Lesson24. この世界のことはすべて決まっている。
受験会場の大学に向かう電車のなか、野間がさかさまに書いた赤ペンのめだつ参考書を開いたまま、高校時代のことを思い出していた。けっこういろんなことがあった気がするけれど、なぜかいま思い出せるのは、昼休みのあのバスケットボールだった。福井さんのしつこいスッポンディフェンス、野間の低いところでつくいやらしいドリブル、高橋くんの誰よりも高くとぶリバウンド、甘井ちゃんのダブルハンドで放つきれいなシュート。それを見ているのがいっとうに好きだった。というのにやっと気づいて、こんなの青春じゃない、と涙ぐんだが、じゃあ一体なんだったんだろう。
(走ればよくない?)
いつか野間はそう教えてくれた。コタツを囲んで受験勉強してるときだったから、冬で、そう遠くない記憶だった。あの映画の件で疎遠になるちょっと前だったかもしれない。
(どんくさくてもさあ、行けるどこかがあるんなら、走ればいいよ)
受験とか、将来の不安をうったえた僕に(それほど本気で言ったわけではなかった)、野間はノートをこする手元を止めて、ココアかなにかを啜ったあと、そう教えてくれた。
(新立のいいところは、ぜんぶ知ってる。わるいところも、よわいところも、ずるいところも、ひっくるめて、いい奴だなあ、と思ってるよ。だからさあ、走ればいいよ。パスは出すから)
野間が仕方なさそうにわらいながら言った「いい奴」という言葉は、僕が彼女にかんじていたそれと違い、前に余計なものがなにもついてなかった。
どうしたらよかったんだろう、と、いまわのペニスみたいに泣きながら考えた。でも僕らに考えることのできるものなんて、すごくちっぽけで、いつかほかの誰かが考えたみたいにありふれてる。そんなんじゃだめだ、って叱ってくれたのがティーチャーで、やっぱり分からない。なにを変えればよかったんだろう。この世界のことはすべてあらかじめ決まっていて、僕らはそれをなぞってるだけ、それを変えたいと思うことすら、変えようと試みることですら、あらかじめ決まっていることだ、と教えてくれたのは、誰だっただろう。あの小説家のようだった口調を思い出している。
変えられたんだろうか。いつ。どこで?
高橋くんの「嫁」と話したとき?
福井さんの小指のくだりを聴いたとき?
甘井ちゃんがエンコーをしてると知ったとき?
そのどれでもない、あえていえば、野間の。
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