第7話 不安。

 扉を抜け、ギルは店内を見渡した。

 客商売だというのに、まったく装飾などされておらず、むき出しの壁には所々亀裂が入っている。明り取り用の窓があるが、店内は薄暗い。 

 カウンター席が4つ、4人掛けのテーブルが1つと2人掛けのテーブルが2つあり、シアとフレイアは4人席に案内をされていた。カウンター席の1つに昼間から酒を呑んでいる男がいるだけで、他に客の姿は無かった。

 ギルはシアの向かいの席に腰を下ろす。


「思っていたより、綺麗に清掃はされているようだな」

「アミールのお陰でしょう」


 ギルの言葉に応じながらも、シアはフレイアから視線を外す事は無かった。


「まあ、そうなのだろうな」


 細い腕で重い籠を運んでいたアミールの姿が脳裏に浮かぶ。 

 アミールは働き者だな、とギルは感心しながら、疲れた様子でうとうとと今にも眠ってしまいそうなフレイアの姿を見つめる。


(体力の無い小さな体で、これから始まる砂漠の旅に耐えられるのだろうか?)


 どれほど困難であると分かっていても、旅は続けなければならない。耐えていただかなくてはならないのだ。


(母国へ戻るために)


 今の時期、海上は大荒れとなっている。船が使えないなら、どれほど大回りになると分かっていても陸路を行くしかない。

 それにはまず砂漠を越えなければならなかった。

 恐らく、この状況を画策した者は、そんなことまで見越して王女を攫うという凶行に及んだのだ。


「今、泊まる部屋の用意を依頼しています。用意ができ次第、フレイア様に休んでいただきます」


 固い声に、ギルは物思いから引き戻された。視線を声の主へ向ける。


(俺以上に殿下を心配しているのはこの男だったな)


 シアは全身全霊でフレイアを守り続けている。王族と臣下の関係からではない。尊敬や敬愛よりももっと深いところでフレイアを大切に想っていた。

 それはシアと初めて出会った時から気づいていたことだった。


「それがいい。おまえも一緒に休むといい」


ギルはシアを労うように答えたのだった。

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