秘やかに、レアケース

御子柴 流歌

型は崩さずに

「わ」



「え?」



「小林くんがスーツだ」



 うちの会社は服装に制限がない。


 おカタい雰囲気が嫌いだと言って、年柄年中オフィスの中では半袖Tシャツを着ているという大先輩社員もいる。


 同期入社の小林くんも、以前『スーツがどうしてもイヤでさぁ、だからココ選んだんだよねー』なんてことを言っていたことがある。



 なのに。


 そんな彼は今日、スーツで出社していた。



「そりゃ、まぁ」



「まぁ、って何よー。気になるなぁ……って、あぁ。そっか、なるほど」



 ひとつ合点が行った私は勝手に話を打ち切って自分のデスクに戻る。



「ま、待って待って」



 戻るではなく『戻ろうとする』ところで、彼が引き止めてきた。



「え。今日のこと、まさか忘れてるわけじゃ……」



「ばかね」



 そんなこと。



 ふと見れば、机上のパソコンモニターには、仕事関係の付箋に混ざってどうみても勤務時間外の時間が書かれた予定を記したモノが貼り付けられている。


 ……私も、彼のことは言えないけれど。



 だけど。



「でも、あからさまに着てくるのはやめた方がいいわよ?」



「え?」



 私は柄にもないウインクを彼に預けて、今度こそ自分のデスクへと戻る。


 私が去ったあとも、彼のもとに誰かがくれば、必ずスーツに対するツッコミをしていく。


 そのうちとくに用事がない人まで彼に訊きに来る始末。



 そんな彼があたふたしているところを、私は椅子に座りつつも中腰の姿勢になってパソコンの影からそれを見つめる。


 机の下の足元にあるガーメントバッグに気をつけながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘やかに、レアケース 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説