Lesson10. 野間の前で格好悪くなりたくない。

 たぶんすごい期待していたと思う。JKが、どうにかしてくれるんじゃないかって。しかし、その日はなかなか来なかった。毎日の、ホームルームの時間のJKは、パンツスーツに包まれた細い脚を組み、左手首にゆるっとした腕時計を絡ませて、モネかなにか印象派の絵画ぐらいぼんやりと外を眺めていた。週に三回程度の、現代文の授業はもっとひどかった。福井さんなんかのとぼけた回答にツッコミを入れて教室を沸かせるのがJKの定番のやり方なのだが、JKのツッコミがもはやボケになってしまっており、福井さんにツッコミ返しを浴びる漫才もかくやという流れに教室は大爆笑だったが、僕は気が気じゃない。大丈夫か、JK。というか、大丈夫じゃないのは僕のほうなんじゃないか。やきもきして、勉強は捗らないし、昼休みのバスケはゴール下すらぜんぜん決まらないしで、散々で、よりによって甘井ちゃんに「どこか体調悪いの?」と心配されてしまいズドンと落ち込む。いったい、どうしたらいいんだ。高橋くんにも野間にも相談できない。といいつつ、高橋くんと一緒に帰る日はいつもより増えて、受験勉強を言い訳に野間の家に入り浸った。けど、甘井ちゃんのエンコーの話は一度もしなかった。僕は誰よりも高橋くんと野間に気を許している。ふたりにそのことを言えば、なにかが切れてしまいそうだった。それはどこかで、あきらめることとも繋がってる。そういう結論が出そうな気がしたのだ。あえていえば、解決にはなりえたかもしれない。結局のところ、僕の心の問題だし。甘井ちゃんの問題じゃない。甘井ちゃんだって、高校三年生なわけで、受験を通じて将来のことを真剣に考えてるわけで、ときにはリベラルよりの政治の話題で保守勢力の強いこの町の未来を憂いたりもする。僕に守られるだけの姫じゃないし、僕は彼女を守ることのできる王子じゃない。そんなことを自称したりすれば、それこそ僕はティーチャーとおなじになるわけで。ずいぶんと勝手な問題で、問題でもないことを問題にしていたのだと気づかされれば、JKにたいしてはやがて申し訳なさが先に立つ。とりあえず余計な心配をさせないよう、受験勉強をがんばろうと思った。就職する福井さんはほっておくとしても、ほかの仲間のなかでは僕の成績がいちばんやばい。成績が飛び抜けていいのは高橋くんで、地方とはいえ旧帝の薬学部が視野に入ってるようだった。だいぶ離されて次いで成績がいいのは甘井ちゃんで、京都の私立なら名門含めてどこでも入れるぐらいの按配らしい。彼女の家はお金もあるわけで、まあ順当な人生プランだと思う。意外とあなどれないのが野間で、理系科目は甘井ちゃんよりも良く、まあ英語と古文が壊滅的だが、入試の科目を選べば偏差値の高い国公立に入れそうな勢いである。いっぽう僕はといえば、地元の国公立、いわゆる駅弁大学でいちばん人気のない理学部でぎりぎりC判定が出せるどうにもうだつが上がらぬ風体だった。だいぶやばい。正直、甘井ちゃんのエンコーを悩めるほどの余裕はない。というか、うっかり浪人でもしようものなら、甘井ちゃんのせいにしてしまいそうだ、というか、するし、そのことは間違いなく野間に見抜かれる。僕は野間のことを好きではないし、野間も僕のことを好きではないだろうけれど、僕は彼女のまえで格好悪くはなりたくないのだ。それが幼なじみというか、とことん格好いいところから格好わるいところまで知り尽くされている相手への矜持という感じがする。まとめていえば、考えることや考えないといけないことが将来というベクトルを向けばいろいろあったわけで、忙しい日々とか気持ちに押し流されているうち、JKに期待することも忘れてしまった。十二月になり、給食の日がやってきた。JKに甘井ちゃんのことを相談した日からだいたい一ヶ月が経ったわけだった。

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