8_再会

 監視を続けていると、ネットワーク内のデータの伝送速度が不自然に遅くなる。夜間外来のために解放されている出入口のカメラからの映像に、ほんのわずかな欠けが生じる。


 来た。


 ごくりと唾を飲む。私と同じく電脳化を受けたサイボーグが細工を始めた。だが、監視カメラ映像の加工はネットワーク中枢の交換機で行っているらしく、末端のルーターでは未加工だ。

 そのルーターから無線通信でフレームを私に伝送して、映像を復元する。

 そこに映っていたのは黒いジャージの男。帽子を目深に被って、マスクをしているから顔はよくわからない。ご丁寧にグローブまでつけている。

 いかにも怪しい男を素通りさせる受付を訝しく思うが、確認すると居眠りしており、怒りが湧いてくる。

 しかし、男が待合室の椅子の下から円筒形のものを回収するのを見て、受付に対する感情が同情に変わる。

 男が手にしていたのはガスグレネード。恐らく昼間のうちに仕込まれていたのだろう。

 男がガスマスクをしていないところを見るに、そこまで強力なものでは無い。しかし、深夜のうつらうつらとしている時にまどろみを後押しする分には十分だったのだろう。

 男は勝手知ったる様子でナースステーションに入ると、非常階段の鍵を取って戻ってくる。事前の下見はばっちりなようだ。

 そのまま外に出て、カメラの映像から消えてしまう。


 非常階段でここまで登ってくるつもりだろう。私が居るフロアは五階。男が来るまでにまだ猶予はある。

 拳銃の安全装置を外す。 緊張のせいか手が小刻みに震えてもたついてしまう。


「すぅ……」


 焦りそうになる心を、深く息を吸って落ち着ける。

 映った侵入者は一人だったが、外に仲間が控えている可能性がある。敵の中にはサイボーグもいるだろう。

 ボウガンを手に取って、矢を装填する。

 着弾と同時に強力なパルスを発して電子機器を破壊する対電脳用の特別製の矢だ。距離によっては私にも影響があるから注意しなくてはならない。


「よし」


 最終確認を済ませて、ボウガンを構えて、ドアに左手を掛けながら待つ。


 カツ、カツ……。


 廊下に意識を集中させていると、足音が聞こえてくる。人数は一人。非常階段近くの監視カメラを確認すると、先ほどの黒ジャージの男が居た。


「……」


 呼吸を浅くさせ、息を潜める。血流が速くなって、手が汗ばんでくる。

 だが、相手が一人ならば好都合だ。複数いた場合にサイボーグが居れば、誰がサイボーグか分からない。ボウガンは一発しか装填できないから、初擊で当たりを引くことを祈らなければならない。


 カツ、カツ……。


 足音はどんどん近づいてくる。反響の仕方から解析すると、この部屋の前の直線に差し掛かった。奇襲までもう間もなくだ。ボウガンの引き金に掛けた指を少し動かしてほぐす。手汗で滑って気持ち悪い。


 カツ、カツ、カツ、カツ。


 部屋の前を通り過ぎた。もう二歩進んだところで仕掛ける。


 カツ、カツ。


 今だ!


 交換機を過負荷で破壊することで院内ネットワークを破壊する。私はルーターに仕掛けた送信機経由でアクセスできるが、敵は監視カメラ映像などにアクセスできなくなる。

 広帯域にわたる妨害電波発信装置を起動して、敵の通信を阻害する。電脳化しているせいで私に埋め込まれた機器にもノイズの影響が出てしまうが、背に腹は代えられない。

 これらの妨害措置を一瞬で行い、間髪入れずに扉をスライドさせて開け放ち、廊下に飛び出す。

 黒ジャージの男がびくりと震えるのが目に入って、遅れて背後から扉のぶつかる派手な音が鳴る。


 あいつ、何に反応した?


 音では無い。だとしたら私の気配?

 いや、私の妨害工作ではないか。そうだとすれば、こいつがサイボーグだ。

 病院の外でバックアップに徹する可能性もあったから、直接来てくれたのは運が良い。


 空中でボウガンの照準を合わせる。

 狙うのは膝。まずは足を奪う。

 脳内で処理を行って、視界にボウガンの着弾点を赤くオーバーレイさせる。少しだけ右に微調整して、引き金を引く。


「ぅっ!?」


 放たれた矢は、硬質な音を立てて男の膝裏に命中し、男が呻き声を漏らす。咄嗟の痛みにも関わらず、声を押し殺しているのは敵ながらあっぱれだ。

 しかし、衝撃には耐えられなかったようで、男が膝をつく。

 左手を地面に付きながら着地し、男に向けて駆け出す。

 走りながらボウガンを捨てて、USBケーブルを自分の耳裏に接続する。


「はっ!」


 気合と共に男の背中に膝蹴りを食らわせて、左手で頭を掴んで地面に押さえつける。


「ぐえ」


 膝に矢を受けても膝立ちを保っていた男だが、後ろからの膝蹴りには耐えられず、地面に体を押し付けられて間抜けな声を漏らす。

 左手で男の髪をどけると、耳の裏にスロットを発見する。

 やはり、こいつはサイボーグだ。

 USBを刺しこんで直結すると、セキュリティの防壁が出てくる。しかし、矢に仕込んだパルスの影響からか、どれも易々と突破できる。


「うそ……」


 男の管理者権限を奪うために基本情報を閲覧すると、ありえない数値が表示される。

 驚きのあまり、暴風の日に窓を開けて、突然頭に強風を受けたような衝撃を錯覚する。

 しばし呆然。

 しかし、それは怒りに塗りつぶされる。


「よくも……」


 表示された数字。それは埋め込まれたCPUのシリアルナンバー。人間の生体電流を入力できる組織お手製の特別なCPU。


「よくも、祐樹を!!」


 シリアルナンバー1。


 祐樹に埋め込まれていたCPUだ。


 激情に身を委ねて、男の頭を地面に打ち付けたくなる衝動に駆られるが、抑える。

 この男は電脳化処理を受けただけの被害者。私達と同じだ。彼に怒りをぶつけるのは理不尽でしかない。


「私の祐樹を殺すだけじゃ飽き足らず、こんな……こんな!!」


 しかし、行き場のない怒りを持て余して被害者である彼を怒鳴りつけてしまう。

 八つ当たりでしかないことは分かっている。分かっていても留めることのできない自分の器の狭さに嫌気が差す。それでも抑えきれない。


「死んだあとも祐樹のパーツを利用するなんて冒涜、絶対に許さない!!」

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