第12話

 時は過ぎ、俺は遂に美佳と会う事が決定した。心の中では未だに美佳に会える喜びと嫌われていないかという不安が錯綜している。



 あの後、俺の容態が回復するようになってから家族揃ってよく面会に来てくれるようになった。勿論その中に美佳は居ない。理由はやはり聞けなかった。美佳が俺と離婚したがっている可能性もあったし両家家族の意向で離婚を進めている可能性もあった。そんなネガティブな状況下で『美佳ともう一度……なんて』言い出せなかった。

 でも話がしたいという欲だけはどうしても抑えられなかったので頼み込んだ。

 みんな顔を少し歪めたが退院祝いだ。という事で渋々ではあるが了承してくれた。



 家の前に着いた。俺と美佳がずっと一緒に住んでいたものだ。この外観を見るだけであらゆる思い出が甦って来る。


 家の中に入るといつもとほとんど変わらない光景が広がってた。だがいつからなのか分からないが思い出の写真がなかった。さらに美佳の姿もない。それを見て俺は離婚の準備は刻一刻と迫っていると確信してしまった。今自分が何を考えているのか分からない、でも美佳とこれ以上関わることが出来ないと考えるだけでそれは絶対に嫌だと心が訴えて来るのは分かる。



 この家まで連れて来てくれた皆に美佳と二人で話したいからと伝えてから美佳が居るらしい寝室へ一人で向かった。


 ドアをゆっくり開き、寝室の中へ一歩また一歩と歩みを進める。座った状態で布団を被っただろう塊がベットの上にあったので俺は話しかける事を決めた。


「あ、あの、美佳?であってるよね」


 俺の質問に返事をするかのように布団がもぞもぞと前後に揺れる。


「あのさ、もしかして離婚の準備とか進めてる?」


 今度は布団が前後に動くわけではなく布団を捲った場所から美佳の顔が覗いた。

 髪は布団を被っていたせいかボサボサで、口紅は少し滲んで口周りにはみ出しており、目元のメイクもまた滲んでいる。

 布団を捲っただけで未だ俺の質問への回答がない。


「美佳。ハ、ハグがしたい……」


 唐突だが俺はハグがしたくなった。久々の真面な会話、美佳の顔を見てつい言葉が出てしまった。勿論身体が拒否反応を起こす可能性も考えたが一瞬でもあの温もりを取り戻したかった。もうすぐ一生感じる事が出来なくなるかもしれないから……。


 美佳はベッドからおりてゆっくりこちらに近づいて来る。俺も美佳に向かって一歩ずつ近づいた。互いの距離が1メートルを切ったところで俺は腕を伸ばして抱きしめた。


 美佳の身体に触れた瞬間から自分の鼓動が速く、重くなるのを感じた。久々に触れる事が出来た事で興奮しているからなのか、身体が離れろと訴えてきているのかは分からない。そんな事を考えている中、耳元では『ごめんなさい』と鼻をすすりながら美佳が呟いて来る。


 これがさっきの離婚の質問への解答なのだろうか……。俺は追撃するように自分の意見言った。


「美佳、俺は離婚なんてしたく無い。もう一度、出来るならもう一回やり直したい」


 美佳が自分の意思で離婚しようと考えているのか、皆に言われて離婚しようとしているのか、それとも離婚なんて考えていないのか俺には分からないが俺は自分の望みをぶつけた。


「出来るなら、私だって離婚なんてしたく無いよぉ……でも、後遺症で私の近くに居ると嫌な思いをしちゃうかも知れないから」


 美佳は涙声でそう言うと俺の背中に回している腕に少し力を込めて来た。

 より美佳の身体が俺の身体に密着してしまう。そのせいかおかげか眩暈と吐き気が俺を襲ってくる。


「そばに居て欲しい。美佳がそばに居る生活が当たり前になれば身体も慣れてくるかもしれないから」


 今ここで気分が悪くなって吐いてしまえばもう離婚が確定してしまう。だから我慢した。耐える事で美佳は安心してくれる、そう思って。




 その後、冷静ではなかったとしても話し合いを終えることが出来た。そして、両親たちはやっぱり反対してきたが俺と美佳は再婚……ではないがやり直すことにした。

 よって形だけはあの頃に戻った。




 ◇◇◇


 店が盛り上がる時間帯には既に働き出して、店が盛り上がりを無くした後まで接待を続ける。休んでいいのは家で寝ている時だけ。勿論娯楽をする時間なんてない。出来るだけの償いをする為に起きている時間の9割は仕事場。多く稼いで美佳ちゃんに多く渡す。それだけしか今のわたしには出来ない。


 今日もボロボロの身体でアパートに帰る。おんぼろアパート。

 美佳ちゃんに償うと決めた時に元々の生活水準から大幅に下げる為に必要以上の家電やカバン、そして住居は手放した。隣はテレビでも見ているのだろうかギャーギャー騒いでいる。早朝だと言うのにうるさい。それでも、眠れてしまう程わたしは疲れていたので家に着いてすぐに眠ってしまった。


 目が覚めた時、時間を確かめる為にスマホの画面を点ける一見メッセージが入っているのが確認できた。連絡先は美佳ちゃんだけなので誰かなのは確認しなくても分かっていた。


『大史とやり直すことが出来ました。もう家に来なくても大丈夫です。では』


 簡素にそうメッセージが送られてきていた。わたしはそれに対して『良かったです』と簡潔に返してスマホの電源を再度落とす。


 仕事に行く前に腹ごしらえをしたくなったので横になっていた身体を起こす。しかし、わたしの思考とは裏腹に足が覚束なくなり、倒れてしまった。

 さっきまで寝ていたのだから睡眠不足ではないだろう。働きづめていた事による体の疲労が原因なのかわたしは倒れてしまった。


 勿論わたしを助けてくれる人は一人もいない。恋人も友人も居ない孤独。


「あぁ、もうダメかも……」


 その週の分のお金以外は美佳ちゃんに渡していたので貯金なんて真面に出来ていなかったので入院なんて無理だと思った。


「自業自得、だなぁ……」




 ◇◇◇


 俺は……仕事に復帰できてしまった。美佳は仕事なんて行かなくていいと言ってくれたがずっと家に居ても気が狂うと思い、俺は仕事がしたいと伝えた。美佳は俺に強くは言えないようで『大史が言うなら』と言ってくれた。


 慕ってくれていた部下のおかげなのか、俺の実績が良かったからなのか。兎に角また仕事に勤しむことが出来るようになった。激しい運動は出来なくなってしまったがデスクワークなんかは問題なく出来た。長い休職状態に陥ってしまっていたので後輩に逆に教えて貰う事もあったが仕事をまた始められた。


「行ってきます……」


 今日も仕事に行くために家を出る。思い出の写真コーナーがあった場所を家を出る前にチラッと癖で見てしまう。

 美佳に心配させない様に、困らせない様に笑顔を作って美佳の温もりを感じる為にハグをする。


「うっ……やっぱりまだダメか」


 まだ体には美佳に対する抵抗感が残ってしまっているようで吐き気を催してしまう。


 早く今の環境に慣れないと。今日もそう自分に言い聞かせながら家を出た。



 ◇◇◇


 今日も大史に苦しそうな顔をさせてしまった。だから私はカッターを取り出して手首を切りつける。痕が増えてきたせいで同じところをまた切ってしまいそうになる。


 大史が私が原因で苦しさを感じる度に腕や手首を切る事にしている。痛い。勿論痛いけど大史も苦しんでいるのだから当然だと思った。


「でも、もう大史と子どもなんて作れそうにないなぁ……。一緒にお風呂にも入れないや……。もし一緒に入りたくなったらごめんね。でも、もう一生嫌いになんてならないから。それだけは誓うから」



 完

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洗脳された妻に嫌われても俺は愛し続けた。だけど耐えられなくなった俺、妻が洗脳から解かれた時には…… 夏穂志 @kaga_natuho

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