第9話 裏口の監視者
ユグドラシル同盟日本支社のビルは、ブルーバード探偵社からほど近い、下谷神社近くにあった。二十階建てで外壁は、黒色のガラスとタイルで覆われている。ビルの傍でスーツ姿の日本人の若者が、目礼して近づいて来た。それを見た礼は舌打ちをすると、若者を無視して通り過ぎる。
取り残された格好になった若者は、慌てて追いかけるが二人は見向きもしない。声をかけようと口を開けた若者を、礼は同盟ビルの死角へ引きずり込んだ。
「何をする! 君は一体、何者だ!」
剣吞な雰囲気の人狼は、大声を出そうとした若者の口を片手で抑えて、耳元で低い声を出した。
「少し黙ってろ。……素人が」
余りの迫力に凍り付く若者。大声を出さない事を確認した礼は、彼を解放し同盟ビルを観察した。
「シスター、この
「最上階だな」
「やはり監視されているのか」
「大型スコープを持っている奴がヤバイ。ひょっとしたら監視ドローン位、飛ばしているかもしれない」
若者の問いに答える者はいなかった。密かに監視している筈の彼は、同盟ビル内部の人間から監視者であることを、逆に特定されていたのである。
「監視者と仲良く喋っている人間を見たら、同盟ビル内の奴らは、その人間をどう思う?」
「あ、いやその! ……すいません」
「余り彼を責めてくれるな。彼は一般の若手神父なんだ。調査員の手が足りなくて、駆り出されたのだから」
シスターは若者を庇った。それに気を良くした彼は、監視報告を手早く行う。
監視の指令が入ってすぐ、山口らしき男がビルから出る事を確認した事。すぐさま他の人間が尾行したが、浅草通りの大通りに出た所で、タクシーに乗ってしまった事。人員配置が間に合わず、そこで見失ってしまった事などを報告した。
「あ、でもタクシーの画像データはありますから、ナンバープレートから降りた場所の問合せは可能です」
唯一の手掛かりを示すことができ、若者は胸を張る。しかし画像を確認すると、ピントがタクシーの方に寄っていて、対象者が山口であるかの判定が難しかった
「監視に気が付いて、山口を飛ばしたな」
礼の推測に、シスターは無言で頷く。
「問題は何処に飛ばしたかだが、タクシーの問合せを行って欲しい」
早速、シスターの指示に従おうとした若者を、礼は引き留めた。
「同盟ビルの表門は、今、俺達が通り過ぎた所だよな。デカい建物だから裏口もあるだろう。場所、分かるか?」
若者はタブレットを取り出し、同盟ビルの略図を映し出した。それを確認してから、人狼は質問する。
「略図まで持っているってことは、裏口にも人員がいたのだよな?」
「その人が、対象者の尾行を行いました。タクシーの画像撮影も、その人です」
「今、そいつと連絡が取れるか?」
「? 電話してみますね」
しかし裏口の担当者には、連絡が付かなかった。
舌打ちをした礼は、タクシー画像の撮影場所を位置情報で検索するよう、指示する。更にシスターを連れて、裏口に歩き始める。
「あの、僕は!」
「撮影場所が分かったら、連絡してくれ。ビルから誰か出てきたら、全力で逃げろ」
「は?」
若者は、街の一角に取り残された。
礼は同盟ビルの裏口をシスターと、共に何気なく通り過ぎた。
「ヤバいな。完全に俺たちは警戒されている」
「通り過ぎただけで、どうして分かるんだ?」
人狼は肩を竦めて、自分の後頭部指差す。うなじの毛がピンピンと立っていた。
「殺気を当てられると、こうなるんだ。山口は裏から出ている。こっちだ!」
「どうして分かるんだ?」
シスターの問いに答えることなく、彼は小走りにビル街を歩き始めた。ユリアも後に続く。浅草通りに出ると礼は鼻に皺を寄せた。また大通りを背に、路地に入って行く。
その時、シスターのタブレットが音をたてた。
「撮影場所が分かった。さっきの大通りの地下鉄入り口付近だ。そっちじゃないぞ」
「……いや、残念ながらここだ」
ビルに囲まれた小さな公園。平日の昼休みには近隣の会社員の憩いの場になるのだろう。小さいながらも様々な植物が植えてある、その植え込みから血で汚れたスーツ姿の初老の男性の片足だけが覗いていた。
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