第3話 異世界転生の原理とルールを知る、僕は混乱する

「つきましては、いくつか注意事項があるので、そちらからご案内しますね。」


突然仰々しく手元のiPadの様な薄っぺらい端末をグイッとスワイプアップする。

すると、画面そのものが大きくなり、中央にはでかでかと『転生時の注意事項』と書かれたパワポのスライドの様なものが現れた。


「では、まず『転生三原則』についてご説明しますね!」



その一、転生する際に前世の記憶は初期化される。


前世の記憶を異世界に持ち込まれると、色々と面倒が起きるから、と言う事らしい。

科学が未発展であれば、魔法技術が発達したり、その逆も然りなのだが、その和を乱すと、僕の様なはみ出した魂が増産されるからだそうだ。


その二、異世界での役割の一切を、事前共有してはならない。


共有しない理由は『魂の自主性』によって、世界は成り立っているからということらしい。

ある程度個性に任せ、運用することにより世界は発展できるため、役割の事前通知は御法度なのだと言う。


その三、転生時に望んだスキルが与えられることはない。


これも、世界の理、とやらを乱す可能性が高く、あぶれる魂の増産を防ぐために必須なのだ。


—意外と厳しいな…


それが正直な感想だった。



「僕の世界、チート能力付き転生モノめっちゃくちゃ流行ってたから、スキルも記憶保持も期待してたんですけど…無いんですか?」


そう尋ねると、苦い顔をして天使は答える。


「あー、平たく言うと、あなたがいた世界のアレは、『バグ』なんですよ。昔は、転生者にちょっとしたギフト的にスキルを授けてたんです。ただ…」


それはもう悲惨な話だった。


曰く、スキルを与えられた転生者が、その能力をフル活用して描いた物語が「異世界転生モノ」と呼ばれる物語の出発点だったらしい。


「え、じゃあ、あの有名なスライムの作者さんて…」


「え、そんな最近じゃあ無いですよ。超ヒット作の転生モノって言ったら、あれです!『古事記』です!」


天使はうんうん、うなりながら「あの時は僕もめっちゃくちゃに怒られちゃって」と、回想に耽っている。


「あの事件で『管理者』の方、激怒しちゃって。


ま、そりゃそうですよね、自分とこの世界の理が根底から覆されかねない内容でしたから。当時担当だった僕のところにクレーム来ちゃったんですよ。


だからすぐに原本回収したんですが、すでに写本が出回っちゃってて、結局『管理者』と『責任者』の方たちと協議して、世界の調整をしたんでした!


結局あなたの世界では娯楽の一つとして定着したんで、結果オーライというか。なつかしいなあ…」


—こいつ、大丈夫か…


そう思わずにはいられなかった。しかも『管理者』

ってなんだ?『責任者』もいるのか!?


「すみません、ちょっと脱線しちゃいましたね。次のご案内をいたしましょう!」


そういって、次のスライドへと進む。



『転生の手続き(転生複数回対象者用フロー)』


デリカシーのかけらもないタイトルに、少々イラっとしながらも、天使のプレゼンに耳を傾けるより他ない。


「その一、エントリーシートの記入」


それは得意不得意、直近の世界でどの様に生きてきたかを入力する。


それを元にいくつかの世界からオファーが来るらしい。また、そのオファーと本人の適性を天使が総合的に判断して、次の転生先候補に案内されるのだという。


「そして、次が肝心です。」


仰々しく天使は次のスライドへうつる。


「そのニ、『管理者』と面接をする」


先程の会話に出てきた『管理者』のことだ。

どうやらこれは、世界を管理する守護者の様なもので、各世界に複数人いるらしい。


「基本的にみなさん、大変厳格な方々でその世界にフィットするかどうか、面接時に判断されます。」


その厳格な方々を怒らせたこの天使もなかなかだが…。


「なんだか…、いよいよ転職みたいですね。」


「あはは、言い得て妙ですね。確かにおっしゃる通りです。」


しかしその笑顔も束の間、真剣な眼差しでこちらを覗き込む天使は、こう続けた。


「ここで面接に落ちると、また書類選考からやり直しになります。うまくマッチしないと転生どころか…」


「転生どころか?」


その続きを訪ねようとしたが、しかし、すぐに遮られてしまった。


「いえ、大概の人は一回か二回の面接で決まりますから大丈夫です。

管理者の皆さんも厳しくも優しい方たちです。世界のことを第一に考え魂の採用を行なっていますからね。」


「でも僕、転生3回目ですけど。」


怪訝な顔になっているのが自分でも分かる。この天使、話せば話すほど人を不安にさせる能力がある様だ。


「ごほん、そして管理者面接が終わるといよいよ『責任者』と顔合わせになります!」


「その三、最終面接。まあこれは形式的なモノですね、よっぽど粗相がなければここで落ちることはまず無いです。

簡単な挨拶だと思ってください。管理者の方々とちがって『責任者』さんは、割とどっしり構えてる感じの方が多いので!」


大企業の社長の様なものか、あるいは会長とか、そう言うモノなのだと言う。

天使は何度も、「とにかく管理者を怒らせないこと」について説明を繰り返す。



「では早速、いくつか世界を見繕っていますから、管理者さんの面接にいきましょうか!」


一通りの説明が終わると、天使はパンと手を叩き、目の前のiPadみたいなタブレットを消して、スッと宙に浮き始めた。


「え、ちょ、エントリーシートは!?」


「ああ!そうでした。最近システムを入れ替えましてね…

これ、みてください!」


そう言って差し出された雲のようにフワフワした物体。


「これ、転生クラウドサービスって言って、過去の転生記録や、各人生の情報が紐づいて一括管理されてるんです!


これのおかげで、エントリーシートの作成はほぼほぼ不要になりましてね。」


なんだかどこかで聞いた様なサービスである。


「ほら、この雲みたいなところのはじっこ、つまんで引っ張ってみてください。」


言われるがまま、薄い金色を帯びたようなフワフワした雲のはじっこを摘むと、解ける様に一般の糸となって飛び出してくる。


—こ、これは…!


『いや、興味ないですね。今の会社にはまだ僕のやるべきことがあると思っているので。』


スルリと脳裏に蘇ったのは、随分前に大学の先輩から、とある大手食品メーカーの管理部に破格の年収でオファーされた時の記憶だ。


—まてまて、まさかこれを断ったから今ここにいるってことか!?


そのことに合点がいったときには、すでに天使に腕を掴まれズルズルと引きずられる様に面接会場へ向かわされるのであった




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