真紅の暴君と一緒

 私の誤解を解くまでにはちょっと時間をかけなければいけなかった。

 私が焦って支離滅裂に説明したのもあるけど……

 絶対遊ばれてた!笑ってたし。

 私が台本に通りに喋っていただけだって、すぐ分かっただろうし……ドSだよあの人。

 今はインタビューのパートは撮り終わり、深淵を鎮圧する準備にとりかかり中だ。

 遅刻してきたアイリスはインタビューの台本をめくって不満そうな顔をしている。


「何故不満そうな顔をしているんだい?撮影内容は打ち合わせで話しただろ」


「寝てた」


「君ねぇ……」


 アイリスの言い分にディレクターさんは頭を抱えている。

 そんな彼の様子を気にもせずアイリスは地面に胡坐をかいて座り、おにぎりを頬張っていた。

 寝てたって……噂に違わぬ自由人だなぁ。

 そのアイリスに向かってキャンディが声をかける。


「アイリスさん、何してんですー?メイクしますよ。あとそのクソダサ革ジャンとズボン脱いでください☆」


「あ?」


 キャンディがアイリスの背中から腕を回して立ち上がらせた。

 どうやら私たちと違って彼女には撮影準備があるらしい。

 メイクするんだ、本格的だね。

 私たち魔法少女は基本変身すると見栄えが良くなる。

 瞳の色が自身のカラーに変わるのは当然として、それぞれのイメージに合わせてメイクが施される。

 例えば私なら和をイメージした落ち着いたメイクだ。

 ゴスロリのコスチュームの魔法少女だったりするともっと派手なメイクになるだろう。

 まぁ、だから私たち魔法少女にメイクは必要ない。

 でも、そのメイクは撮影映えを意識したものではない訳で。

 テレビに映すとなればもっと映えるメイクもできるのだろう、私はメイクなんてしないし、そこら辺はさっぱりだからよく分からないけど。

 あと、やっぱりその上着とズボンは脱ぐのね……


「嫌だね私は。なんであんな服着なきゃいけねーんだ」


「イメージアップなんだからガワから変えなきゃ。正直こんなんじゃイメージ悪いよ☆」


「そうだ、君のイメージを根本から変えるいい機会だろう」


 レッドアイリスがキャンディとディレクターに引きずられていく。

 二人とも星付き魔法少女に対して全く物怖じしていないな。

 ロケバスの中で彼女にメイクを施すのだろう。


「師匠が準備している間、準備体操でもしてよー」


 伸びをするリリィに合わせて私も立ち上がった。

 アイリスのメイクができたら、後はとうとう深淵の鎮圧だ。

 私も身体を解しておくとしよう。

 前までの私だったら戦闘で動くことはないと思っていたけど、最近はチームで連携訓練をすることも多くなってだんだんと私の動きも変わってきた。

 後方にいるサポータこそ積極的に動いて味方を助けなければいけないのだ。

 ストレッチをしつつ、土手に鎮座した小さな深淵を視界に入れる。

 深淵は封印されているからか、私のよく知るそれのように脈動していない。

 そういえば、こんな風に封印できるのなら、別に私たち魔法少女が無理に鎮圧しなくてもいいのでは?

 疑問に思って、聞いてみたらハイドランシアに失笑されてしまった。


「あれが無害なのはまだ魂を喰らっていないからよ。封印でも魂を食らった深淵の成長を止めることはできないわ」


 そうなのか、ということは目の前の深淵が成長していないのは魂を喰らえておらず、封印で深獣が外に出て魂の狩に出ることもできないからか。

 封印都市が封印しているのにも関わらず成長してるのは中で魂を喰らっているから、封印は深獣を深淵内に閉じ込め新たな犠牲者を抑制することしかできない、という訳か。


「それに、封印は精霊しかできないし……どのみち私たちの専門外よ」


「ぁ……そうなんだ。そういえば今日はパプラたちいないね」


「あいつらカメラ嫌いだから、他の契約主の所にでも行っているんじゃない」


 私たちの周りにいつも浮いている契約精霊が今日に限っては見当たらなかった。

 思い返してみると確かに彼らは深淵鎮圧後にはいつも姿を消していたな。

 精霊がテレビに写っているところは見たことはないかもしれない。

 それにしても他の契約主か……


「ぁ、パプラって、私とリリィ以外に誰と契約しているのかな?」


「さぁ、今の契約主は知らないわね」


 ハイドランシアは首を傾げる。

 リリィにも目を向けるけど彼女は首を振った、知らないらしい。


「まぁ、あんまりいないと思うよ、彼の契約主って大概すぐ引退するし」


「ぶへっ!?」


 私とリリィは吹き出した。

 聞き捨てならないセリフだ。


「精霊って結構好みで契約するのよね、だから契約精霊の好みを知ることでその契約主の性格も想像できる訳」


「じゃぁ、あたしたちは引退しやすい性格ってこと?」


 ハイドランシアの言葉にリリィがくってかかる。

 そんな様子にハイドランシアは首を竦めた。


「彼の契約主って、他人を助けるために自分の身を厭わない馬鹿が多いのよね。つまりそんな正義心あふれる娘がパプラの好みなのよ。でもそんなことしてたら怪我もするでしょ、下手したら命を落とすことだってある。だから彼の契約主は引退することが多いのよ」


「むぅ……」


 リリィが唸る。

 なんとなく覚えがあるのだろう。

 私も他人を助けるために自分の身を厭わない馬鹿には覚えがある。

 そもそも、私が魔法少女になったのはそんな風にして自分の身を厭わず助けに来た彼女を助けるためだ。

 こう聞くとリリィという魔法小女は彼の好みにぴったりなのだろう。

 私がそれに当てはまるかどうかは疑問なのだが。

 私はかなり自己中心人間だからな。

 契約も行き当たりばったりだったし、私は彼の契約主の中では例外なのかもしれない。


「詳しいのね」


「当たり前よ、魔法少女になるために私がどれだけ精霊のことを調べたと思ってるの」


 ハイドランシアが胸を張る。

 さいですか……


「大丈夫よ、私と一緒にいる限り、あなたたちに怪我なんてさせない、私が守るわ」


 ハイドランシアは薄く微笑む。

 トゥンク。

 やめてよねそんなイケメン発言。

 童貞は惚れてしまうぞ。

 とまぁ、そんな冗談はさておき……


「ぁ、の、ところでアイリスさんの契約精霊って……?」


「蛇ね」


 うわぁ……あいつかぁ……

 好みは知らないけど、アコナイトの契約精霊だろあいつ。

 なんだか好きになれないんだよね。


「いい感じですよアイリスさん☆彡」


 ゲンナリしているとメイクを終えたらしいレッドアイリスがこちらまで歩いてきた。


「…………誰?」


 リリィがアホ面で彼女を指差した。

 リリィ、失礼だよ。

 まぁ、私も概ね同意見だけど。

 メイクを施した彼女はまるで別人だった。

 印象を変えているのはメイクだけではない。

 先ほどまでの革ジャンとズボンではなく、魔法少女として本来のコスチュームに身を包んでいるのも、印象が変わった大きな要因だろう。

 真紅のロングドレスは彼女の普段のイメージと真逆で上品だ。

 頭に乗った小さなティアラも相まってまるで王女様みたいだった。

 でも、当の本人は嫌そうに頭を掻き毟っているので変わったのはやはり外面だけらしい。


「なんで戦うのにわざわざ動きにくい服を着なきゃならんのかね」


「どうどう☆」


 キャンディ……アイリスは馬じゃないよ。

 アイリスの準備が済んだので、深淵の前まで移動する。

 深淵の周りには、すでにカメラマンたちがスタンバイしていた。

 深淵を封印する柱の一つ、その上に小さな蛇が蜷局を巻いている。

 ツノを生やした蛇、先ほど話に出たアイリスの契約精霊だ。


「ようやくかネ、じゃあ封印を解くネ」


 蛇の縦に長い瞳孔が柱に注がれる。

 光を放つ柱が一瞬歪み、次の瞬間には蛇と共に霧散した。

 姿を消したところを見ると、やはり精霊はテレビに出るつもりはないらしい。


「深獣が出てくるぞ、カメラ回せ!」


「あーもう、動きにくいなぁ!」


 ディレクターがメガホンで指示を飛ばしている。

 私たちはいつも通り、アイリスさんは悪態をつきつつ深獣を待ち構える。

 黒い膜が揺らぎ、粘着質な音を奏でながら獣が中から出てきた。

 枝分かれした大きなツノ、それは鹿型の深獣だった。


「っしゃぁ!やるか」


 レッドアイリスが手をかざすと巨大な鎌が現れる。

 彼女の背丈ほどある銀の大鎌、真紅の魔法少女の得物だ。

 彼女はその大きな狂気の一振りによって、多くの深獣を討伐してきた。


「ストップ、君が出るとすぐ終わっちゃうだろ、君の出番はトドメだけだ」


「あ?」


 今にも踊り出そうだった、アイリスをディレクターが静止する。


「まず初めに、チームリリィが足止めしてくれ。見栄えがいいようになるべく派手に、時間をかけて、間違っても倒さないように」


「は、はぁ…………」


 人類の脅威を前にして、場違いな指示に私たちチームリリィは気の抜けた返事をしてしまった。

 私たち魔法少女の使命は目の前にいる深獣の討伐なんだけど……倒すなとは……

 まぁ…………テレビ番組の撮影なのだから仕方がないか。

 確かにアイリスに任せたら一瞬で決着がついてしまうし、見所も少なくなってしまうかもしれない。

 気を取り直して、三人で鹿型の深獣を包囲するように距離を詰める。

 私はカメラの方に突進されても対処できるよう金魚を散開させる。


「カメリア君、金魚がカメラを遮っている。なるべく撮影の邪魔にならないように!」


「ぁ!す、すみません」


 ちゅ、注文が多いなぁ、あんたたちを守るための金魚なのだけど。

 仕方がなくカメラの後方に金魚を退避させる。

 この調子では、前線で動かせる金魚は本当に最低限になってしまう。

 これ、私必要?

 ハイドランシアの鞭が唸り、深獣へと攻撃する。

 水の鞭がしなるたびキラキラと水滴が舞い陽の光を浴びてきらめく。

 画面映えするために水滴飛ばしてるか、大分器用だな。

 鞭を振るう姿もいつもと違い、舞うようで見応えがある。

 私もなんかポーズとかとった方がいいのかな?

 深い獣の方は機敏にその攻撃を避けてこちらに突進をしてくる。

 避けてるといっても、そもそもハイドランシアに当てるつもりはなさそうだ、倒すなって話だし。

 ツノを武器とした深獣突進、それをリリィが正面から受ける。

 大きな衝撃音、リリィの槍と鹿型のツノがぶつかり合う。


「いいねそれ、そのままキープできる?ほらカメラ回り込んで」


「え?」


 深獣の突進を受け止めたまま、リリィは止まる。

 本来だったらここで、引くか押すかの攻防があるのだが、番組的にはこの絵を撮りたいらしい。

 リリィは後ろに押されながら唸る。

 当たり前だ、いくらリリィがアタッカーとはいえ深獣は正面からの力比べに勝てる相手じゃない。

 

「ちょっとキツイ〜、う?あっ!」


 深獣がツノを振り上げる。

 ツノの突起に槍が巻き込まれ、リリィも宙に放り出されてしまった。

 地面に足を付けていなければ踏ん張ることもできない。

 私とハイドランシアは目を合わせ、助けに入る。

 金魚が深獣の目に纏わり付き、注意を逸らす。

 そこを水の鞭がしなり、リリィを巻き取り安全な地点へと引っ張った。


「あ〜、何やってんの。そこはせり勝たなくちゃ」


 ディレクタが後方で憤慨している。

 いや……それは無理があるような。

 あんた気安く指示出すけど、そのオーダーに応えるのも大変なんだよ。


「もう一回!今度は成功させてくれ」


「うへぇ。また!?」


 ディレクターの指示にリリィは目を剥く。

 さっきので力比べでは勝てないって分からなかったの!?

 ツノを振り回しながら突進してくる深獣に対して、リリィはもう一度槍を構える。

 こうなれば仕方がない、私とハイドランシアがカメラの画角外からサポートする。

 要はリリィが勝ったように見えればいいんだろ。

 水の鞭と金魚たちが衝突の瞬間を待ち構える。

 衝突、リリィの槍が再度深獣のツノを受け止める……はずだった。


「あっ」


 その衝撃音は、槍とツノがぶつかっておこるものではなかった。

 もっと硬質な、切り裂く音。

 鹿型の深獣その自慢のツノが、砕け、切り裂かれる。

 重低音を響かせ、大鎌がリリィを守るように地面へ突き立てられる。


「さっきから後ろで見てればよぉ。どういうつもりだテメェ」


 イメージ通りの暴力的な眼差し、それがディレクターを睨みつける。

 キャンディ以外の全ての人間が、その迫力に気圧され、一歩下がった。


「テメェは戦闘のプロなのか?どういう了見で私たちの戦いに口挟んでんだぁ?」


「私は番組制作のプロにして、この撮影の責任者だが」


 歯を剥き出しにしてアイリスが吠える。

 それに対してディレクターも引かない。

 ちょっ、なんかいきなり険悪な雰囲気だ。


「君に番組の盛り上げ方が分かるのか?私は君のためにこの番組を撮影しているつもりなのだが」


「あぁん?」


 アイリスの片眉が上がる。

 ひくつく口元、今にも彼女の怒りは爆発せんばかりだ。

 私たちチームリリィに撮影と称して不利な戦いを強いたのが彼女の逆鱗に触れたらしい。

 アイリスとディレクターが睨み合う。

 幸いなことに深獣は自慢のツノを破壊されたことにビビったのか、攻撃してこずこちらの様子を伺っている。

 とはいえ喧嘩している場合ではないのですが……カメラマンさんも困ってるよ。


「私は人気や評価なんてどうでもいいんだがぁ!」


「私はっ!」


 アイリスの言葉に、キャンディが大声を上げる。

 チームメイトが声を上げるとは思っていなかったのか、アイリスの表情が固まった。


「私は、アイリスさんはもっと評価されるべきだと思ってる!あんなに人を助けているのに……乱暴だから、不器用だからって、あなたの功績が不当に扱われているのが…………私には、許せない」


 コットンキャンディの望み、彼女の本音が真紅の暴君の動きを止める。

 この番組撮影は、彼女がアイリスのために企画したものだ。

 アイリスがマスコミを嫌っていることなんて知っている。

 それでも、魔法少女レッドアイリスの印象改善のために努力したからこそこの撮影がある。

 そんなことはアイリスも分かっているのだ、だって彼女は遅刻しつつもこの撮影に出演してくれたのだから。


「…………チッ」


 舌打ちし、アイリスは大鎌から手を離した。

 その動きに、武器を失った深獣は深淵間近まで下がる、彼女を脅威と見なしているのだろう。

 深獣、魔法少女、撮影スタッフ、全てがアイリスに注目していた。


「番組が撮りてぇだって?だったら嘘なんてつかねぇで、きちんと本物を映せよ」


 そう言うと彼女は自分の魔法少女コスチュームを破り始めた。

 真紅の生地が、まるで花弁のように散る。


「なぁ!?」


「ちょっ、ちょっと師匠!?」


 このままいくと下着が見えそうだったため私は慌てて目を手で覆った。

 真っ暗な視界の中、アイリスが「上着!ズボン!」と叫ぶのが聞こえる。

 一拍置いて、キャンディの大きなため息が聞こえた。

 衣擦れの音。

 しばらくして、恐る恐る目を開けると、アイリスはもう見慣れた格好になっていた。

 ボロボロの魔法小女コスチュームに黒い革ジャンを羽織り、ダメージジーンズを履いた魔法少女、レッドアイリスがそこにいた。

 ティアラは、彼女の足元に転がっている、それは彼女が捨てたものを象徴しているようだった。


「私たち魔法少女は見せ物でも、ましてやアイドルなんかでは絶対にない。私たちは命がけで戦って人々を守る戦士だ。そこを勘違いするんじゃねぇよ」


 真紅の魔法少女はカメラに向かって拳を突き立てる。

 まるで糾弾するように。


「華やかで可憐で綺麗、憧れるか?馬鹿にすんじゃねぇ。私たちは毎日死と隣り合わせで戦っているんだ」


 ああ、そうか……あのダサい格好は、彼女なりの反抗だったのか。

 毎年のように、新しい魔法少女が誕生する。

 憧れに、目をきらめかせて。

 そんな少女たちが傷つき、願いをへし折られ、魔法少女を辞めていく。

 その光景を彼女は何度も見てきたのだろう。

 だって彼女は、歴代で最も多くの魔法少女に師事を施した魔法少女の“希望”だから。

 だからこそ彼女は、魔法少女はそんなもんじゃないと、自分の姿で示したいのかもしれない。


「撮るプロなら、きっちり撮れよ。今から見せてやる、私の戦い様と魔法少女の最強を」


 真紅の暴君が大鎌を頭上に掲げる。

 片手で、軽々と。

 深獣は先ほどから彼女の迫力に押されているのか、下がりに下がって今や深淵に片足を突っ込んでいる状態だ。

 銀の大鎌が陽の光を受けて輝く。


「死ね」


 鎌を振った瞬間を私は捉えられなかった。

 気付いた瞬間には大鎌は深く、深く地面に突き立てられていた。

 遅れて、鳴り響く轟音。

 大地がえぐれ、彼女の目の前のものが全て、縦に裂けた。

 深獣も深淵も。

 魔障壁など彼女の攻撃の前では紙も同然だった。

 深獣は自分が切られたことを認識すらできずに、霧散した。

 斬撃は川まで届き、大きく水しぶきが舞う。


「撮影は終わりだ。帰るぞキャンディ」


「は、はいアイリスさん」


 暴君が去っていくのを私たちはポカンと口を開けて見ていることしかできなかった。

 こうして、私の初めてのテレビ撮影はスケジュールを大幅に巻いて終了したのだった。

 あのレッドアイリスの番組を撮影するって、最初から無理があったと私は思うよ。



……………………………



…………………



……



「うむむ、やるなぁ」


 私はテレビの前で、唸っていた。

 それは、とある魔法少女のインタビューから始まった。


『レッドアイリスは、ちょっと……苦手というか。暴力的で、嫌です』


 とある魔法少女っていうか……私だ、どう見ても。

 そうして番組は魔法少女レッドアイリスの今までの功績と悪行を振り返る。

 なぜ彼女はこんなにも暴力的で、そしてマスコミを嫌うのか?

 そんな疑問を視聴者に投げかけた。

 そうして始まるのは、彼女の密着取材、あの荒川での深淵鎮圧だ。

 番組では私たちチームリリィが鹿型の深獣と戦う一部始終が流れる。

 驚くべきなのは、それが本当に一部始終なことだ。

 最初にアイリスが戦おうとしたのを止めたところも、リリィに無理な指示を出すところも、カットされていなかった。

 撮影時、なんだか離れた位置にカメラが一台あるな思っていたのだけど、あれは引きを撮るカメラではなく撮影風景を撮るためのカメラだったのだ。

 そのカメラは、番組に振り回される魔法少女を見事に捉えていた。


『私たちは魔法少女は見せ物でも、ましてやアイドルなんかでは絶対にない』


 だからこそ、その言葉は鮮烈だった。

 メディアに消費される魔法少女という存在に対しての警鐘。


『華やかで可憐で綺麗、憧れるか?馬鹿にすんじゃねぇ。私たちは毎日死と隣り合わせで戦っているんだ』


 魔法少女レッドアイリス、その生き様をしっかりと見せつけられた。

 そんな感じだった。

 コットンキャンディがあのディレクターはかなりやり手だと言っていたが、今ならその意味が分かる。

 あのディレクターはわざと私たちに無理難題を押し付けていたんだ。

 無神経なマスコミを演じ、アイリスを怒らせるために。

 彼女の言葉を引き出すために。

 最初から最後まで、やらせまみれの台本通りの展開だったわけだ。

 やるなぁ…………

 番組は今のメディアでの魔法少女の見方を変える衝撃的な仕上がりになっていた。

 これでレッドアイリスの評価も少しは変わることだろう。


 でも、真に驚くべきはそこじゃない。

 スタッフロールに記された番組構成の欄に記されたディレクターの名前。

 そしてその横に魔法少女コットンキャンディ☆と記されていた。

 つまり、このやらせはキャンディも関わっていたということ。

 そうなると、彼女の言動一つ一つの真意も怪しくなる。

 あれは演技だったの?本心だったの?

 一つだけ言えるのは、これらの茶番は彼女が始めたと言うこと。

 魔法少女コットンキャンディ☆…………恐ろしい子!





―――――――――――――――――――――――――――――――





 花園、その門の脇に立った私は人を待っていた。

 門が光り、誰かが転移してくる。

 奇抜な服装の真紅の魔法少女、私の待ち人だ。


「ふふ、お疲れ様、うまくいったかしら」


 そう声をかけると彼女は嫌なものを見たかのように顔をしかめた。

 失礼な人。

 ちょっと簡単なお願いをしただけじゃない。


「ああ、失敗したよ」


「へぇ……そんなに難しい話じゃなかったと思うのだけど」


 本当に簡単なお願いだと思ったのだけど……

 なんで失敗するのかしら。

 ああ、そもそもやる気がないのかこの娘。


「リリィは参加するってさ」


「…………うまくいっているじゃない」


 言っていることが無茶苦茶ね。

 私が彼女にお願いした依頼、それは魔法少女ホワイトリリィが『第13封印都市奪還作戦』に参加するという言質を取ること。

 彼女が参加すると言ったなら、依頼は達成しているじゃない。


「私はあいつに参加しないと言わせたかったんだよ!だから失敗だ」


「はぁ……つくづく天邪鬼な人ね、あなた」


「教え子を喜んで死地に送り出すやつがいるか?」


 そうね、確かにホワイトリリィはあなたの教え子だものね。

 今回の作戦に参加させたくはないというあなたの気持ちも理解できないでもないわ。

 でも、そんなあなたの誘いだからこそ、彼女は喜んで参加を表明したでしょうね。


「なんで、こんなまどろっこしいことをする。お前が欲しいのはブラッディカメリアだろうが」


「だめよ、あの子は断るもの」


 私との合同任務なんて、あの子は嫌がるに決まっている。

 でも…………チームメイトの二人が参加するとしたら?

 さらに、自分が参加しない場合、その作戦の成功は絶望的だとしたら?

 日向はチームメイトの二人を見捨てられるかしら?


「ふふ、うふふふ……」


 思わず笑みが溢れる。

 今日、ホワイトリリィは作戦に参加するという言質が取れた。

 ミスティハイドランシアの方は最近親交を深めている。

 私に憧れてくれているあの可愛い娘は私のお願いになら一いちも二にもなく頷いてくれるだろう。

 もうすぐ、もうすぐだ。


「もうすぐ会えるわ……………………銀狼」

 




―――――――――――――――――――――――――――――――





アヤメ Iris

アヤメの花言葉は希望、よい便り、メッセージ。

これらの花言葉は神々の伝令役である虹の女神イリスから由来するものである。

白色や黄色のアヤメには個別の花言葉があるが、赤色にはない、というより赤い花弁のアヤメは存在していない。

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