第6話 義兄の悩み

 集会を終えた頃には夕方になっていた。


「……今日はすまなかった」


「そうですよ。本当に反省してます?」


「…………ああ」


 やれやれ。

 実技の時は険悪なムードだったな。

 終始、海善さんを敵対視してさ。


「本部って千葉南支部と確執があるんですか?」


「だな。親父の代からだよ」


「あるんだ」


「法武術に関しては流派が多数あってね。安倍家と三善家はそれぞれ違う流派なんだ。親父の代から自分の流派が一番だ、と譲らなくてね」


「へぇ……。だからって、みんなの前で喧嘩するのは辞めてくださいよ。恥ずかしい」


「すまん」


 うわぁ、珍しいな。素直に謝るなんて。

 いつもこれくらい素直になってくれたら素敵な義兄なんだけどな。


「じゃあ、三善家とは仲が悪いんですか?」


「そういうわけじゃないよ。あいつとは昔からの仲だしな。陰陽道の実力は互いに認めているんだ」


「ふーーん。んじゃあ、法武術だけ、仲が悪いんだ?」


「…………」


 ん?


「それ以外にも、何かあるの?」


「別に……」


 いやいや。


「絶対に何かあるじゃん。んもう。争いは辞めてよね。一応、養女とはいえ身内なんだからさぁ」


 安倍家は陰陽師会の本部を任される本家だ。

 凄まじい金持ちで、他の僧侶からの注目度は高い。

 しかも、彼はイケメンだ。

 ただでさえ注目される人なのにさ。揉め事なんか起きたら余計だって。

 それに海善さんもイケメンだしね。二人が法武術で睨みあってたら目がハートになってる女子たちが大勢いたわ。


「……こんなんじゃあ、海善さんと食事行くのも気を使うよ」


「何? お前……。あれから一緒に行っているのか?」


「え? ああ、まぁ……。誘われてますしね」


「聞いてないが?」


 はぁ?


「なんでいちいち報告する必要があるんですか? 私はもう21だよ? 子供じゃないんです!」


「し、しかしだな。お、お前は安倍家の令嬢なんだぞ」


 令嬢ねぇ。

 柄じゃないんだどな。

 私は部屋に篭ってポテチとコーラを片手にBL乙女ゲーをやっていたいんだわ。


「令嬢にもプライバシーはあるでしょうよ」


「子供の癖に何を生意気に」


「だから21だって!」


 やれやれ。

 まだ保護者の感覚なんだな。


 彼の父。つまり私の義父は3年前に死んでしまった。

 私を養女にしてすぐのことだ。陰陽師の仕事だった。

 それ以来、彼が私の父親代わりなのである。


「義兄妹で仲が良いんだね」


「ああ。海善さん」


「今晩、夕食どうかな? この辺に美味しい焼肉屋があるんだ」


 うお! 焼肉!


「行きます♡」


 瞬間。

 香水の匂いに包まれる。


 はい?


  彌勒みろくさんが私を抱きしめたのだ。


「今日はダメだ。義妹は俺と帰ることになっている」


「ちょ、はぁ?」


 いやいやいや。

 そんな話の流れはなかったでしょうに。


「おいおい。 秘巫子ひみこちゃんは、もう大人なんだぞ?」


 そうだそうだ!

 もっと言ってやってください海善さん!


「恋愛は自由でしょ」


 そうだそうだ! 恋愛はじゆ……、はい!?

 いやいやいや。

 私ゃ、焼肉が食べたいだけじゃあああ!!


「海善。勘違いするなよ。お前との食事を許したのは彼女の後学の為だ。僧侶間の付き合いは今後絶対に必要になるからな。決してそれ以上の関係を許したわけじゃあない」


「まるで父親だな。彼女を束縛するなよ。養女にだって人権はあるんだ」


「お前に関係はないだろう」


「あるさ。僕たちは仲がいいんだから。ね?  秘巫子ひみこちゃん?」


 いやいや。その言い方だとなんかややこしく聞こえますって!!


「お前、海善とそんな仲なのか?」


「あ、あのねぇ!」

 

 友達友達ぃいい!!


「あの素敵な夜のことを忘れてないよね?」


 ホテルの最上階で夕食食べただけーー!


  彌勒みろくさんは私を強く抱き締める。


 ちょ、なんで??


「とにかく! 今日はダメだ。 秘巫子ひみこは俺と帰るんだ」


「やれやれ。シスコンの兄には苦労するね」


「黙れ」


 ええええええ……。

 もうどうなってんだよぉ?





 私は 彌勒みろくさんの運転するロールスロイスに乗っていた。

 車は首都高を走る。

 私は窓から見える景色を眺めるだけ。彼は何も喋らなかった。


 はぁ〜〜。

 なんか怒ってるしぃ……。


「ねぇ。なんか変ですよ? 嫌なことでもあったんですか?」


「べ、別に……」


 なんかありそうなんだけどなぁ……。

 まぁ、彼は経営者だし、安倍家の当主。悩み事は多いんだろうけどさ。


「解決するかはわからないけど。相談くらいは乗りますよ?」


「…………」


 え、無視ですか?

 一応、私は義妹なんだけどな……。

 残念ながら全く可愛くはないが……。

 義妹が心配したら義兄としては嬉しいでしょうが。


「…………」


 なーーんか、悩んでる感じなんだよねぇ。

 まぁ、言えないならいいけどさ。

 私は家に帰ってBL乙女ゲーをするだけだしね。


「今晩……」


「ん? 何?」


「夕食、どうだ?」


 え?


「私とぉ?」


「他に誰がいる」


「いや……。別にいいけどさ」


 珍しいな。


「何年振り?  彌勒みろくさんとご飯なんてさ」


「そんなに経ってないだろう」


「経つ経つ。1年、2年?」


「そんなにはない……。とは思うが……」


「だって、私がアニメーター学院を卒業してからは全然ですよ」


「そうだったか」


「ははは。久しぶりだ」


「何がいい?」


「えーーと。なんでもいいけど」


「パスタか?」


「いいね。えへへ」


「ふふふ」


 車は小洒落たイタリアンレストランに駐車した。

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