顔、優しい声音、歪んだ正義。
ピュアアコナイト、藍澤恵梨香の笑顔が私の首を絞める。
結局、私はどこまでも自己中心な人間なのだ。
人を助けるのだって、自分の為。
人を助けられるのに、それを否定したいのは…………気分が悪いから。
かつての虐めを思い出したくないから、そんな理由で私は魔法少女たちの願いをふいにしようとしている。
「あなたが、首を縦に振るだけでいい、そうすればあの無念を晴らすことができる。分かるでしょう?あなた無しではまた沢山の犠牲が出る。それはあなたの大切なチームメイトかもしれないというのに…………あなたは断るの?」
息がうまくできない。
吸っても、吐いても、全然楽にならない。
ピュアアコナイトの幻影が、魔法少女たちの無念が私の首をきつく締める。
嫌なことから逃げたいだけなのに、その逃げるという行為が苦しい。
泥沼の逃げ道だ。
苦しげに呼吸をする私の眼の前で、クレスが頭を下げる。
「お願い……ブラッディカメリア、私たちを……助けて」
頭を下げた、先ほどまであんなに高圧的だったクレスが。
その事実がまた一段と私の首を絞める。
「…………あ……」
机の上に、何かが落ちた。
透明な液体。
涙。
それを認識した瞬間私の心臓は止まった。
助けないと、泣いてる、嫌だ、そんなもの見たくもない。
なぜ魔法少女になった。
こんな風に理不尽な運命に振り回されて流れる涙をなくすためだろう?
でも、そんな理不尽を私に教えてくれたのは誰だ?
ピュアアコナイトだ。
私はあの虐めを、惨めな気持ちを振り払いたいから人を助ける。
助けたい。
でも、そうするためには過去と、ピュアアコナイトと対峙しなければいけない。
過去を忘れたくて人を助けるのに、助けるためには過去と向き合わなくてはいけなくなった。
私の中で、願いが矛盾している。
苦しい。
私の中で何かが爆発しそうだ。
この苦痛から早く解放されたい。
そんな感情から私は大きく息を吸った。
答えを吐き出すために。
でも私が息を吐き出すことはなかった。
「やめろ」
短い言葉とともに訪れる破壊。
私とクレスが向き合う机が真っ二つに裂けた。
遮るように私たちの間に銀の刃が割り込む。
私の身長ほどもある大きな鎌。
それが私の視界からバイオレットクレスを隠した。
「……アイリス、なんのつもり?」
真紅の暴君が、そこに立っていた。
「聞こえなかったか?やめろって言ったんだ」
アイリスは不敵に、高慢にせせら嗤った。
彼女の登場に、私の首を絞める幻影たちの手が緩む。
私を守るように突き立てられた大鎌の刃に、青ざめた私の顔が反射して映りこんでいる。
それは、ひどく怯えた顔だった。
「脅し付けて物を買わせるような商売は好きじゃねぇ、ろくなやり方じゃないぜ」
「君はなんの話をしているんだ。これが商売に見えるのかい?」
見当違いとも取れるアイリスの言い分にクレスは反論する。
慌てて目をこすり、その場を繕う。
彼女に流した涙を見られるのは本意ではなかったのだろう。
やっぱり、泣いていたんだ。
少し、胸が痛む。
「強い言葉で脅し、ペースを掴む。その後情報を開示して理性的に説得。それが通じないときたら今度は泣き落とし。随分な大立ち回りだな」
「最初から見ていたのかい?悪趣味がすぎるね」
「どっちが?」
真紅と紫の魔法少女が睨みあう。
アイリスはかなり喧嘩腰だ。
いきなりの登場で考える余裕がなかったけど、そもそもなんで彼女がここにいるんだ?
クレスと同じく、アイリスもお茶会開始時には姿がなかった。
ここにいるということは、彼女も大規模作戦に参加するのだろうか。
「カメリアの説得は私が担当する。君たち星付き魔法少女が話し合って決めたことだろう。なぜ邪魔をする?」
「悪い、その話し合い寝てたわ」
「マジかこいつ……!!」
さすがのクレスもアイリスの自由奔放さにたじろぐ。
テレビ番組の時もそうだったけど、少しは人の話を聞こうよ。
「この作戦の行方は、カメリアにかかっている。それを知らないほど低脳じゃないでしょう?予知は聞いたはずよ」
「ああ聞いたね」
「なら!わかるはずだ。カメリアがこの作戦の鍵だ。彼女がいなければ、沢山の魔法少女が死ぬ。救える魂も無念もお前は棒に振るのか!?」
私を置いて二人の口論は白熱する。
星付き魔法少女、予知、私には分からないことが沢山ある。
それでも、アイリスが彼女たちを裏切って私を庇っていることはなんとなく分かった。
なんで……私を?
「カメリア」
真紅の魔法少女が私へと微笑みかける。
その瞳はひどく優しかった。
「お前は、戦わなくていい」
「死ぬわよ、みんな」
「死なねえさ。全部私がなんとかする。深獣も第13封印都市も全部私がぶった斬る。それが星付き魔法少女の、最強の、勤めだろうが!星付きがみっともなく他人の力に縋ってんじゃねえよ!」
その言葉を聞いて、私の中の何かが軽くなった。
息が、ようやくつけた。
私の眼の前に立つ最強の魔法少女、その背中がとても大きく見えた。
ああ、なんでもっと早くに彼女と出会えなかったのだろう。
アコナイトよりも早くアイリスに出会いていれば、正義に失望せずに済んだのに……
「どんなにあなたが強くとも、カメリア抜きじゃ作戦は成功しない。予知がそれを告げているでしょうが!」
「ああ、お前らの言い分はさぞや正しくて高尚なんだろうなぁ。だが、これ以上喋るな。不愉快だ」
「っ!!」
アイリスが大鎌を持ち上げ水平に構える。
次に反論すれば叩き切る、そう言わんばかりの態度、それは正に暴君だった。
バイオレットクレスは魔法少女の中では最強格の少女だ。
だが、星付きの魔法少女ではない。
彼女はあくまでも星付きのパートナーでしかない。
ここで、戦闘になれば勝敗は明らかだった。
「武器をしまいなさいアイリス」
凛とした声に、アイリスの肩がぴくりと跳ねる。
言葉を発したのはクレスではなかった。
いつの間にか姿を現した白金の魔法少女。
ピュアアコナイトがクレスの背後に立っていた。
「アコナイト、お前はカメリアの前には出るなと言ったのに……」
「もう、そういうことを言っている段階ではないでしょう」
クレスは悔しそうに唇を噛む。
アコナイトの出現、それはクレスたちの作戦が瓦解したことを表していた。
「どうしてこうなるのかしら?あなただってあの戦いで多くの教え子を失ったでしょう?」
いつもの微笑みをたたえながら、アコナイトがアイリスに歩み寄る。
武器を構えた相手に対して無手、それでも彼女は全く臆してなどいなかった。
「気に入らないから邪魔しただけだ。お前みたいな真っ当な正義なんて私にはねぇよ」
アイリスも不敵に笑う。
最強と名高い二人の魔法少女が睨み合い、バルコニーは異様な雰囲気に包み込まれる。
正義と希望の対峙。
片方は獰猛な笑みを浮かべ、もう片方は慈悲の笑みを浮かべていた。
だが、次の瞬間その眼差しは私へと向けられた。
「日向、手を貸して欲しいの正義のために」
「綺麗な言葉で取り繕うんじゃねぇよ」
彼女の視線を遮るようにアイリスが私の前に移動する。
アイリスという存在が、私を安心させた。
前会った時のような、震えや吐き気は感じなかった。
だから、彼女の言葉をちゃんと聞くことができた。
正義のために。
彼女はいつもそうだ。
正義のために力を振るい、人々を助けてきた。
彼女は、比類なき正義の化身だった。
私を虐めていた、あの瞬間以外は。
どうして、正義のヒロインピュアアコナイトは私を虐めたの?
レッドアイリスという安心を得て、私はようやくその問いを発することができた。
「…………ねぇ藍澤さん、私への虐め、あれも……正義だったの?」
息を呑む音がする。
私の問いを聞いたアイリスとクレスがアコナイトを見る。
驚愕と疑心の瞳。
虐め。
正義の魔法少女には全く似つかわしくない言葉。
そんな眼差しをうけても、彼女の微笑みは崩れなかった。
ただ、その瞳から光彩が消え失せた。
ぼそっと、彼女の口が言葉を発した。
でもその言葉は小さすぎて、誰の耳にも届かなかった。
でも、それは嘆きだったように思う。
「あ〜あ、どうしてこうなるんだろう……ただ、人を助けたかっただけなのに」
不意にアコナイトはその身体を脱力させた。
いつも綺麗に背筋を正していた彼女に似つかわしくない、だらしない猫背。
その様子は、ひどく疲れて見えた。
「もういいや、手に入るなら、無理やりでも」
「あ?」
今までとは全く違った微笑みを浮かべながらアコナイトが近づいてくる。
それを見てアイリスが、私を守るように前に出た。
「あなた、邪魔」
ふいと、彼女の手があがる。
「フレア」
閃光が走った。
どこからともなく現れた光の奔流、それが真紅の魔法少女へと直撃する。
閃光と大鎌がぶつかり合い、火花を撒き散らす。
あまりの眩しさと熱波に、私は尻餅をついた。
鎌は光線を二つに裂き、逸らされた光線が床と壁を大きく穿つ。
光が止んだ後、そこには大きな破壊の跡が残された。
そして…………真紅の魔法少女が構える大鎌には、大きなヒビが入っていた。
「さすがに、一撃じゃ無理か」
「ァ、アコナイト?一体なにを……」
クレスはいきなりの事態についていけないのか、攻撃を仕掛けたアコナイトを怯えたように見つめた。
その様子から、この攻撃が当初の計画になかったものだというのが分かる。
だが、アコナイトはそんなチームメイトを振り向きもしなかった。
「うらぁ!」
「ブレード」
アイリスの大鎌と、アコナイトの言葉とともに現れた光剣がぶつかり合う。
ひび割れたというのに、アイリスの鎌は赤い光を放ち、全く衰えていなかった。
最強同士がぶつかり合い、バルコニーと会場を隔てる壁が吹っ飛んだ。
「やるのか?おもしれぇ、最強と称される魔法少女同士、どっちが上か白黒つけたいと思っていたんだ」
レッドアイリスが吠える。
膨大な魔力が膨れ上がり、真紅の奔流が吹き上がる。
それに対してアコナイトは宙に浮遊して彼女を見下ろす。
光輪を背負い、いくつもの光弾が彼女の周りをまるで衛星のように飛び交っていた。
「あなたが私に勝てる訳ないじゃない。私は…………今まで散ってきた魔法少女たちの願いを背負っているのだから」
動いたのは両者同時だった。
「死ね」
「どきなさい」
大勢の魔法少女たちの前で力がぶつかり合い、そして……
花園の一画、星雲の間は半壊した。
天井と壁は消し飛び、床には亀裂が入る。
高価なティーセットは砕け散り、お茶請けが宙を舞う。
ほとんどの魔法少女たちが状況を理解できないながらも、星付き魔法少女同士のぶつかり合いに巻き込まれぬよう迅速に退避する。
そんな中、私は動かなかった。
破壊が広がる中、私の周りは驚くほど無傷だった。
レッドアイリスが、私を庇いながら戦っているからだ。
アコナイトは傷つけるために戦っているのに対して、アイリスは私を守るため戦っていた。
止めなきゃ。
たとえ、私程度の力ではどうにもならないと知っていても。
私が全ての原因なのだから。
戦場に一歩踏み出す。
「ねぇ」
その歩みを、誰かが止める。
痛いほど強く私の肩を掴む手。
振り返ると、そこには青い魔法少女、ミスティハイドランシアが立っていた。
「ねぇ、どういうこと?ねぇ」
「ハ、ハイドランシア?」
どこか、様子がおかしかった。
瞳孔が開き、目線も定まらない。
そんな様子の彼女を心配して覗き込む私を、彼女は押し倒した。
「っぐ」
彼女の腕が首を圧迫する。
ハイドランシアは私へと馬乗りになり、私を見下ろす。
「アコナイトさんがカメリアを虐めていた?どういうこと?ねぇ?ねぇ?ねぇ!!」
ハイドランシアが私の頭を掴み、揺さぶる。
その手はひどく震えていた。
聞いて、いたの?
一番聞かれたくないことを、ずっと隠していた秘密を。
「ねぇ、嘘でしょ……?」
私はその問いに、答えることができなかった…………
―――――――――――――――――――――
「おやおや」
半壊したお茶会の会場でただ一人、鮮やかなオレンジのコスチュームを纏った魔法少女は椅子に座り、お茶を楽しんでいた。
「予知した中でも、最悪な展開だねこれは」
予知とは、一つの未来を覗く力ではない。
未来とは、際限なく分岐し、運命はひとつではない。
今日のお茶会にも、いくつもの未来があった。
そして今、運命は最悪の結末を導き出そうとしている。
だが、それでもいい。
最悪な結末だが、それは今日のお茶会に限った話だ。
このお茶会は、もう幸せな終わりを迎えることはできないだろう。
でも、最終的に幸せな未来を迎えられるのならば問題ない。
この最悪は、未来の為に必要な道筋でしかない。
今日は失敗したが、まだ幸福な未来への道筋は潰えてなどいない。
まだなんとかなる、軌道修正は……可能だ。
「最終的にハッピーエンドなら、問題ないでしょう?」
魔法少女たちの明るい未来。
その為になら、悪魔にでも魂を売るさ。
予知の力は、その為にあるのだから…………
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