魔法少女はテレビの中

「ほーらププちゃんご飯だよー」


 金魚の餌を水面へと落とす。

 水面に広がる粉末状の餌、私の友達である金魚のププちゃんはせっせとそれを啄む。

 ういヤツめ。

 1日に2回の金魚の餌やり、それは私の爛れた生活での数少ない癒しだった。

 金魚というのは胃袋を持たない生物だ。

 そのため満腹になるということがない。

 だからこの愛おしい生き物は私が与えれば与えるだけ餌を食べてくれる。

 しかしどんなに餌やりが楽しいからといって、餌のやり過ぎは厳禁だ。

 餌のやり過ぎは消化不良につながるし、食べ残した餌はそのまま金魚鉢の汚れへと直結する。

 私は餌やりは好きだが、金魚鉢の掃除は好きじゃないのだ。

 だから餌やりの誘惑はきっちり断たなければいけない。

 もくもくと餌を啄むププちゃんを横目にテレビを見る。

 ニュースではいつものように魔法少女たちの活躍が放映されていた。


『魔法少女レッドアイリス今日も深獣を撃退、もはや負けなしか!?』


 画面に映し出されたテロップ。

 どうやら今日のメインはかの有名な真紅の魔法少女らしい。

 映し出された映像では、破いた魔法少女衣装の上から何故か革ジャンを羽織った珍妙な格好の魔法少女が深獣を圧倒している。

 魔法少女レッドアイリス、魔法少女の情報に疎い私でさえ知っている有名な魔法少女だ。

 魔法少女の中で誰が一番強いか?

 その議論において必ずといって名前が上がる、最強の魔法少女筆頭だ。

 だが、その知名度に反して彼女の人気は高くはない。

 何故かというと……


「あ!」


 映像が突然乱れ、魔法少女ではなく地面が映し出される。


『危ねぇから下がってろ!馬鹿が!!』


 低い女性の叫び声。

 おそらくレッドアイリスのものだろう。

 乱れる直前の映像から察するに彼女がカメラにかかと落としをかましたようだった。

 まぁ、戦場からマスコミを遠ざけるのはわかる。

 でも、彼女はなんというかちょっと暴力的なのだ。

 レッドアイリスは一度マスコミに暴力を振るい、警察沙汰になったこともある。

 それで懲りたのか、最近では人に暴力を振るう姿は見せないのだが……

 代わりにこうしてマスコミの機材を攻撃するのはもはや彼女のお決まりとなっている。

 とにかく炎上沙汰に事欠かない魔法少女なのだ。

 これではいくら強くても人気は出ないというものだ。

 近づきたくない暴力女、それが私の抱く彼女のイメージだ。

 まぁ、こうやって端から炎上しているところを見る分には、ある意味面白いのかもしれないけど。

 私もいまや彼女と同じ魔法少女だからなぁ……

 もしかしたら一緒に深淵を鎮圧することがあるかもしれない。

 そんなこと、考えただけで目眩がする。

 その日がこないことを願うばかりだ。


「………………」

 

 金魚鉢に目を戻すと水面に浮かんでいた餌はきれいになくなっていた。

 もっとおくれとばかりにププちゃんは虚空を啄んでいる。

 だめだぞ、今回の分はこれで終わり。

 私は餌箱の蓋をきっちりと閉じた。


「……うん?」


 その時、私の首にかけていたデバイスから電子音が奏でられる。

 出動の要請だろうか?

 デバイスに手をかざす。

 するとリリィの顔が浮かび上がった。

 リリィからということは、出動の要請ではなさそうだ。

 なんだろう、次の連携訓練の日程についてだろうか?


「ぁ、もしもし…………」


「二ユース!ニュース!大ニュース!!」


 その途端大音量が部屋の中に響き渡り、私は耳を塞いだ。

 相変わらず彼女は辟易するぐらい元気いっぱいだ。


「あたしたち、テレビに出ることになった!!」


「ぇ、ぁ、うん……はぁ?」


 テレビ?

 何を騒いでいるのだろう、テレビにならいつも出ているじゃないか。

 この前の深淵鎮圧だってニュースで取り上げられていたよ?


「ぃ、いつも出てる……よ?」


「違うの、ニュースとかじゃなくて、テレビで特集を組むことになったのよ」


「と、特集?」


「そう!あ〜、もちろんあたしたちがメインって訳じゃないんだけどね」


 と、特集かぁ。

 今話題の魔法少女の1日に密着、とかそうゆうタイプのテレビ番組かな?

 魔法少女はよい意味でも悪い意味でもアイドル化が激しい。

 魔法少女はみんなの憧れの正義のヒロインなので、メディアの需要があるのだ。

 まるで芸能人みたいにテレビに出演する魔法少女や、それこそ本当に歌って踊るアイドルみたいなことをしている魔法少女もいるほどだ。

 そんなわけで民衆に人気な魔法少女はニュースだけでなく普通にテレビ番組やCMに採用されることもあるのだ。

 私たちチームリリィはできて間もない新参チームということで、今まではそういった話とは縁がなかったのだが、今回ついに声がかかってしまったということだろう。

 それ自体は喜ぶべきことだ。

 いや、私は嬉しくないけど、全然嬉しくない。

 ただ、そういった番組からオファーが来るということは、私たちの実力が認められたという側面もあるので、そういう意味では喜ばしいことかもしれない。

 だが、喜ぶ前に聞き逃せない情報もあった。

 私たちがメインじゃない、だと?

 ということはまた知らない魔法少女と会わなきゃいけないの?

 嫌だぞ、私は(陰キャゆえの人見知り)。


「ぁ……の、メインは、誰なの?」


「メイン?師匠だよ〜」


「?」


 師匠?師匠って誰ぞ?

 リリィが師匠と呼ぶ人なんていたっけ?心当たりがない。

 …………いや待て。

 確か前に見たニュースでリリィたちに師事をしていた魔法少女について言及していたような……

 誰だっけ、確か……


「アイリスさんだよ」


「は、ほぁあ?」


「だから、魔法少女レッドアイリスだよ」


 いや、それ、もう……無理っていうか……クソ番組確定じゃない?

 早くも、頭痛がしてきたんだけど……

 頭を抱える私の後ろ、テレビの中でその深紅の魔法少女は元気に暴れ回っていた。



……………………………



…………………



……



 どうやらその番組は実力の割には人気のないレッドアイリスのPR番組らしかった。

 いわゆるテコ入れというやつだ。

 こうやってテレビで取り上げることで注目されれば、魔法少女としてはファンが増えて嬉しいし、テレビ局としても魔法少女とのコネができて嬉しい。

 そういうマッチポンプだ。

 特にレッドアイリスは実力が保証されているのだから、あと足りないのは人気だけだ。

 この番組で彼女のイメージを一新しようという魂胆なのだろう。

 私としてはそんなに上手くいくとは思えないのだけど……

 実は、番組制作はもう結構進行している。

 これから撮影というところで、アイリスが急に人員変更を要求したらしい。

 本当は彼女と一緒に撮影するのは中堅の魔法少女チームだったらしいんだけど、レッドアイリスはなぜかいきなり私たちチームリリィを指名したのだ。

 それが今回私たちがテレビに出演することになった経緯だ。


「う〜ん」


 私は送られてきた撮影のスケジュールにもう一度目を通しながら唸った。

 正直眠い。

 時間は朝の5時前ごろ、普段の私だったらまだ布団の中にいる時間だ。

 都内の某所の駅前、ここにロケバスが来るので、私はそれを待っているのだ。

 時間が時間なため、電車の始発を待っていたのでは集合時間に間に合わない。

 ここへはタクシーで来た。

 交通費は出るらしいからいいけど……なにもこんな早くなくてもいいと思う、眠いなぁ。

 ここからロケバスで撮影場所まで1時間ほど移動する予定だ。

 魔法少女なんだから花園で転移するなり飛ぶなりした方が早いと思うんだけど。

 撮影スタッフもいるし、そこは仕方がないのかもしれない。

 バスの中で寝ようかなぁ。

 

「ちょっと、日向」


 眠い目を擦っていると後ろから声がかかる。

 振り向くと、見慣れた青い魔法少女と、見慣れないピンク色の魔法少女がいた。


「変華もしないで何をうろついているのよ、今日呼ばれたのは日向じゃなくてカメリアよ」


「うぇ!?」


 そうなの?

 確かに目の前のチームメイトであるミスティハイドランシアはもう魔法少女へと変身を済ませていた。

 私も彼女を見習って、魔法少女へと変身する。


「へ、変華」


 出雲日向から、魔法少女ブラッディカメリアへと変わる。

 確かに、撮影とはいえ正体を無闇に明かす必要はないのか。

 教えてもらって助かった。

 それで…………

 私はピンク色の魔法少女へと目を向けた。

 えっと……誰?

 見知らぬ魔法少女を前にして私はハイドランシアの背に素早く隠れた。


「あ、私こういう者です」


「ぇ?ぁ、どうも……」


 ピンクの魔法少女が礼儀正しく名刺を差し出してきた。

 め、名刺?

 名刺にはきっちりとした明朝体で『星付き魔法少女レッドアイリス補佐、魔法少女コットンキャンディ☆』と書いてあった。

 差し出されたから思わず受け取ったけど……これなに?

 魔法少女って名刺持っているものなの?私持ってないよ。

 

「どうも、コットンキャンディ☆です☆彡」


 そう言って彼女は可愛くポーズを取った。

 なんだか、こなれてるなぁ。

 ハイドランシアはその様子を見て、なんだか大きなため息をついている。


「……妹よ」


「妹です☆」


 あ、そうなんですか……

 ハイドランシアの妹。

 彼女に魔法少女の姉妹がいるっていう話は聞いていたけど、これがそうなのか。

 眼鏡に寒色系カラーの大人な雰囲気の姉に対して、媚びた笑顔を浮かべるピンクのキャピキャピした妹。

 なんだか想像と違う、全然似ていないな。

 見事に凸凹姉妹だ。


「ぁ、きょ、今日はよろしくお願い、します」


「よろしくです〜」


 キャンディは私の腕を掴んでブンブンと握手をした、うーん陽キャ。

 近付き難いタイプだけど、友達の妹なら……仲良くなれるかな?

 そうやって私たちが挨拶を交わしていると、大きなバスがこちらに向かって来るのが見えた。

 私たちの乗るロケバスだ。

 もう時間だ、だけどいるべき人物が二人見当たらない。


「ぁ、あれ、アイリスとリリィは?」


どうせあいつは遅刻よどうせあの人は遅刻です


 二人が声を発したのは完璧に同じタイミングだった。

 二人ともうんざりした表情でチームメイトを憂いている。

 その立ち姿はあまりにもそっくりだった。

 あ、あれ?似ていないと思ったけど、案外似たもの姉妹…………かも?



……………………………



…………………



……



 結局、リリィはバスの出発ギリギリに間に合ったけど、アイリスは間に合わなかった。

 バスは本日の主役不在で出発し、アイリスは現地集合となった。

 花園の転移門で来るのだろう。

 それが許されるのなら私も遅刻しておけばよかったと思う。

 いや、結果論だけれども。


「いやー、師匠は相変わらず自由人だねぇ」


「あんたも大概よ、リリィ」


 あっけらかんと笑うリリィをハイドランシアが小突く。

 キャンディは撮影スタッフにアイリスの不在を謝り倒していた。

 自由人なチームメイトがいると大変だな。

 最初のイメージに反してコットンキャンディからはなんだか苦労人の気配がする。


「アイリスがすみませんでした」


 キャンディは律儀にも私たち三人にも頭を下げてくれた。


「いやー、師匠の性格は分かってるから大丈夫だよ」


 リリィはそんなキャンディの頭を軽く撫でる。

 リリィの様子にキャンディも眉根を下げて笑った。

 結構気やすい様子だ。

 ハイドランシアの妹だっていうことだし、三人は以前から交流があったのかもしれない。

 それにしてもさっきの名刺といい、今の謝罪といい、挙動がどうにも子どもっぽくない少女だなぁ。


「こんなこともあるかも、と事前にお話しておいてよかったー☆」


 アイリスを待つことなく嫌にバスがスムーズに出発したな、と思ったら事前に話を通していたらしい。

 彼女の遅刻を想定して、撮影前半は彼女がいらない部分を撮影するスケジュールとなっているようだ。

 うーむ、やるなぁ。

 あのレッドアイリスのチームメイトなんて、どんな魔法少女なんだろうと思ったけど、アイリスにはない社交性の持ち主のようだ。

 彼女がニュースでもあまり姿を見せないのも納得だ。

 アイリスが暴れまわっている裏で、キャンディが色々とマスコミに根回ししているのだろう。


「アイリスさんもあのだらしなさを、どうにかしてくれれば人気も出るんですけど」


 チームメイトとしての実感がこもったため息が吐き出された。

 ハイドランシアの隣の席に彼女はどっかりと腰を下ろす。

 彼女の手にはブラックコーヒーの缶が握られている。

 ハイドランシアがよく飲んでるやつだ。

 キャンディはコーヒを呷ると顔を引き締めた。


「いや、だからこそ私はこの番組に賭けているんです!アイリスはもっと評価されるべきなの!!」


「キャンディは相変わらず師匠のこと好きだね」


「ねー」


「うん!アイリスさんは最強の魔法少女だから☆」


 最強の魔法少女……か。

 先ほどの苦労人の表情とは打って変わって、彼女の表情はキラキラと輝いている。

 憧れを前にした人間の顔だ。

 私にとっては迷惑系の暴力魔法少女でしかないが、キャンディにとってはそうではないのだろう。

 あまり、先入観を持たない方がいいのかもしれない。


「ぇと、そもそも三人ってアイリスさんに師事してもらったんだよね……」


「そう、あたしとシアちゃんがカメリアちゃんに教えたことは大体師匠から習ったんだよー」


 そういう話を聞くと、意外とまともな人なのかも。

 私への二人の教えは的確だった。

 それは以前同じように教えてもらった経験があるからに他ならないだろう。


「でも、しばらく経った後こいつが師匠のチームメイトになりたいって言い出したのは驚いたな」


 ああ、その話はちょっと聞いてみたかった。

 星付きの魔法少女のチームメイトって、そんなに簡単になれるものなの。


「だって、あの人あんまりにもだらしないんだもん☆だから私言ってあげたの、あなたには私みたいな面倒見てくれる人が必要ね、私が面倒見てあげるって」


「あれには師匠も大爆笑していたな」


「強さを見込んで勧誘されたことはあっても、面倒見てあげるなんて初めて言われたーって言ってたね」


 えぇ…………

 そりゃ、星付きの魔法少女もびっくりでしょうよ。

 自分より年下の少女にそんな事言われたら。


「だから、私はアイリスさんのチームメイトというよりマネージャーなの☆今日の撮影も私が無理を言って取り付けたんだから」


 マネージャーというよりもはや秘書だ、それであの名刺か……

 私たちのようなチームとは違うけど、彼女は彼女なりにがんばっているんだな。


「ぇと、それで……結局アイリスさんって……どんな人?」


「頼りになる人だよ」


「ダメ人間ね」


「最強☆彡」


 うーむ、三者三様の答えだ。

 リリィが若干目を逸らしているのが気になるけど。

 仲良くなれるか、その不安は拭えなかった。



……………………………



…………………



……



 うむむ。

 三人の話を聞いていたら一睡もできなかった。

 眠い目を擦りつつ、バスから降りる。

 目の前には川と大きな土手が広がっている。

 荒川だ。

 土手の上に小さな深淵が見える。

 その深淵を取り囲むように光を放つ柱が包囲している。

 今回の撮影のために特別に封印されていた深淵だ。

 今日はこの深淵の封印を解き、出てきた深獣を討伐、深淵を鎮圧する。

 その様子を最初から最後までバッチリカメラに収めるという訳だ。

 いつもの深淵鎮圧と異なり、かなり戦場にカメラが寄るので、撮影スタッフを守るということを意識しなければいけない。

 といっても、目の前の深淵はいかにも小さく、戦闘自体は楽に終わりそうだ。

 むしろ瞬殺して見どころが無くならないかどうかの方が心配だ。


「ほい、どう?」


 リリィがサンドイッチを差し出してくれる。

 撮影スタッフが用意してくれた朝食だ。

 サンドイッチの他にもおにぎりやお菓子がたくさんある。

 お礼を言ってそれを受け取った。

 撮影の準備をしている間、魔法少女四人で土手の階段に腰掛けながらめいめいに朝食を頬張る。


「ここからでも見えるね」


「うん……」


 ハイドランシアの言葉に、私も対岸に目を向ける。

 川の向こう岸、ビルの乱立する地平線。

 そこに、黒いドームが小さく見えた。

 第13封印都市。

 この川を渡ればもう首都に近い。

 首都、そこには、あの忌むべき深域が広がっている。

 こうやって、あれを直に見たのは初めてかもしれない。

 ここから見ると、なんてことない大きさに見えるのに……

 私たちは今もあの敗北の負債を払い続けている。

 もう何十年かすれば、ここも封印都市に飲み込まれるのだろうか。

 それまでに、私たちはあれをどうにかできるのだろうか?

 憂鬱な妄想を膨らませていると、リリィの名前が呼ばれた。

 カメラマンと、この番組のディレクターが手招きしている。

 リリィは食べかけのサンドイッチを残すと、そちらへ行ってしまった。


「最初の撮影って、インタビューって書いてあるけど、何を撮るのかしら?」


「ああ、アイリスさんについてちょびっと聞かれるだけだよ☆ほら、師事してもらった時の話とか」


「ぁ、あの、私今日が初対面なん、だけど」

 

 恐らくこのインタビューは同僚から見た彼女の印象をカメラに収めたいのだろう。

 そこから実際の彼女の仕事ぶりを見せる構成となるみたいだ。

 でも、私は特に魔法少女に詳しい訳でもないし、彼女のことは全然知らない。

 私にインタビューしたところで、一般人と同じような言葉しか引き出せないと思うけど……


「心配しなくても、ディレクターの言うことをきちんと聞けば大丈夫☆彼かなりのやり手だから」


 キャンディが私を安心させるように微笑む。

 彼女の語るところによると、この番組のディレクターは数々の魔法少女の番組を作った実績があり、彼のおかげで人気が出た魔法少女も多いらしい。

 その話を聞いて少し安心した。

 レッドアイリスの番組を撮るというから、どんな非常識人かと思ったけど、ちゃんとした実績がある人なんだ。

 私はこう言った撮影には不慣れだし、指示をきちんと出してもらえると助かるかな……

 その後、撮影を済ませてきたリリィにどんなことを尋ねられたか聞いたんだけど。


「う〜ん、まぁ師匠の人柄とか?」


 となぜか歯切れの悪い返答をされた。

 うん?

 なんで疑問符がつくんだろう。

 インタビューされたんじゃないの?

 その疑問はハイドランシアのインタビューが終わり、私の番が回ってきた時に明かされた。


「はい、これ君の台本ね」


「ぅ、え?」


 え?インタビューを撮るんじゃないの。

 渡された用紙に目を通すと、そこには質疑と私が答えるべき回答が記してあった。

 内容はレッドアイリスについての印象などが書いてある、しかも結構きつめの、正直悪口だ。

 事前に回答が用意されているって、それインタビューの体をなしていないと言いますか、若干ヤラセっぽいと言いますか…………

 私が目を白黒させている間にカメラマンたちは撮影の準備を進めている。


「長い台本じゃないし、カンペは要らないよね。きっちり台本通りじゃなくても大丈夫だから、自然な感じで」


「は、はぁ」


 ディレクターの問いに私はそう答えるしかなかった。

 いつも深淵鎮圧の後にマスコミからインタビューを受けるから、そろそろ慣れてきたと思っていたんだけど、今回は照明なども用意され、いつもより多いスタッフに囲まれているので、緊張してしまう。

 おまけに台本に書いてあるのは言うのを躊躇うような内容だし……

 高鳴る心音、キョドる私を置いてインタビューが開始されてしまう。


「レッドアイリスとはどうゆう関係なんです?」


 カメラで撮られながらマイクを向けられる。

 えあ、普通に始める感じなのか。


「ぇ、と。か、彼女とは初対面、です」


 緊張して普通に吃ってしまった。

 顔が赤くなるのを感じつつ、ディレクターの方を向くけど、彼は頷いて「続けて」と言った。

 これでいいらしい。

 いいのか?

 いや、そういえば私はマスコミのインタビューにも、いつもしどろもどろに答えているし、ブラッディカメリアのイメージ的にはこれでいいのか。

 若干不服に感じつつも、インタビューを続ける。


「同じ魔法少女として、彼女のことをどう思っていますか?」


「ぁ、レッドアイリスはちょっと……苦手というか。暴力的で……嫌です」


 問いに対して台本通り答える。

 まぁ、確かにブラッディカメリアの言いそうなセリフではある。

 実際、暴力的なところは苦手なんだけど……

 台本でもなければ言葉にすることはないだろうな。

 思っているのと、それを言葉に出すのでは大きな乖離がある。

 私はそれを言葉にしないだけの分別はあるつもりだ。

 彼女が目の前にいないとはいえ、いや、いないからこそ悪口は言いたくない。

 というよりこの番組の主役を初手で貶すって、どういう構成にするつもりなんだこの番組。


「もっと、感情的に言える?」


 今度はリテイクが入った。

 ちょっと棒読みすぎたのかもしれない。

 少し嫌悪感を増して言葉を紡いでみる。


「レッドアイリスは、ちょっと……苦手というか。暴力的で、嫌です」


 ちょっと表情も意識してみる。

 これでどうだろうか、ディレクターの顔を伺う。


「あっ!」


「?」


 ディレクターはポカンと口を開けていた。

 何?

 私の名演技に騒然とでもしたか。

 うん……それどういう顔?なんか気まずそう。

 というか私じゃなく私の後ろを見ているような……

 グイッ!

 不意に、コスチュームの首元が引っ張られ、私の体が宙へ浮く。


「へぇ、私が暴力的で嫌いねぇ」


 後ろを振り向くと、笑顔の少女と目が合った。

 真紅の魔法少女。

 今最もここにいてはいけない人間。

 遅れてくるにしても、あまりにも間が悪すぎる。


「私はテメェに会ってみたかったぜブラッディカメリア」


「ぴぎゃぁぁぁあああぁああっっ!!」


 私の悲鳴が早朝の土手に響き渡った。

 あの、アイリスさん……これは違うんです、台本なんです、本当なんです。

 こうして彼女と最悪な出会いを果たしながら、撮影は開始した。





―――――――――――――――――――――





コットンキャンディ Cotton candy

コットンキャンディは紫陽花の品種の一つ。

その名前に相応しいふわふわの綿菓子をイメージしたような甘く優しいピンク色が特徴の紫陽花。

紫陽花共通の花言葉の他に、ピンクの紫陽花には元気な女性という花言葉がある。

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