1:セラ



「ん、んぅ~」



 とある世界のとある村のとある家屋の一室。彼女は目を覚ました。彼女の名はセラといい、その村に住まう村人である。



 年の頃は十歳とまだまだ成人には程遠く、愛くるしい少女なのだが、発育がいいのか年齢に似つかわしくないプロポーションを持ち合わせている。そのことで、よく一緒になって遊んでいる幼馴染たちにいじられることがあるのだが、本人は至って気にせず日々を送っていた。



 どこの世界でも、時計という時間を正確に知ることができない人々の生活というものは大体似たり寄ったりで、日の出と共に起床し、そして日没と共に眠るのが自然である。



 彼女もまたその例に漏れず、家の隙間から差し込んでくる日差しを目覚まし代わりに、目をこすりながら寝床からむくりと起き上がる。起きたばかりの彼女が向かった先は水が貯めてある隣の部屋で、そこには既に起床して朝餉の支度をしている母親の背中が目に映った。



「お母さん、おはよう」


「おはようセラ。あなた凄い顔よ。顔を洗ってシャキッとしなさい」



 起きたばかりということもあってセラの顔は皺が寄った状態となっており、それだけ見れば十や二十年齢をごまかしているだろうと言われても仕方がないほどだ。本人はあまり気にしていないが、十歳になったということでそろそろ女性としての慎みを持ってほしいと願う母親の一言で、彼女は顔を洗うため水の入った瓶へと歩み寄る。



「冷たっ」



 まだ日が昇ってそれほど時間が経過していないせいか、気温も低く当然ながら瓶の中の水の温度もそれほど高くはない。その水をいきなり顔に付けたため、思わず声が出てしまったようだ。



 そのお陰で微睡んでいた意識が覚醒し、そこで初めてセラは目が覚めた感覚を感じ取った。彼女がそんな風に感じていると、別の部屋から背の高い男性が出てくる。セラの父親だ。



「セラ、早く席に着きなさい」


「うん」



 父親の言葉に素直に席に着き、家族揃ったことで朝餉が始まる。父親が神に感謝する祈りの言葉を述べ、朝食を食べ始める。



「じゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃい。セラも気を付けていくのよ」



 村人の朝食などそれほど豪勢ではないので、すぐに胃袋に収めると、セラと彼女の父親は仕事へと出掛ける。父親は腕のいい狩人で、村の貴重なたんぱく源を供給する担い手として他の村人からの信頼が厚い。一方のセラは彼女たちに与えられている畑の管理を任されており、彼女が畑の仕事を手伝うようになって数年が経過している。



 いつものように畑へ向かっていると、その道中で見知った顔に遭遇する。彼女の幼馴染の一人エリックだ。セラと同じ十歳で、少し高めの身長の快活な雰囲気を持ったやんちゃ坊主といったところだ。



「よ、よう。今日も畑か」


「あ、ああエリック。そうだけど」


「そ、そうかよ」



 ぶっきらぼうに答えると、エリックは去って行った。その姿を見て不思議がっていたセラだが、実を言えばエリックの照れ隠しだったりする。いつの頃からかエリックはセラを異性として意識し始めており、その変化に戸惑いつつも彼女とどう接していいのか悩んでいる。所謂、お年頃というやつだ。



 当然ながら、その心の変化をセラが察することなどできないため、いつもと様子が違う程度の感想しか抱かなかった。のちに、この二人は結婚して四人の子宝に恵まれるのだが、それはまた別のお話である。



 そんなことがあったが、畑に到着し日課の畑仕事をこなしていく。ある程度作業が進んできたところで家事を終えた母親が参戦し、昼を回ったところで少し休憩することとなった。



「最近エリックとはどうなの?」


「え? 別に普通だよ。最近ちょっと様子が変だけど」


「そう。でも、それはセラのことを嫌ってるわけじゃないと思うからもう少し待ってあげてね」


「? わかった」



 セラの母親の言葉の意味はわからなかったが、自分よりも人生経験が豊富である母親がそういうのだからそれに従っておこうという気持ちでセラは頷く。



 一通りの畑仕事が終わり、セラは自由時間となった。ここからは好きに過ごしていい時間で夕方に家に戻ればいいという取り決めになっているため、さっそくセラは仲間のもとへと駆け出していく。



「セラ、遅いっ」


「ごめんごめん。で、今日は何して遊ぶ?」


「……」



 セラが所属する子供グループは八歳から十歳の同年代の子供たちで構成されており、同じ時期に生まれた子供が集まってできたグループだ。当然その中にはエリックの姿もあり、セラは気付いていなかったが、彼女がやってきてからそわそわとしていた。



 そんな姿のエリックを他の子供たちは生温かく見守っている。セラ以外の子供たちはエリックの気持ちにとうに気付いており、この二人がいつくっつくのかと内心で楽しんでいるのだ。



 その日もいつもと変わらず子供たちはかくれんぼに興じることとなる。そして、偶然にもセラとエリックは家畜の餌が保管してある掘っ立て小屋に身をひそめた。



「お、お前もここに隠れてたのか」


「うん」



 それ以降、特に会話もなく時間だけが過ぎていく、するとそんな沈黙を嫌ったのか、エリックが突然真面目なトーンでセラに問い掛ける。



「なあ、お前好きな男とかいるのか?」


「え?」



 いきなりの問いにセラは戸惑う。村人として生きてきた彼女にとって日々の生活を送ることに一生懸命過ぎたため、そういった色恋についてはまだまだ先のことだと思っていたからだ。



「いないけど。エリックは好きな子とかいるの?」


「……いる」


「へえ、いるんだ。誰なの?」


「……えだ」


「え? よく聞こえなかった。もう一回言って」


「お前だよ」


「え?」



 エリックにとってはセラとの関係を進展させるいいきかっけであった。そこで彼は人生で初めての賭けに出たのである。男にとって素直に好きな相手に思いを伝えることは容易ではなく、どこか気恥ずかしいものがある。それは女でも変わらないが、その思いが強い傾向にあるのが男だ。



 突然の告白にセラは顔が真っ赤になる。彼女もまた、ぶっきらぼうだがいざという時に頼りになるエリックを憎からず思っている部分があり、こうして改めて思いの丈をぶつけられたことで気付いてしまった。否、気付かされた。



 ――自分も目の前の男の子に惹かれていたということに。



「セラは、その……俺じゃあダメか?」


「ううん、でも。あたしでいいの?」


「セラがいい。セラじゃないとだめだ!」



 セラの両肩に手を置いていつになく真剣な眼差しで答えるエリックを見て、彼が本気であることが伝わってくる。そして、セラはこの瞬間この人と生涯を添い遂げる予感を感じたのだ。



「ありがとう。じゃあ、これからもよろしくね」


「お、おう」



 そこから、お互いになんだか照れ臭かったが、しばらく隠れているうちにいい雰囲気になり、お互いに顔が近づいていったが、なんの因果かそのタイミングでやってきたかくれんぼの鬼によって中断せざるを得なくなり、その子供が“セラとエリックが小屋で隠れてチューしてた”と騒ぎ立てる結果となってしまい、誤解を解くまでに数日を要してしまうことになるのであった。



 そして、月日は流れこの二人は結婚し、四人の子供たちと共に幸せに暮らすのだった。

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noname fantasy story こばやん2号 @kobayann2gou

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