第34話 戻らぬ友
「そういえば、ユリアちゃんのお兄さんの特徴ってどんな感じ?」
次第に薄暗くなる往来を歩きながら、ユリアはきょろきょろと忙しなく目線を動かしていた。
家路に急ぐ農夫やまだ名残惜しそうに帰宅を拒む子供たちが遊ぶ横を通り過ぎ、兄と似た背格好の人物を探す。隣を歩くライナルトが何気なく聞いてきたので、振り仰ぐようにして彼を見る。眩しいくらいの橙色の夕日に彩られたライナルトの髪は、麦の穂のように金色に輝いている。灰緑色の双眸がユリアをまっすぐ見下ろしており、しっかり目が合う。
どきりとしたユリアは慌てて目を逸らした。
先刻、ライナルトの個人的な事情に踏み込んでしまった、ライナルトの部屋での一幕を思い出す。
ライナルトの額に自分の額が密着したあのあと、ユリアとライナルトはいつのまにか眠ってしまっていた。眠りが浅くなり、瞼を開けると、眼前にライナルトの寝顔がでかでかとあり、あまりに驚いたユリアは、全てを忘れ絶叫した。
けたたましい目覚ましで起こされたライナルトはというと、目を擦ったあと、とろんとした目を眠そうに瞬かせ、「あ、おはよう。ユリアちゃん」と呑気な声を上げたのである。
窓の外を見れば、夕刻の気配。
ユリアは慌てて寝台から飛び降りると、ふわあと欠伸をするライナルトの腕を引っ張って、兄探しを開始したのだ。だが、村中歩き回っても兄アヒムの姿は見当たらず、焦りが増す一方だった。今日中に見つけ出さなくてはならないのだ。
——ユリア、もしここにアヒムがいなかったら、俺がその手紙を預かる。俺はまだこの近辺に用事があるから、アヒムに偶然会うこともあるだろうし。今夜までに見つからなかったら、手紙を渡せ。いいな?
カイがそう言った以上、今夜までに見つからなければ、彼は無理矢理でもユリアから手紙を奪うだろう。ユリアに負けず劣らず、頑固な男なのだ。
(是が非でも、今日中に見つけ出さなきゃ)
そして、そんなユリアの焦りが伝わったのか、少しでも役立ちたいと気を回したライナルトがアヒムの特徴を聞いてきたのだった。
「兄様の特徴は……銀髪碧眼。刈り込んでるかなりの短髪で、背丈はライナルトより低いかな。横幅は兄の方があるかも。肥えてるっていうんじゃなくて、筋肉質なの。眉毛は太くて、きりりとしてて、とにかくいつも元気いっぱいって感じの人、かな」
アヒムのガハハと豪快な笑顔を思い出し、自然と笑みが浮かぶ。
「あれぇ……そうなんだ。俺が抱いていたイメージとは大きく違うみたいだ。もっと、神経質そうな、ラルフみたいな人かと」
ユリアは首を振って、軽く笑った。
「ラルフとは全然違う。あっけらかんとした、気持ちの良いタイプだから。人の気も知らず、ずけずけものを言うけど、悪気はないんだよね」
単純明快で、隠し事もできないようなアヒム。
そのアヒムが、〈銀海の風〉と関わっている。
ユリアは顔を曇らせ、衣服の隠しにしまってある兄当ての手紙に、服の上からそっと触れる。
浮かぶのは、カトリナの悲しげな顔だ。
カトリナはユリアより小柄で、顔の横の毛だけが顎のあたりまで長いが、後ろは男の子のように短く切り揃えている、一見すると少年のような髪型をしていた。
けれど、すっとした繊細な眉や、ややつり上がった涼し気な目元、妖艶にも見える唇が、彼女を女性だと認識させる。小柄ではあるが、男性を釘付けにするような魅力的な体つきをしていて、かすれた妙に色っぽい声も、ぞくぞくしてしまうほどだ。
寸胴のようなユリアからすると憧れの存在だ。
里でしゃなりしゃなりと歩く姿を見かけたことはあったが、まさか彼女がアヒムの恋人だとは考えもしなかった。何しろ、一度もアヒムといるところを見たことがなかったから。
隠し事などできそうもないアヒムが、交際を隠していたとは。にわかには信じられなかったが、真摯な表情で訴えるカトリナが偽りを言うはずもなく。
あまりに真剣交際だったので、アヒムも身を引き締め、他言しなかったのかもしれない。
「それにしても、カイ君も見かけないね。宿の場所、教えてあげたかったんだけど」
「それはきっと大丈夫だよ。だって、トフィーと話している感じ、ここに来たことがあるみたいだったし。この村に来るのは初めてじゃないと思う」
彼らの会話に若干の違和感はあったが、トフィーが何か困ったことがあると言ったのは、きっと彼の家の周辺で何かが起こったに違いない。屋根に穴が開いたとか、柵が壊れてしまったとか。仲良しの鳥が逃げてしまったのかもしれない。カイはエルバートを連れているからか、何かと鳥関係には強いのだ。それで、偶然に再会したカイに、助けを求めることにしたのだ。カイは何だかんだ言っても、意外に面倒見の良い男なのだ。
師匠のところにいたときもそうだった。
兄弟子フェリクス主催の小枝集め勝負をしたとき、早々と両手いっぱいに小枝を抱え込んだカイは、先に戻れば終わりなのに、ユリアが満足する量を拾い集めるまで待っていてくれた。
ユリアが任された大量の芋の皮むきも、自分の仕事をさっと終わらせると、当たり前のように手伝ってくれた。
そんなとき、ユリアは素直に礼が言えず、「弟弟子のくせに」と口をとんがらせると、決まってカイは鼻で笑い、「はいはいはい、半年違いの兄弟子様」と揶揄するように言うのだった。
ユリアはカイのことを思い、知らず知らずに拳を握りしめていた。
トフィーを前にしたとき、明らかにカイの様子はおかしかった。まるで親しい友達のように話しかけて来たトフィーだったが、一方、カイは緊張し、警戒すらしているようだった。
(あの時、行かせて良かったの……?)
今更ながら、トフィーが現れたときのことを思い出し、不安がじわりじわりと胸の中に広がっていくのを感じていた。
(何かが変、何かがおかしい)
直感的にそう思うのに、なぜなのか明確に答えることができないのだ。
ユリアはカイと別れた村の門扉の方角を振り返る。
カイがトフィーと行ってしまってから、だいぶ時間が経過した。
気づけば、辺りはすっかり夕闇に染められている。
空には一番星が輝きはじめた。
冷たい風が吹き抜けて、ユリアは身を震わせ、胸の前で両手を交差させて自分を抱き締めるように二の腕を擦る。
「冷えて来たね。そろそろ宿に戻ろうか」
「え、でも」
今夜中にアヒムを探さないといけない。
けれど、それよりも今はカイのことが頭を占めていた。
何となくだが、カイが戻ってこないような気がしたのだ。
謎の美少年トフィーと共に、どこかへ遠くへ行ってしまった。
誰も知らない、暗闇の向こうへ。
そんな不穏な空想が、ユリアの胸をざわつかせる。
(大丈夫……だよね? カイ、戻って来るよね?)
胸の奥がざわりざわりとして、頭の中は嫌な予感で埋め尽くされる。
ユリアはそれを振り払うように頭を振った。
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