第56話 喰い殺せ

 子喬を喰い殺す?

 長牙は、チラリと子喬を見る。


 生意気だが、まだまだあどけない少年の顔。眼差しの明るい光は、子喬の心根の真っ直ぐさを現しているかのようだ。


 できる訳がない。


 それに、子喬が何か悪いことをしたわけではない。強いて言えば、蓮華をクソババア呼ばわりしたことくらい? どうしよう。


 ここで出来ないと言えば、天帝は三人まとめて殺すのだろうか?

 ならば、子喬一人を犠牲にして……いやいや、出来る訳がない。


「や、やりたければやれば良いだろう!」


 子喬が無茶なことを言う。


「いや、私は由緒ある白虎の一族の末裔。西王母にお仕えする者ですよ? そんな、子どもを喰らうだなんて、とても出来ませんよ!」

「出来ぬか? ただの無力な子どもだぞ?」


 天帝の視線は厳しい。

 だが、出来ないものは出来ない。

 無力だから殺して良いなんて、思わない。

 そもそも、子喬は無力ではない。


「そうだわ! 長牙。喰らえないなら、肩の辺りにでも一噛みして転がしておけば、いかがですか? 何の取り柄もない子どものことです。そのまま野垂れ死にますよ!」


 ポンッと蓮華が手を打つ。


 蓮華様まで無茶を……。

 怖いから! 


 待てよ。何の取り柄もない? 子喬が?

 あの水月様を生かす仙薬を作ったのは、誰だ。桃華様を救った仙薬を作ったのは、誰だ?


 そう……か。


「わ、わわ分かりました。この長牙、天帝様に従うためなら、信念を曲げて、無礼な子どもを噛み捨てて見せましょう!」

「フハ! それで良い!」


 長牙の言葉に天帝が喜ぶ。

 何が、「それで良い」だ! 何一つよくはない。

 

 残忍な天帝の心根が見え隠れしている。

 本来、水月と同じ性質である死を司る仙力を持つ天帝は、死を司るからこその慈愛を持つものではなかったか。

 そう、仙人界を統べる水月のように。

 やはり、蚩尤の国の桃李といい、何かが狂っている。


ーーしかし……。

 

 子喬を一噛みとは言ったものの、本当に大丈夫なのか不安はある。

 

 長牙の前足が迷いで震える。

 致命傷にならないように……狙いを間違えないように。牙先が狂えば、子喬の命は一瞬でその灯火を消してしまうだろう。


 迷う長牙に、子喬が拾った小石を投げつけてくる。


「臆病デカ猫め!! 丸焼きにしてやる!」


 子喬の手から小さい炎が吹き上がり長牙に投げつけられる。

 もちろん、千里を一夜で走り抜ける素早さを持つ長牙には、当たらない。


 攻撃を続ける子喬の懐に、あっさりと長牙は入り込む。

 虎の鋭い瞳に見つめられて、子喬の体がビクンと震える。

 

 長牙の牙が深く子喬の肩に食い込み、子どもの柔らかい体から、鮮血が溢れ出て長牙の口を赤く染める。


 子喬は、気を失ってその場に倒れた。

 長牙は、白い毛皮を子喬の返り血で染め、咆哮した。

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