第二十八夜 復讐の始まり

 鳴川も唐島も小杉も返された学生服やコートに着替えて、おにぎりと水筒を持ち隧道トンネルを潜る頃合いに、雪菜様が洋服を手に現れた。

 見るからにそれは鮎川家の当主が着るような気品ある仕立ての洋服だ。

 今宵は多分、俺が上の世界──元の世界へ戻る夜で、そして同時に地下の男達を始末する時間なのだと考えた。

 俺は今は落ち着いてその洋服に着替えている。

 洋服はまるで社交パーティーに参加するような佇まいだった。確か、このような洋服はタキシードと言われるものだったじゃないかな。

 皺もたるみもない真っ白な上着とズボンを纏い軽く首に蝶ネクタイを巻いた。

 靴も革靴にされてそれを履く。

 少し乱れた髪の毛を櫛で梳かして、粛々と準備をする。

 彼らが隧道を潜り集落へたどり着くのを祈りながら、彼らとは別の道を歩く事に誇りと謝罪を込めた。

 ここから出てやるって願っていた男が、『黒猫館』に囚われた。

 いや──自分自身に言い訳しているんだ。

 結局のところは俺もあの異様な快楽の虜になったんだ──きっと。

 準備が整うと監獄から表の世界へ螺旋階段を使って上がる。

 雪菜様と亜美さんと俺の靴の音が螺旋階段に響く。明かりの松明は炎が燃え盛り、俺の行先を照らしているように思えた。

 カラクリが動く音が聴こえて、久しぶりに『黒猫館』の部屋を観た。

 囚われた期間は正直判らない。

 一ヶ月や二ヶ月、そんな期間だろうと、俺の受けた苦しみは一年分では足りない。

 ただ──不思議と憎しみは湧かない。

 この整った部屋を観た今の感慨は──やっと戻ってこれた──という感動だ。

 

「松下様。お母様がお待ちですわ」

「とうとう来たか──」

「松下様──本当に宜しかったのですか?」


 亜美さんは俺に聞いた。

 本当に鮎川家に関わって良いのかと俺は解釈する。

 

「ああ。だけど、先代の旦那様とは違うからね。俺は俺のやり方で直美様と関わるよ」


 含みを持たせた答えにした。

 直美様は俺を自由に弄ぶつもりだろうが、素直にそうさせるのは違う。

 俺はもう奴隷ではないからな──。

 直美様が俺に熱を上げているのは好機なんだ。

 徹底的に彼女を支配してやる。

 あの淫魔を更生させるんじゃない。

 逆に支配してやる──。

 そして俺だけにその甘い快楽と今まで受けた仕打ちを返させて貰うさ。

 

「じゃあ──行きましょう?」


 雪菜様はそれだけ言うと、部屋から出て直美様のいる部屋へ向かう。

 真夜中の『黒猫館』は薄暗い闇が広がる。

 ここはもしかしたら地獄の入口かもしれないし、楽園の入口かもしれない。

 雪菜様は蝋燭の灯りを手に持ち俺をそこへ案内していた。

 どことなく初めて会った時のような柔らかい印象に雰囲気が変わった。

 あの地下の雪菜様とは別人みたいだ。

 不思議な感覚だ──そんなに早く人間は変わるものだろうか?

 案内された部屋は拵えからして気品が違う部屋だった。

 恐らく、その部屋は元の旦那様が使用していた部屋だろう。

 雪菜様が三回ノックすると、俺と亜美さんを連れてドアを開ける。

 豪華な拵えのベッドと妖艶な真紅のドレスを纏う直美様が待っていた。

 宵闇のような瞳をこちらに向けて、直美様は声をかける。


「こんばんは。松下様。待っていましたわ」

「──」

「警戒なさっているのね。またどんな仕打ちをされるか判らないから」

「──ええ」

「そのタキシード、凄くお似合いですよ?」

「初めて着ました。このような洋服は」

「この部屋は前の主人が使っていた部屋ですの。もう随分と使って無かったんです。だけど相応しい人が現れた」

「松下様。この部屋は貴方の部屋です。そして今夜から貴方も鮎川家の旦那様よ」

「契りの式でもするのかな?」

「──お嫌?」

「──別に。必要だものね。特に貴女なら、それをしてこそ契りの式だ」


 直美様はゆっくりと豪華な拵えのベッドへ歩くと腰をかけて、ゆったりと女王様のように寝そべる。

 わざとスカートを捲り、レースの黒いパンティーを見せて、誘った。

 

「──来て──」

「──どうしようかな?」


 少しでも時間を稼ぐ為にわざと焦らした。

 直美様はパンティーの中へ手を入れて、我慢できなさそうに指で花の芯を擦る。


「ねぇ──早く来て。我慢できないの──」

「貴方の綺麗な身体を味あわせて──お願い」


 クチュクチュと粘着質な音が聴こえてくる。

 俺の前で直美様が自慰オナニーしている。

 俺はそこで嬲るような視線を送る。

 そして、指をかき混ぜる花びらを見せるように言った。


「下着を外して、俺に見せてくれ。直美? 君の自慰オナニーを見せて──」

「一度、君の指で逝かないと俺は触れないよ」

「ああっ──旦那様──」


 すると亜美さんが椅子を差し出してくれた。

 彼女は俺に使える給仕のように、言葉を発する。


「お飲み物をお持ちしますか? 旦那様」

「ああ。お茶がいいかな」

「すぐにお持ちします」

「直美? 指を休ませないで弄りなさい。君の絶頂を肴にするんだから──。それとも──言葉で弄らないと判らないのかな?」

「ハアッ…ハアッ…旦那様……っ」

「胸も出して、指で弄りなさい」


 俺は言葉で直美様を弄る。

 俺がさせられた事を何倍にも屈辱的にして返してやるよ。

 彼女は俺の言葉の通りにドレスの胸元を開けて豊満なふくらみを、薄紅色の乳首を自ら弄り、顔を赤くする。

 下半身に伸びた指は休む事なく花びらの奥へ突っ込んで、白い液を零していく。

 宵闇のような瞳が快楽へ陶酔して、彼女は懇願する。


「旦那様─。もっと言葉で弄ってください──。欲しいの……旦那様の声が…っ」

「君の花びらから凄い愛が零れているね……もっと、もっと、溢れさせてごらん……」

「愛に塗れた君を愛したいからね」


 肘掛けに肘をつけて頬杖をする。

 愉快そうに嘲笑ってみせた。

 散々、虐められた返しがこれは確かに気持ちいい──。

 下半身の大輪の花から蜜が零れて、舐めてくれる獣を欲しがっている。

 亜美さんが紅茶を淹れて俺に恭しく差し出してくれた。

 微かに笑顔になっている。

 直美様──いや、直美の方はほぼドレスが剥ぎ取られて、俺の言葉でふくらみや花びらを弄りながら俺を待っていた。


「旦那様ぁ……旦那様ぁ……早く抱いてぇ……」 

「君が何回も逝ったらね」

「ハアッ…アウッ…そんな─そんな─っ」

「旦那様──私にも構って?」

「雪菜。どうだい? はしたない恰好だろう?」

「はい──旦那様」


 雪菜様は俺に深い接吻キスをする。

 優しくて、気持ちが入った接吻キス──。

 対照的な扱いの差に亜美さんは少し驚いているが、俺は黙って頷いてみせた。

 今宵の宴はこれからだ──。

 

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黒猫館 〜愛欲の狂宴〜 翔田美琴 @mikoto0079

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