第15話 エンガリアの元神官②

淡々と話し終えたライナルトは、それきり黙り込んでしまった。

表情はどこか虚ろで、瞬きする瞼の動きも生気が感じられない。

ユリアはライナルトの態度に困惑しつつも、今聞いた話を思い返す。


(ということは、ライナルトの力がなくなってしまったから、神官をやめざるをえなかったってこと……?)

 

中央大陸エンガリアに、聖女がいることはユリアも知っていた。

だが、その力が有限であることや、神官も同じ力を備えた者であるということは全く知らなかった。

それは隣国であるイーリアだからということだけでなしに、隠れ里という閉鎖された空間にいたからかもしれなかった。

力を失えば職を辞さねばならない。

それはその職に就いていた者にとって、どういう意味を持つだろう。


ユリアの持つ魔力は力の強弱はあれど、永続的に続くものだ。

使用することで、一時、体力や精神力が削られることはあっても、休息をとれば回復する。

消費し続ければ消えてしまうような、そんなものではない。

ユリアは炎を見つめ続けるライナルトの横顔を見つめた。

力があるとわかったとき、ライナルトはユリアと同じように嬉しかっただろうか。

人と違う、特別な力があるとわかったとき、神に選ばれた人間だというような、高揚感を味わっただろうか。

 

そしてその力が認められ、神官見習いを経て、神官になったとき。胸には誇らしい気持ちが溢れたのではないだろうか。

 それが——使うたびに失われていくのを感じたとき、ライナルトはどう思っただろう。

 ユリアは胸の奥がずきんと痛むのを感じた。

 想像するしかない。ユリアの力はライナルトのものとは性質が違うのだから。

 それでも、わかりたいと思った。

 切なげな横顔を見ていると、ユリアの方が居た堪れない気持ちになる。

 何かを一人で抱え込んでいるように見える彼を、ユリアはどうにかしてあげたいと思った。

 ライナルトの抱えるものを少しでも一緒に支えてあげられたら。

 

一方的に助けられている状況を、少しでも心苦しく思わなくて済むかもしれない。

それに、


(言いたがらなかったのは、思い出したくなかったからだよね。無理矢理、聞いちゃった以上、少しでも力にならないといけない!)

 

と考え、ユリアは人知れず頷いた。


「ありがとう、話してくれて。じゃあ、改めて」

 

ユリアはライナルトの肩を叩いてから、彼の顔の前に手を差し出した。

肩への振動と、眼前に突然現れた物体に驚いたのか、ライナルトは軽く仰け反ってから、ユリアの方に顔を向けた。その瞳からは切なげな色は消え失せ、今はただ驚いたように大きく見開かれている。


「握手」

 

ユリアはライナルトの膝の上に置かれた手の甲を叩き、握手を促す。


「あ、握手……?」


「お互いの事情も呑み込めたわけだし、確かラァナ村のお友達の家に行くつもりだと言ってたよね? それなら好都合なの。なにせ、私もラァナ村が目的地だから。兄様がそこにいるんだって。だから、ラァナ村までよろしくね。ライナルト」

 

ライナルトはユリアの真意を測りかねるというような訝し気な表情を浮かべていたが、そのうちに差し出された手に目を落とし、意を決したように自分の手を持ち上げた。

 

そして、ユリアの手を掴もうとするも、微かに躊躇する。しびれを切らしたユリアは、強引にその手を握った。ユリアの手をすっぽり覆ってしまうほど、温かくて、大きな手だった。

 

ライナルトは小さく息を呑み込んだあと、ユリアの手を優しく握り返す。


「改めて、よろしくね。ユリアちゃん」

 

ふたりは堅く結んだ手を一、二度揺さぶってから、惜しむようにその手を離した。

どこからか鶏の朝を告げるけたたましい声が聞こえて来た。

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