第21話 本当のヒロイン


「言われた場所に着いたぞ。どうすればいい」


 礼は息も切らさずに、監視カメラに話しかけた。

『随分早いんだな。エレベーターは動いていないようだが』

「階段を走った方が早い」

 人狼の足元には、担がれていたモヒカンが瀕死の状態で転がっていた。大量の血を失った上に、高速で上下に振り回された為である。乗り心地の悪いジェットコースターに乗せられたようなものだ。


『そこの壁はスレートで出来ている。何か道具で剝がせないか』


 バキン!


 人狼はノーモーションのストレートで、壁をぶち抜いた。鼻歌を歌いながらバリバリと壁を剥がすと、内部は空洞になっていた。巨大な鉄骨が剝き出しになっており、そこに大型冷蔵庫位の大きさの箱が固定されている。

「ゴツい鉄骨に、デカい箱が固定されている。これか?」

『ビンゴ。箱に電線やコードが繋がっていないか?』

 見れば幾つものコードが箱に繋がっていた。それを伝えると、全てを切り取るように指示される。それを聞いて、モヒカンは唸った。


「そうか。俺はプログラム操作で、何とかする事しか考えなかった。物理的に爆発を止めれば時間はかからないよな」

 しかも警備担当の彼ですら知らない起爆装置の場所を、あっという間に検索してしまうとは……

「全部千切ったぞ。これで終わりか」

 人狼は物凄い速さで、コード類を始末した。スピーカーからは高速でキーボードを叩く音がする。

『おかしい。起爆装置は停止する筈なのに動いている。繋がっているコードはもう無いのだよな?』

「後、一分!」

 この大きさの火薬が、この距離で爆発したら絶対に助からない。残り時間を叫びながら、モヒカンは死を覚悟した。


『その箱を持ち上げてくれ』


 ユリアの指示ではあるが、冷蔵庫の重さは三百キロを超えていそうだ。人狼は肩を回しながら箱に取り付くと、短く気合を入れた。こめかみに太い血管が浮かび、胸筋が膨らんだ衝撃でシャツの胸ボタンが飛ぶ。ミシミシと音を立てながら、ゆっくりと巨大な箱が浮かび上がった。


「有ったぞ! 床から箱の底に、直接つながったコードが見える」

 モヒカンは頭から冷蔵庫の下に滑り込み、コードを引きちぎった。彼が下に居ない事を確認してから、礼は衝撃を与えない様にソッと箱を置く。爆発予定時間が過ぎた。手で触れるような沈黙以外、身体を丸めたモヒカンは感じることが出来なかった。


『……メインコンピューターと、起爆装置の連携が途絶えた。この時間まで爆発していないという事は、解除に成功したのだろう。お疲れ様』


 人狼とモヒカンは、大きなため息をついた。

「心臓に悪いぜ。助かったのか?」

「さてな、まだ分からんぞ。俺たちはマロウを回収しなければならない。お前さんはどうする?」

 礼は肩を竦めて、モヒカンを立たせた。彼は腕の痛みに顔を顰める。

「山口の野郎がどうなったのか見届けてから、フケることにするぜ。嬢ちゃんも心配だしな」


 エレベーターで五階に降りると、フロアにユリアが待っていた。三人はそのまま、地下三階へと降りる。隠し扉に耳を当て、内部の様子を探る礼。動いている気配が無い事を確認して扉を開けた。強い死臭とネットリとした血の匂い。

「アンタらは、ここで待っていてくれ。安全を確認したら声をかけるから」

 そう言って人狼は一人で地下四階へ潜って行った。暫くして声がかかる。シスターはスタスタと、モヒカンはヘッピリ腰で階段を降りる。


 地下四階の床は血と肉で溢れていた。それを見たモヒカンは腰を抜かして、青い顔を何度も振った。ユリアは天使たちの残骸を、顔色一つ変えないで観察している。

「なるほど。切れた部位はそのまま壊死するのだな。後頭部に植えられた器具と、その周辺の肉を削れば天使は無力化できると」

「お、おいシスター。アンタ平気なのか?」

「本部の上司と話している方が、緊張するな。死体は動かない。お前と武器を持たずに、素手で話している方が怖い」

 そういうと、ユリアはケヤキの首に巻き付いていた鞭を回収した。


 血の海の中心に、吸血鬼は倒れていた。青白い犬歯や剃刀の様な爪は消え、いつもの美少女(!)ぶりも健在である。

「……一体、ここで何があったんだ? どうして嬢ちゃんだけが無事なんだ」

「世の中には知らない方が良い事もある。そうだろう?」

 礼は血の海からマロウを抱き上げた。少し不満そうな表情を浮かべたモヒカンは、肩を竦めて苦笑する。


「違いねぇ。山口の野郎も死んじまったみたいだし、俺はフケるぜ。嬢ちゃん頑張ったな。今晩のヒロイン・・・・は間違いなく、お前さんだよ」


 無事な左手を上げて、モヒカンは階段を登って行った。何かを言おうとしたユリアは、無言で首を振る。

「世の中には知らない方が良い事もある、か。その通りだ。ヒロインでは無くヒーローだなんて、余計な事を言わなくても良いか」

「そいつが賢明だ。マロウが男だと知ったら、やっこさんのやせ我慢も擦り切れちまうだろう。もうすぐ夜も明ける。俺達も退散しよう」


 苦笑いした彼らも階段を登り、都会の闇に溶け込んでいった。


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