第4話 イケメンとディナー

 現代陰陽師はメンタル維持が重要である。

 人の死を扱う事件は毎日のこと。そんな彼らにとって、オフの時間は心を休める貴重な時間なのだ。


 海善は 秘巫子ひみこの住むマンションの前に車を停めた。

 彼の真っ赤なポルシェはワンルームマンションに似つかわしくない。

 前に駐車するだけで通行人から注目を浴びるのだ。


(うはーー。目立つぅ。離れててもわかるや)

「お待たせしました」


「やぁ!」


(はぁ、やれやれ。久しぶりに化粧したわよ)


 彼女の服装はまっ黒いワンピースに黒タイツ。出かける時のデフォルトである。


「見違えたね」


「ども」

(やっぱり 彌勒みろくさんと同じタイプだな。ブランド物のスーツ。さっきは法衣だったけどさ。金髪と合うのはこっちだよね。イケメンすぎでしょ。ほーーら通行人がこっちをジロジロ見てるじゃない)


「すごい車ねぇ……。あの子の彼氏かしら?」

「ふわぁ……。素敵ぃ……」

「イケメン……」

「羨ましぃ……」


(はいはい。私は二次元にしか興味ないからね。別になんとも思ってねぇから)


「ふふふ。嬉しいよ」


「何がですか?」


「綺麗にしてくれてる」


「……普通ですから。出かける時はいつもこうです」

(人が多そうな所、限定だけどね)


「ふふふ。乗って」



(やれやれ。上機嫌だな。……そういえば 彌勒みろくさんからスマホにメッセージが入ってたな)



『今日は飲み過ぎ注意だからな』



(もしかして、海善さんと夕食に行くのを知っているのかな?)


「あのう……。夕食を2人で食べに行くのは義兄に話しましたか?」


「勿論だよ。君は阿部家のお嬢様なんだからさ。お義兄さんの許可は必要だよね」


(あれ……、じゃあやっぱり私を心配してくれているのか?) 


 海善のスーツ姿は、それはもう決まっている。所謂、イケメン、モテ男。モデル、と言われてもおかしくない。


(こんな人が腐女子の私に手を出すとかありえんだろう。ふふふ)


  秘巫子ひみこはニヤつきながら 彌勒みろくに返信を送った。


『海善さんってすごくカッコいいですね』


 すると、即行で返事が返ってきた。


『今日は早く帰るように! 返ったらメッセージをくれ』


(プフーー!! やっぱ心配してんじゃん!! 普段は教育パパみたいな人だからな。そうかそうか、可愛い義妹が心配か。ククク。ならばこういうのはどうだ?)


『今、会話が盛り上がってます。明日、返信します』


『男は狼だからな。気をつけるんだぞ!』


(狼ぃいいーー! アハハハ!! ないないない!! ウケるぅうう!!)


「随分と嬉しそうだね? 何かあったの?」


「ああ、いえいえ。ちょっと義兄にメッセージを送っていただけです」


「仲がいいんだね?」


「ははは。怒られてばっかりですよ」


 夕食は海善が予約をしていた。

 高級ホテルの最上階。

 夜景が見えるレストランである。


(はぇーー。高そうーー)

「あのぅ……。私、そんなに持ち合わせがないのですがぁ?」


「ははは。まさかぁ。僕が誘っているのに出させるわけがないじゃないか」


(いや……。それはシンプルに悪い気がするけど……。ま、いっか。大金持ちみたいだし)

「じゃあ。甘えますね」


「うん」

(気を遣える子なんだなぁ……)


 料理はコースである。

 高級ワインを注がれて乾杯する。


「今日はありがとう。君のおかげで助かったよ」


「大したことはしてませんよ。仕事ですしね」

(ワイン、うまっ)


「ははは。陰陽師の歴史を塗り替えたんだよ。君の力はすごいんだけどね……」


「そうなんですか? それより、私だけお酒飲んでもいいのでしょうか?」


「僕は君を送っていく使命があるからね」


「んじゃ遠慮なく。ゴクゴク。それにしても料理が豪華ですねぇ。写真撮ってもいいですか?」


「ふふふ。どうぞ」


カシャッ!


(うは。これは記念になる)


「インズタとかヅイッターやってるの?」


「ええ。まぁ」

(ゲームとアニメのことしか呟かない、オタ専門のアカウントだけどな)


「じゃあ、その写真を載せるんだね。所謂、映えるってヤツだ」


「あはは」

(載せるわけねぇじゃん。記念だよ)


 豪華な食事に美味い酒。

 窓からは綺麗な夜景が一望できる。


「あ、そうだ。あの呪われてた子。お父さん、死んじゃったんですよね? その後どうなるんです?」


「母親がいるからなんとかなるとは思うよ。今は病院で治療中さ」


「そうですか。それなら少し安心ですね。それにしても酷いな。人を呪うなんて」


「現在は調査中さ。呪いをかけた存在はまだわからない」


「そうですか。早く解決するといいですね」


「うん。まぁ、時間はかかるよね。それに職業柄、依頼人を心配し過ぎるとメンタルが病んじゃうよ。今は仕事のことは忘れようよ」


「ですね」


「さぁ、飲もう」


「はい♪」


  秘巫子ひみこはほろ酔い状態。上機嫌である。

 海善の表の仕事がモデル業と知ると合点がいった。


「だから、そんなにカッコいいんですね!」


「ははは。まぁ、見られる仕事だからね」

 

 話は深まり。

 互いの趣味の話題にもなると、


「ゲームです。私はゲーマーなんですよ」


 自己開示は豪快になる。


「へぇ。意外だね」


「1日中、部屋に篭ってプレイするんですよ」


「そうなんだ」

(とはいえ。陰陽道の天才だからな。やはり勉学は毎日しているのだろう。ゲームは息抜き程度に違いない)


「1人暮らしですからね。孤児院じゃできなかったゲームがやり放題なんですよ!」


「でも、対戦できないんじゃないの? 僕が相手をしてあげよっか?」


「そういうゲームじゃないですよ」


「ああ。RPGみたいなヤツだ。ドラグエとかボケモンみたいな」


「…………ま、まぁ、そんな感じです」

(BL乙女ゲーなんだけどな)


 酔っていても一線は超えない 秘巫子ひみこであった。


 食事を終え、海善が彼女を家に送ったころには23時を超えていた。


「すっかり遅くなっちゃったね」


「たくさんご馳走になりました。ありがとうございます」


「これは解呪のお礼だから」


「ははは。役得だ」


「……また誘ってもいい?」


「悪いですよ。あんな高いご飯。破産しますよ?」


「ははは」


「もっと安い所なら付き合いますよ」


「……優しいんだね」


「大衆レストランの方が食べ慣れてるだけです。ふふふ」


「…………」


「どうかしましたか? 私の顔に何かついてます?」


「……あ、いや」


「酔ってますからね。真っ赤っかでしょ。ふふふ」


「…………」


「ん? なにか??」


「あ、いや。じゃあ、おやすみ」


「はい。おやすみなさい。今日はご馳走さまでした」

(フハーー! いい酒飲んだぁ! ご飯も美味かったし。最高ぉ♪ 海善さんとの会話は楽しかったしな。初めはいけすかないイケメンだと思ったけどさ。話すと気さくでいい人だったわ。ふふふ)


 海善は車を運転しながらドキドキしていた。


(なんだ。この胸のときめきは? 彼女の笑顔が頭から離れないぞ。女の子にこんな気持ちになったのは初めてかもしれない……)


  秘巫子ひみこは携帯を見た。

 そこには 彌勒みろくからのメッセージが入っていた。


『もう、家には帰ったのか?』


 直ぐに返信はできた。しかし、ニヤリと笑うとそのままベッドにダイブする。


「ぐがぁああ……。Z Z Z」


 彼に返信したのは次の日の昼だった。

 怒りのメッセージが返ってきたが、 秘巫子ひみこは腹を抱えて笑うだけだった。

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