第7話 彌勒と食事

 そこはこじんまりとした高級イタリア料理の店だった。

 1品、5千円は当たり前なので、中々一般人が来るのは難しいだろう。


「うわ! 懐かしい! ここはピザが美味しいんだ」


 そんな場所に孤児の私がいけるんだからな。安倍家の養女は好待遇だ。

 アニメーター学院に在学中は、何度か連れて行ってもらったことがある。


「じゃあ、ピザを頼もう。他には?」


 メニューは難しい英語とカタカナ表記が書いてありさっぱりわからない。


「お任せします」


  彌勒みろくさんは4か国語くらい喋れるらしい。なので、メニューを頼むのはお手のものだ。


「Antipasto。それからTagliata di ManzoとGamberi alla Braceあとは……」


 ふほぉ。

 何言ってんのかさっぱりわからん。


 出てくる料理は豪華である。

 前菜は生ハムとチーズたっぷりのサラダ。

 イタリア産のビールで乾杯する。勿論、 彌勒みろくさんはノンアルね。


カチン!


「プハーー! うめぇえ!!」


 一仕事終えた後のビールは格別ですよ。


「ふふ」


「ん? 私の口に泡でも付いてます?」


「いや。変わってないからさ」


 なんのことだ?


「お前のがさつっぷりには驚かされる」


「ははは。そっちか。まぁ、色気はないですね」


「……その方が安心はするんだがな」


「え? 安心?? なんの?」


「あ、いや……。深い意味はない」


 ?


「そういえば、成人式のお祝いがここでしたね。親族で貸し切ってさ」


「そうだったな」


「初めて飲んだお酒がイタリアビールって中々にお洒落ですよね」


「ははは。お前らしくないか?」


「うん。私らしくない。にししし」


「ふふふ」


 前菜の後は分厚いステーキとエビ。


 肉うま! 肉汁たっぷり、柔らかくて最高!

 エビはプリップリ! 外側の殻がほんのり焦げてその苦味がなんともいえないアクセントになってんだな。うまぁあ。


 そして、パスタとピザが出てきた。

 うは! チーズたっぷり、幸せぇえ〜〜。

 このトロットロのチーズを食べるために生きていると言っても過言じゃんないね。


「ハグ。モグモグ。そういえばさ。今日は記念日でもないのになんでこんなにサービスしてくれるんですか?」


「集会の発表会を頑張ったからさ」


「ああ。資料作るの大変でしたからね」


「うん。よくできていた。流石だよ」


「えへへ。お褒めいただき光栄です。頑張った甲斐がありましたよ」


「僧侶たちには相当な勉強になったはずだ」


「ならいいですけどね。みんな小首を傾げてたけど」


「お前のアイデアが突飛すぎるのさ」


 そうなのかな? 

 効率を重視してるだけだけど。


「もう少し、陰陽師の敷居を下げるべきだと思うんですよね」


「どういう意味だ?」


「勉強資料が難しすぎるんですよ」


「ほぉ。考えたこともなかったな」


「頭のいい人はそれで良いのかもしれないけどさ。私なんか漢字の羅列で眠くなりますって」


「ふぅむ。では具体的にどうするんだ?」


「1冊の本を10冊くらいに噛み砕いてわかりやすい本にするんですよ。文字を大きくしてひらがなをたくさん使ってね。挿絵をつけるのもいい」


「小学生じゃないんだから」


「それくらいした方が絶対にいいんですよ。後継者の育成にはね」


「そういうもんなのか?」


「ふふふ。まぁ、私が思ってるだけですけどね。誰でもわかる陰陽道、なんてタイトルだったら面白いと思いません?」


「ふぅむ……。考えておこう」


 食事は進む。

 最後はデザートである。

 甘いラズベリーソースのかかったパンナコッタ。

 爽やかな酸味とぷるぷるの食感。甘くてクリーミー。

 これならいくらでも入りそう。うまうま。


 あ、そういえば……。


彌勒みろくさんって。彼女を作らないのですか?」


「なんの話だ?」


「だってぇ。モテるのに。特定の女性との話は聞いたことがありません」


「仕事が忙しいからな」


 もしかして……。


「男が好きとか?」


「なんでそうなるんだ?」


「今はオープンな時代ですからね。隠さなくても大丈夫ですよ」


「俺はノーマルだ」


 うーーむ。

 海善さんとそういう仲だったらな。めちゃくちゃ萌える展開なのに。


彌勒みろく。僕は君のことを……』


『海善。俺もおまえのことを……』


 んきゃーー!

 いい!! 最高!! 萌えるぅう!!


「何をほくそ笑んでいるのだ?」


「じゅるり……。はえ? ああ、いえいえ。こっちの話です」


「俺のことよりおまえだよ」


「はい? 私はゲームが恋人ですが?」


「そうも言ってられんという話だ。おまえは安倍家の養女なのだからな」


「どういう意味です?」


「見合いの話が数件来ているんだ」


 ええええええ。


「面倒臭いですよぉ。そもそも、21歳の私より、27歳の 彌勒みろくさんの方が結婚すべきじゃないですか」


「…………」


「あーー! 目を逸らしたぁ!」


「とにかく。そういう年頃ということだ。良い機会だ。丁度、その件で相談したかったんだよ。今度、本家に来てもらいたい」


「ええ〜〜」


「来い」


「うわぁ……」


 話題を振るんじゃなかったなぁ。

 楽しい食事だったのに。


 その後、私はやけ酒のごとくワインをグビグビと飲んだ。

 

「お、おいおい。飲みすぎだぞ……」


 酔っ払えば最高に良い気分。

 送ってもらう頃には車内で爆睡である。



☆☆☆


  彌勒みろくの車は 秘巫子ひみこのマンションに到着した。


「おい。着いたぞ」


「スヤーー。Z Z Z」


「やれやれ。マンションの鍵はどこだ? ちょっと触るぞ」


「エッチぃ……。むにゃむにゃ」


「やれやれ」


 彼は 秘巫子ひみこをお姫様抱っこすると、彼女の部屋まで送った。


 部屋の明かりをつける。

 部屋の中は漫画とゲームが散乱していた。


「やれやれ。少しは片付けろ」


 と、愚痴をいいながら彼女をベッドに寝かした。


「世話の焼ける義妹だな。まったく……」


 彼女の寝顔を見つめる。


「ふふふ。こうやって見ると可愛い奴なんだけどな」


 彼は周囲を見渡した。


「ったく。帰ろうと思ったが。我慢ならん」


 散らばっている漫画を本棚に入れる。

 それは男の裸が表紙のBL漫画だった。


「なんだこれ? ったく。普通は少女漫画じゃないのか?」


 ブツブツいいながら片付ける。

 

「んじゃ、俺は帰るからな」


「むにゃむにゃ」


「やれやれ。じゃあな」


 次の日。

  秘巫子ひみこは朝日とともに起床した。


「あれ……? なんか部屋が片付いてる……」


 読みかけのBL本が巻順に揃って本棚に収納されていた。


「飛びてぇえ……」


 酒の飲み過ぎを後悔する 秘巫子ひみこであった。


 数日後。

 彼女は本家に行くことになる。

 お見合いの話を聞くためだ。

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