Side B

ガーベラジュビリーイントロダクション!

Side B

 今日もインターネットは140文字以内のラブレターと遺言書が行き交っている。後部座席の読書灯で僕はそれを一枚一枚読んで、あたかも読んでいないふりをして、光を消す。ニカラグアの葉巻の匂いをコノリー・レザーに浸す。高速道路のパーキングエリア封鎖の表示から誰かの舌打ちが聞こえる。


 左後部座席の私に右の彼は話しかける。彼は私自身のSide Bだ。私の人生のB面だ。ビートルズのアビー・ロードで言うならば私は「カム・トゥゲザー」から始まるが隣のB面の私は「ヒア・カムズ・サン」から始まる。「ヒア・カムズ・サン」から「ハー・マジェスティ」、いや……実際のところ「ジ・エンド」で終わるB面の私......紛らわしいから「彼」にしよう。

 彼は私にこう訊いてくる。「人生はうまくいっているかい?」 

 「失礼な質問だ」 

 私は答える。「すべてうまくいっている」

 「しっかりと君には<帰る道>はあるかい?」

 「<ゴールデン・スランバー>の歌詞を引用しない方がいい」

 私は葉巻の火を揺らしながら彼をにらむ。「B面ごときが私の人生にがたがた口出しをするな」

 私はこう続ける。「私は私の世界の王様さ。誰にも口出しされていない。世界は私中心で回っている。毎日自分の好きなように騒いではしゃいで生きているんだ。誰も俺様に指図できない」

 「君こそ<オクトパス・ガーデン>の歌詞の引用は控えた方がいいと思うぜ。私のことを批判しない方がいい」

 「君こそ......人のことは批判しない方がいい」

 私は車窓に移るガスタンクに視線を移す「この世界で私に指図する人間は君だけだ」

 「そりゃ、君の人生の<B面>ですからね」

 彼はどこか誇らしげに言う。彼はジャガーの運転手に口出しをする。「もう少しスピードを上げてくれ。そんなに遅いスピードでは打ち合わせの中国人にケチをつけられる。王である俺たちがパンダより遅いのは不名誉だ」 

 運転手は頷くと車線を変更してアクセルを強める。大型のバスや軽自動車を追い越す。エンジンの音は唸りをあげる。灰色のハイエースを追い越してすぐにまた車線を変える。

 「いいかい。A面君」 彼は私にこう言う。

 「幸い私のB面には<ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー>という素敵な歌があるんだ。その歌では私たちのことをうたっているんだ」

 彼は後部座席のピクニックテーブルを誇らしげに広げる。シャンパングラスにシャンパン......ではなくウイスキーを入れている。シングルモルトスコッチの独特の香りが漂う。

 「どうだい......私たちは......。今やこんなに最高のコノリー・レザーに酔いながら下界の馬鹿どもを見下しながら昼から酒だよ。大きな夢を叶えたのさ。ちょっと前までそれこそ<クビになった労働者の月曜日の朝>だったのに今では曜日関係なしに自分が最高で仕方ない日々だよ。もう黄色いトラックなんて見る必要がない。魔法の様さ......。いいかい......君も不必要なことはすべて忘れるがいい。ビートルズと同じさ。過去の悲しみを背負う必要なないのさ。囚われる必要もないのさ......」

 彼は窓を開ける。冷たい風が目に染みる。風切り音が鳴る。彼は機嫌よくグラスのウイスキーを飲み干す。とても顔色が良い。酒にも車にも自分にも酔っているようだ。

 「だって......考えてみろよ......。おまえのことを見捨てた女はくそくだらない社会の歯車に狂わされている。カラオケの平日限定クーポンみたいな安い女さ。おまえの美談は言われてみれば美しいのかもしれないのだけれどメルセデス・ベンツの曲線には適わないぜ。おまえが救ってあげようとしたクズはもっとクズになったんだぜ。借金を日本の連帯保証人制度を使って押し付けるクズさ。市営団地と炊き出しがお似合いの高齢者さ。しかもおまえはそいつの子供とは思えないくらいこの世の王様にふさわしい風格さ。今じゃデカいブランドバッグに最高の読書灯付きのコノリー・レザーさ。言葉を吐いて神様を引きずり下ろしたイケている男さ」 

 B面の彼は奇声をあげる。甲高い声だ。声は高速道路の風に流される。 「こんな声だって出せる。カネコアヤノよりもデカくて高い声さ。しかも考えてみろよ。カネコアヤノはウイスキーにコノリー・レザーに酔っていないんだぜ。病んでいる奴らに共感の歌詞を与えて武道館さ。俺らはロレックスとスーパーカー見せびらかして神様を二番目にしたのさ。武道館は俺様のソブリンの車内に比べてしまえばガキどもの集まりと大して変わらない。」

 彼はさらに暴れる。運転手に大きな声で命令する。

 「もっとスピードを上げろよ!もっと出せ!」 

 運転手は踏み込む。後方に車体が引っ張られ、景色が流れる。

 大きな鉄の車体が派手に加速する。

 しかし彼は容赦しない。

 「もっと出せ!もっと出せよ!踏める!クラクションも鳴らせよ!!!」 

 クインテットのようなクラクションが鳴り響く。エンジン音が増して車体は大きく揺れる。

 「もっと出せよ!そんなスピードじゃ涙は吹っ飛ばないぞ!!!」 

 気が付いたら雨は止んでいた。そもそも雨が降っていたことに気が付いていなかった。けれど地面は濡れているし、黒い雲の隙間から日差しが見える。

 「もっと飛ばせ!涙を消し去れ!!!」


 今日もインターネットは140文字以内のラブレターと遺言書が行き交っている。後部座席の読書灯で僕はそれを一枚一枚読んで、あたかも読んでいないふりをして、光を消す。ニカラグアの葉巻の匂いをコノリー・レザーに浸す。高速道路のパーキングエリア封鎖の表示から誰かの舌打ちが聞こえる。


 私はあの日の運転手の顔を覚えていない。けれど、ひとつだけ覚えている。私にどこか似ていて、私より老けていた。そして私と同じ眼鏡をかけていた。黒のロイド眼鏡だ。

 あの日の運転手はB面の私ではなくて、未来の私だったのかもしれない。

 彼がダブルシックスを加速して涙を吹き飛ばしてくれた。

 

 今日も晴れている。雨は降ってほしくない。

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