七膳目:八月某日(日)秋の足音は、一度聞こえて遠ざかる

 くつくつ、ことこと。


 ジュウ、ジュワ、ジュジュジュジュ。


 しゅしゅ、しゅうしゅう、ピピ、ピィ――――。




 今日も朝から、三つすべてのコンロで音が鳴る。

 お味噌汁を作る小鍋に、野菜炒めのフライパン。さらに、麦茶用のやかんから色々な音色が奏でられる朝の六時。

 休日にもかかわらず、まだ家族が寝静まっている時刻から台所をフル稼働させている。



 ……ふぅ。それにしても、暑い。



 立秋はとうに過ぎ、お盆も終わったというのに、まだ熱帯夜、いや、熱帯朝が続いている。

 そのため、朝ごはんを作るだけでも額から汗がぽたり、いや、ぼたぼたぼたりと落ちる状態になっていた。

 せっかく、数日前に朝晩の涼しさを少し感じるようになったと思ったのに、また蒸し暑さが盛り返してきた感じだ。



 早く、秋を感じたいのに。

 早く、秋の味覚を思いっきり味わいたいのに。



 昔は、食に関して特に季節感を意識することなく、食べたいものを食べたい時に口に入れていた気がするが、歳を重ねるごとに季節の物はその時期に合わせて体に入れたくなってきた。

 作りたいものも、また然り。体が『今はこれを作りたい』と欲するのだ。

 そしていつもならば、この時期はすでに秋の気配を感じるようになるため、炊き込みご飯や栗ご飯、さんまの塩焼きや鮭のホイル焼、サツマイモやきのこづくしの料理を作りたくなるのだが、今はいっこうにその気持ちが出てこない。


 食欲の秋が訪れる気配はなく、一度聞こえたかに思えた秋の足音は、あっという間に遠ざかってしまったようだ。



 ……はぁ。いつになったら、秋の匂いを感じられるようになるのか。



 そんなことを考えていると、リビングにある丸い壁掛け時計はあっという間に寝ぼすけ坊主を起こす時間を指していた。

 カレンダーは休日を示していても、受験生の寝ぼすけ坊主にとっては関係なし。

 今日もほぼ丸一日、塾で缶詰めとなるスケジュールだ。

 急いでお弁当を詰め、水筒に氷たっぷりの麦茶を入れなくては。



「おはよう。ご飯ですよ」



 一日、お疲れ様。

 今日も元気に、いってらっしゃい。

 

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