第31話

 コラボ当日になった。

 京浜東北線で一時間。

 さらに車で移動。

 川崎港からフェリーに乗る。

 もう埼玉関係ないやん。

 それにしても海はいい。

 海は本当にいい。

 埼玉には存在しないからな。

 隕石落ちて埼玉湾出現しないかな?

 東京沈むけど。

 埼玉県民のひがみ終わり。

 フェリーは豪華客船だった。

 聞いた話じゃ新事業とコラボの報道をするためだけに出した船で、今回は遠くには行かないらしい。

 ゾンビが出そうな内装だ。

 船につくとVIP搭乗口に案内された。

 そのままマネちゃんと紫苑に更衣室へ連れて行かれドレスを着せられる。

 顔はベールで隠される。

 純白のドレス。

 食事できないな。

 こぼしたら悲惨なことになる。

 いきなりテンション下がったぞ。

 しかたない。

 ゲームコーナーで俺が幼児のころやってたアニメのぬいぐるみでも。

 ……え? だめ? 了解。

 歌は頭に入ってる。

 今回楽器は触らない。

 いきなりだから練習足らない訳よ。

 レコーディングする前にお披露目だけ。

 ギターは持ってきたけど。


「ラーナちゃん……足開いて座らない!」


 紫苑に怒られる。

 今日の俺はラーナちゃんである。


「だって暑いじゃん! なにこのスカート。中までレースあるし!」


 スカートぱたぱた。


「ファン付き作業服寄こせ!」


「……ラーナちゃん。あれはね。ありえないくらい臭くなるの。汗が乾いてファンに菌がついてにおいが熟成するの? わかる? 夏場のエアコン設置したあとでコンビニ入ったら自分のにおいで死にそうになるの……」


 お、おう。

 そうなのか?


「はい、みんな行くよ!」


 紫苑とマネちゃんと三人だったが、他のメンバーも合流。

 リンにモカに……清水……お前なんでいるの?


「ファンだから……スタッフ権限で潜り込んだ」


 ばっちい笑顔やめろ。


「あれ……? あそこ見て」


 紫苑が指さす方向を見る。

 真田がいた。

 めっちゃおめかしした真田がいた。


「なして真田がいる!?」


 俺はスッと角に隠れる。


「真田さんはいいとこのお嬢。病気で中学受験コケなければ大学付属校に行ってた。我らとは相容れぬ生き物」

 そういや、おたふく風邪で入院して中学受験失敗したって言ってたな。

 予防接種しても抗体ができにくい体質らしい。

 いや、待て……。


「なぜ真田の個人情報を知っている?」


「プロのストーカーは全てを知っている。そう勉強以外は! 私たちは仲間!」


「……真田。俺、成績上位者だぞ」


「エカちゃんと私を【我ら】と言っている」


「否定はできないけど清水さんほど成績に問題ないよ」


 そうだ、そうだ!

 紫苑は見栄のためなら限界を突破する女なんだぞ!


「この裏切者め!」


「ウザ絡みすぎる」


 真田を避けて行こうとした。

 ところが真田はテカテカのお出かけ用の靴。

 特にヒールが高いわけでもないが……コケそうに。

 ……支えてしまった。


「あ、あの……きれいな人……じゃなくて、ありがとうございます! って、ラーナちゃん!?」


「大丈夫でした? お気をつけて。ではご機嫌よう」


 あわてて胡散臭いお嬢さま言葉を放って逃亡。

 やべえ、女装を見破られたら何を言われるか。

 ラーナと俺が同一人物だとわかったら。

 ……卒業までいじり倒されるぞ。


「なんで清水さんが一緒に……あやしい……」


 俺は何も聞いてないぞ!

 関係者用の通路に入りエレベーターでホールに向かう。

 ホール近くの控え室にはホールを映すディスプレイがあった。

 ホールにはマスコミが押し寄せていた。

 カメラが何台も設置され、俺たちの登場を待っていた。


「きっとラーナちゃんを待ってるんだよ♪」


 紫苑がゆるくつぶやいた。


「いや、ねえだろ。企業の発表だから人が来てるんだろよ。いくら親の七光りでもねーわー。」


 ねーわー。

 デビューしたばかりのタレントにこんなに取材が来るなんてねーわー。

 ところがマネちゃんが真面目な声を出す。


「いえ、完全にラーナちゃん目当てですよ。話題もありますが、圧倒的な音響兵器ですし」


 歌唱力と言われない。オレ、カナシイ。


「とにかく行きましょう。はい、みんなも準備」


 みんな顔にベールつき帽子を被る。

 ドレス姿の覆面バンドである。

 ホールの裏で待つ。

 肩に力が入っていたので肩甲骨をほぐす。

 司会者が新しい航路とかサービスの話をしている。

 旅なんてあまりしてないのでよくわからん。

 とにかく俺がCMに出るらしい。

 準備運動してると呼ばれる。


「アスタ・ラ・ビスタのみなさんです!」


 はーい、とステージに出る。

 歓声が上がった。

 このドレス映えるなあ。

 全裸になって全てをぶち壊したいという欲望を押さえ込み手を振る。

 歓声が大きくなった。


「ラーナです♪」


 女声でしゃべる。女声と言ってるが普段の声だ。

 本気のデスボイスで場をメチャクチャにしたい!!!

 その欲望も抑え込む。

 紫苑も「エカテリーナです♪」と挨拶する。

 君らは芸名変えないのか……。俺だけか……。

 三人ともすごい美女、美少女なわけだが。

 特に大人組!

 メイクで別人を錬成した!

 神か!?

 司会の人が曲の発表などをしている。

 まだ練習ほとんどしてない曲が宣伝される不思議。

 本当に時間がなくて気合でごまかしてるんだろうな。


「では次に特技。ラーナさん、例のやってください」


 はい。グラス割り。

 声を出してグラスを割る。

 こんな宴会芸に客がわいた。

 よかった。滑らなかった。


「ラーナさんはギターも上手なんですよ~。好きなバンドは」


 あ、なんて答えるんだっけ?

 ……忘れた。

 えっと親父の好きなバンドだったな。たしか。


「初期メンバー全員脱退後のナパー○デス……じゃなくてママの曲が大好きです!」


 言った後で思い出した。

 紫苑がにらんでる。

 ど忘れしちゃったのよ。


「アスタ・ラ・ビスタのみなさんありがとうございました」


 裏に移動。


「……では質疑応答を」


 俺たちに直接質問されたらボロが出る。

 そそくさと逃げる。


「ふう、疲れた」


「お疲れー。危なかったけど無事終わったね」


 本当に。

 上で着替えたらクレーンゲームでもするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る