第3話 海善の思惑

 成長する呪いにより父親を殺害した少年は、 秘巫子ひみこの活躍によって解呪された。

 三善 海善は現場の後処理を担当する。

 しかし、頭の中は 秘巫子ひみこの力のことで一杯だった。


(どうやってあんな力を身につけたんだ?? 一千年以上もの歴史がある陰陽道を改善するなんて……。まだ信じられない。一体どうやって??)


秘巫子ひみこさん。この後のご予定は?」


「はい?」

(いや、家に帰ってBL乙女ゲーをやるに決まってるじゃん。エロイベントで止まってんだからさぁ)


「良ければ家までお送りしますよ?」


「いえいえ。義兄に送ってもらいます」

(リアルイケメンに興味はねぇんだ)


 海善は部下に処理の指示を出しながら 秘巫子ひみこの義兄、 彌勒みろくに話した。


「義妹さんに興味がある。少しいいかい?」


「ふっ。みんなそうなる。彼女の力を知るとな」


「夕食に誘いたいのだがいいだろうか?」


秘巫子ひみこを?」

(陰陽師会きっての色男が 秘巫子ひみこと夕食……)


「ああ。ゆっくりと話がしたいんだ」


「まぁ……。別に構わんが──」

(念のため、確認はしておくか)


「──手は出すなよ?」


「おいおい。僕にそんな気はないよ」


「彼女はあんな見た目だ。……わかってはいるがな。一応は安倍家の養女なんだ。当主としても悪い虫がつくのは困る」


「手厳しいな。僕はそんな人間じゃないさ」


「どうだか?」


「そっちだって、女性の噂はことかかないぞ? 他人事みたいに言うなよな」


「ふん。俺はモテるからな。仕方がないんだ」


「そうですか。それはそれは」


「とにかく。 秘巫子ひみこには手は出すな」


「だから、出しませんて。食事だけですから」


  彌勒みろくは少し不機嫌になった。

 こんな気持ちは初めてである。


(なんだこの気持ち……。おかしいな? 思えば 秘巫子ひみこが異性と絡むのは初めてだよな……。も、もしかして、俺は心配しているのか? いや、そんなはずはない。安倍家の情報が漏れるのを心配しているだけにすぎん。そもそも 秘巫子ひみこはあの見た目だぞ……」


チラ……。

 

 そこにはスッピンで保護色のジャケットを身に纏った女が立つ。


(ないない。絶対にないよな。ノーメイクのジーパン女だ。陰陽師会きっての色男、海善がな……。そんなまさかだ。ふふふ。俺も焼きがまわったな)


「おい 秘巫子ひみこ。俺はこのあと仕事があるんだ。悪いが送ることができない」


「ええええ!? 無責任ーー」


「着信を無視する女に無責任呼ばわりされる覚えはないが?」


「うぐ」


「海善に頼んでいる。彼に送ってもらえ」


「えええええ〜〜」

(さっき断ったのにぃ〜〜。電車で帰ろうかな)


「あーー、それとだな」


「なんですか?」


「酒はほどほどにな」


「はぁ?」


「それから……。コホン。は、早く家には帰るように」


「んん?」

(なんの話だ?)


「じゃあな。気をつけて帰れ」


「はぁ……」

(なんのこっちゃ?)


 海善はニコリと笑う。


「じゃあ 秘巫子ひみこちゃん。帰ろっか♪」


「え……?」

(いきなり、ちゃん付けかよ! さっきは「さん」付けだったのにぃ。チャラァ〜〜)


「あはは。私……、電車で帰ろうっかなぁ」


「そうなの? ここから駅まではバスを乗り継ぐけど大丈夫? 君の家までは1時間以上かかるんじゃないかな?」


「あはは……」

(それは面倒臭いな)


「車なら30分だけど?」


「うう……。で、では、お願いできますか?」


「任せて♪」



  秘巫子ひみこは海善の車を見て驚いた。


「ポ、ポルシェですか……」


「うん。好きなんだ」


彌勒みろくさんはロールスロイスだしな……。男って、どうしてこう高い車を乗りたがるんだろう?)


「遠慮せずに乗って」


(腐女子とポルシェ。似合わねぇーー)


「海善さんはお金持ちなんですか?」


「ははは。陰陽師で貧乏はいないよ。恵方がわかるんだからさ」


「ああ。方角の陰陽道ですね」


「あれ? 天才陰陽師でもそれは知らないの?」


「私が得意なのは解呪だけですから」

(あと、天才じゃねぇし)


「そっか。じゃあ少し説明するとね。恵方巻きって知ってるよね?」


「はい。巻き寿司を食べるヤツですよね?」


「そうそれ。あれってめでたい方角に向かって食べるじゃない」


「ですね」


「そのめでたい方角ってのが恵方のことでね。毎日わかるのが陰陽師なんだ」


「ああ。じゃあ恵方に向けて仕事をすれば大成功ってことですね」


「そういうこと。だから僕の家系は財閥なのさ」


(なるほど。だから、 彌勒みろくさんもあんなに金持ってんのか)


「君はどうやって陰陽道を身につけたの?」


「私のは生まれつきです。妖怪とか幽霊とか見える人だったんで」


「へぇ……」

(天賦の才能か……。ますます興味深いな)


 車は 秘巫子ひみこのマンションに到着した。


「ありがとうございます」

(ひゃっほーー! ゲームざんまいじゃぁああ!)


「あーー。良かったら夕食を一緒にどうかな?」


「あ、いえ。忙しいのでご遠慮します」

(ゲームをやりたいのよ!)


「そ、そうか……」

(うーーむ。やはり陰陽道の勉強をするのだろうな。彼女は一般人から阿部家に養女になったというからな。たとえ天賦の才とはいえ、努力なくしてあの力はあり得ない)


「勤勉だね……。無理は体に毒だよ」


「はい?」

(まぁ、夜更かしするつもりだけどさ)


「やっぱり僕なんかが誘ったら迷惑だよね?」


「あ、いや。そんなことはないですけど……」

(そんな悲しい顔されても困るって)


「今日は君のおかげで大勢の命が助かったからね。せめて……夕食をご馳走させて欲しいんだ……」


 と、更に悲しげな表情を見せる。


「わ、わかりました。夕食だけですよ」

(そんな泣きそうなチワワみたいな顔されたら断れないっての!)


「本当!? やったーー! ありがとう!! すごく嬉しいよ」


(うう。化粧しないといけないじゃん)


「じゃあ、夕方に迎えに来るよ♪」


「は、はい」

(エロイベントがぁ……)


(ふふふ。最高の展開だ。安倍  秘巫子ひみこ。君のマンションは僕の家から恵方に位置するんだよ。君は間違いなく僕に幸福をもたらす女性だ)

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