第14話 エンガリアの元神官①

「取り立てて語るような生い立ちじゃないんだけど、簡単に」

 

ライナルトは口元に軽く握った拳を添えて咳払いをしてから、おどけたように軽く笑った。


「エンガリアの西の方にセルンっていう港町があるんだけど、俺はそこで生まれ育ったんだ。俺は末っ子で、上に優秀な二人の兄がいる。二人とも家業を手伝ってるよ。十の時、女神セングレーネ様の力があることがわかって、十二になってからエターニア大聖堂で神官見習い、十四で、正式に神官。それで、数日前にやめてきた。こんなところかな?」

 

言い終えると、ライナルトふう吐息を吐き、肩を竦める。

ユリアの話した「個人的な事情」に比べると、ずいぶんと簡素であっけない説明だ。

当然、不服だったので、もっと聞き出してやろうとユリアはずいっと身を乗り出した。


「氏名は? 年齢は? やめた理由は?」

 

鼻息荒く顔を近づけるユリアに、ライナルトは目を剥いて、若干仰け反る。


「え、あ……フルネームは、俺も教えてもらってないなぁ……なんて?」


「ユリア・クレフ・シュバルヒ。ちなみに、シュバルヒは、白の一族の持つ名前」


「へぇ、そ、そうなんだ」

 

ライナルトは相槌を打つも、その後に言葉を継ごうとしない。

ユリアが、鼻先の触れるくらい顔を近づけると、ライナルトは防御するように両掌を顔の前で広げ、迫りくる顔を押し留める。


「ち、近いよっ⁉ ユリアちゃんっ‼」


「なんで、教えてくれないの?」


指の間から覗く灰緑色の瞳が泳いでいる。


「私は全部話したのに‼ ズルい‼ 元神官とは思えない! 不誠実!」

 

人の良さそうな顔をして、どうして急に秘密主義者みたいな態度になるのか。納得いかないユリアは尚も詰め寄る。


「あー……そう言われちゃうと……そうだよね」


ライナルトは盾代わりの手を下ろすと、申し訳なさそうに眉を下げ、口の端を片方だけ上げた。


「別に隠そうとしたわけじゃなくて。ただ、癖でね……痛いところをつかれちゃったな。ははは」

 

顔を背け、頭を掻いていたライナルトは、ややしてからユリアにしっかり向き直り、背筋をしゃんと伸ばした。


「俺は、ライナルト・マイヤーハイム。実家が、マイヤーハイム商会っていう、それなりに有名なところで、だからいろいろと面倒でね。それで、進んで姓を名乗らないんだ。でも、ここはエンガリアじゃないし、イーリアに名前が轟くほどじゃないよね。ユリアちゃん知ってた?」

 

ユリアが首を振ると、ライナルトは器用に片眉を上げてから、軽く苦笑した。


「年齢は、二十歳。君より五歳上だよ」

 

どこか得意げに聞こえる声音だったので、ユリアはライナルトを睨みつける。

まるで自分は大人で、ユリアは子供だと言わんばかりの態度に思えたのだ。

けれど、ライナルトはユリアの視線に気づかぬようで、燭台の灯りに目を向けていた。

体はここにあるのに、心はどこかに飛んで行っているような、そんな風に見えた。

それでも、ライナルトは律儀にも口を開く。


「やめた理由……えっと、イーリアではどの程度エンガリアのことが伝わっているかわからないから、説明が難しいんだけど。女神セングレーネ様の一筋の光を与えられた人間っていうのが、時々生まれるんだ。それはエンガリアだけじゃなく、ここイーリアでも、他の大陸でも同じなんだけど。エンガリアでは、その力を持つ女性たちを集め、聖女候補にするんだ。基本的には、女神様の力が与えられるのは女性。でも、ごく稀に男性にも与えられることがある。俺もその一人で、そういう男たちは、聖女様の仕事を補佐する神官になる権利が与えられている。エンガリア張られた結界も、神官たちが作り出してるんだ。だけど、女神セングレーネ様から与えられた力は有限。いつか枯渇する運命にある。だから、エターニア学院は常に聖女候補を抱えているし……エターニア学院というのは、聖女候補たちが勉強する場ね。聖女様も、神官たちも、力を使い果たしたらお役御免なんだ。もちろん、その後も教会に携わる仕事に就くことができる。でも、それを選ばない自由も保証されてる」

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