第55話 八方ふさがり

 水月と同じ顔。

 水月よりも柔和に見える微笑みを浮かべている。


 だが、なぜか信用出来ない。

 長牙は警戒する。


「仙女達は? 崑崙山へ避難したはずの仙女達は?」


 蓮華の声が上ずっている。

 蓮華が仲間の仙女を心配しているのだ。


「安心しろ。天界に避難させている。皆、私の言うことを正しく信じてくれている」


 相変わらず柔和な微笑みを浮かべる天帝。


「う、うさんくせぇぞ!! このニセ水月様が!!」


 子喬が天帝に言い返す。

 

「お前が、仙人の国を攻めて来たんだ!! 水月様を返せ!!」

「仙人の国!」


 天帝が鼻で笑う。


「正直、これほどまでに仙人達のレベルが落ちているのかと、失望した。その仙力の低レベルさだけではない。世の理を見抜く力、それが確実に欠如している。天帝である私が動いているというのに、なぜ水月につく? 沈む泥舟に乗る?」

「うるせえ!! お前は、姿形が似ているだけで、お優しい水月様とは、まるで違う!! 水月様に深い恩義がある俺たちが、天帝なんかの言いなりになるわけがないだろ!!」

「馬鹿な小僧だ」


 子喬の目には、涙が浮かんでいる。

 水月が瀕死になった戦いを思い出したのだろう。


 早くしなければ。

 水月が本当に死んでしまう。

 長牙が焦る。だが、せっかく崑崙山に来たのに、そこに満ちているはずの気がない。


 桃華がいれば、それでも桃の種に生気を与えてやれるのかもしれないが、蓮華では力不足だ。


 ここ、崑崙山では千年の桃は作れず、目の前には、水月の敵である天帝が立ちはだかっている。

 八方塞がりだ。


「従いましょう。長牙!!」

「蓮華様??」


 思わぬ蓮華の提案に、長牙は声が裏返る。


「ここは、天帝様に従う他ないではありませんか」

「で、ですが!!」

「蓮華様!! 何でだよ!!」


 子喬も混乱している。


「だって、それ以外に術はないでしょう? もはや、水月様は負けたのです。私たちだけジタバタして、何になると言うのですか?」

「蓮華様……」

「私達は、味方になってくれそうな仙女を探してここまで来ましたが、どうもそれは無理そうです」


 あれ? 桃の種のことを隠している?

 はたとそのことに気づいて蓮華の顔をみれば、蓮華が長牙にウインクする。

 天帝の味方になったフリをするということか。


「天帝様、無礼失礼いたしました」


 蓮華は、恭しく天帝の前に跪く。


「嫌だ!! 絶対に嫌だ!!」


 蓮華の意図を読み取れない子喬が、まだ反抗する。


「この馬鹿仙女!! くそババア!! 裏切り者!!」

「ババア? まあ!!」


 どうしよう。

 子喬に蓮華の意図を告げる術がない。

 蓮華に裏切られたと思った子喬の罵詈雑言が、どんどん酷くなる。

 蓮華と子喬の間に挟まれて、長牙はオロオロする。


「はっはっは!! どうやら、仙女の方が仙人よりも賢いようだね」


 楽しそうに天帝が笑っている。

 突然の蓮華の裏切り発言。

 天帝が信用するか心配だったが、子喬の誤解が意外と功を奏しているようだ。


「長牙!! その無礼な仙人の子を喰い殺せ!!」

「ええ!!」

「そうでなければ、信じないぞ?」


 甘かった。

 天帝を騙すなんて、そんな容易ではなかったようだ。


 


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