第39話 王都アクエティナス②


——じゃあ、ユリアちゃんはアクエティナスに近づかない方がいいね。


ライナルトの言葉を思い出したのは、馬車を下り、建物の建ち並ぶ一角を歩いているときだった。


(そうはいっても、もう仕方ないじゃない。もう街の中だし)


どんどん狭く、暗い道に入ってくカトリナに、ユリアは渡された白いローブに身を包んで、ついて行く。人気はないから気にしなくても良いのだろうが、全身白いのは非常に目立つ。


(でもまあ、壁が白いわけだから、紛れてるっていったら紛れてるのかも?)

 

しばらくして、古そうな二階建ての建物の前で立ち止まったカトリナは、辺りを注意深く見回すと、首に掛けていた鍵を取り出し、鍵穴にさっと入れて回した。それから滑り込むように中に入り、ユリアにも手招きする。ユリアは息を呑みこんでから、意を決して、怪しげな建物の中に忍び込んだ。

 

ユリアが入ると、がらんとした室内の中央には既にカトリナが用意したランタンが床の上に置かれ、薄暗い室内が明るく照らしていた。窓はあるにはあるのだが、薄汚れていて、ほとんど光を通していない。

 

カトリナはユリアが入ったことを確認すると、今度は内側から鍵をかける。

そして、おもむろに部屋の隅まで歩くと、這いつくばって、目を細め何かを探すように手を床に這わせている。


「カトリナ?」


「あ、あったわ」

 

指先が何かを探し当てたらしく、カトリナは両手を使って、床板を外した。


「この下に階段があるの」


「え……?」

 

おそるおそる近寄って、ぽかりと暗い口を開ける四角い穴を覗き込む。

手前の数段はうっすら見えるが、その先はまごうことなき暗闇で、全く見通すことができない。

ユリアは顔を引き攣らせ、緩慢な動作で首を捻り、ランタンを手にしたカトリナを縋るように見やった。

カトリナはごく自然な様子で、階段に足を掛ける。


「えっ⁉ もう行くの?」

 

思わず声を上げると、カトリナはむっとしたように目を眇め、


「ここでもたもたしていても時間の無駄よ」


と言い放ち、迷いなく階段を下りて行った。

一瞬躊躇ったものの、ユリアも思い切って足を踏み出した。

先を行くカトリナのランタンだけが、唯一の光源で、ユリアは一気に心細くなる。

十数段下りたとき、頭上から、がこんという大きな音がした。


驚いて振り仰ぐと、下り始めたときには確かにあったはずの、かすかに明るい四角い天井の形が見えない。それは建物と地下への階段を繋ぐ出入り口だったのだが。


「ねえ、カトリナ。今、出入り口が……」


「自動で閉まる仕組みなのよ」

 

カトリナは振り向きもせず、階段を降り続ける。

どっこいしょとカトリナが外した床だ。それが自動で戻るなど、どう考えても無理がある。

カトリナの説明に全く納得できないのだが、そうはいっても一人戻るわけにもいかず、ユリアは仕方なく階段を下りて行った。

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