side松村





 



「どうしてお前が此処にいるんだ」



「どうしてって…、会いたかった、から?」





田中は教室の扉をゆっくり閉め、俺と目を合わせる。逃げ道が塞がれている。


その俺を見る瞳が、暗く澱んていて、一切の光が入っていなかった。彼女の目だけみると、まるで死人のようにも感じられた。しかし、口元は笑っていてどういう感情なのか、俺には全く理解が出来なかった。



「なぜ、俺とお前は関わりがないだろ」




「…覚えてて、欲しかった…んだけどなぁ」




田中は右目を髪で隠し、これでもわからない?、と問いかけてきた。しかし俺には全く身に覚えがない。田中というやつが俺と同じ小学校だったのは、最近になって思い出した。だからと言って、田中がどういうやつなのか、俺と何の関わりがあったかなど思い出せるはずも無く。



重い沈黙が続く。



何と返せばいいだろう。

俺は中学校までの記憶はほぼ無い。記憶喪失とか特別な何かがあった訳でも無く、ただ覚えていないだけなのだ。適当な返事をしたら、田中は確実に怒るだろう。しかし、知らないと返しても彼女は怒る。いや、いっそ怒らしてみるのもありなのかもしれないな。





「分からない」



淡々とした表情で俺は返す。




「……そう、」




やけに低く、冷たさを感じる声で田中は呟く。

やはり、怒らしてしまったか。




「まぁ、そう、だよね…じゃあ、さ…昔話をしてあげる」




んふ、と田中は奇妙で、気味の悪い笑みを浮かべた。








「___あのね、…松村君は、






昔私が殴られてる時助けてくれたの。これも覚えて無い?ほら、暗くてイジメられてた女の子、アレ私だよ。あの時の松村君凄く格好良かったよ。デカい悪い大人を蹴ってまるでヒーローううん、王子様見たいってあの時の私思っちゃったの。その時戦隊モノ流行ってたじゃん?あれのどのヒーローより松村君格好良かったね。その後もボコボコにしてさ、夕日が松村君と重なって今度は神様みたいとか思っちゃって。私その時から松村君のこと凄く好きになったよ。絶対松村君も私の事凄く好きだったと思うから、ほぼ付き合ってたみたいな状態だったの。だって、挨拶もずっと返してくれてたもんね。でもさ、松村君転校する前、凄く冷たい時あったよね。アレ何でだったの?あ、もしかして私に照れてたのかな?母親がいなくなって、私と恋愛することができて嬉しーみたいな?じゃあさ、転校とかもほんとは絶対嫌だったよね。可哀想に。でも大丈夫、私も一緒に転校してあげたから。松村君のいない期間は本当に寂しかったよ。冷たくした後に私から離れたから、ほんと殺してやろうかなんても思ったよ。あ、嘘嘘そんな事流石にしないけどね。松村君と再会した時嬉しかった。やっぱり私たちは運命の糸で繋がっているんだとも思ったの。赤い糸ってやつだよ。その時さ、松村君ストーカーに追われてたんだよ、知ってる?あ、今は大丈夫だよ私が松村君から突き放しておいたから。その子に色々して私、松村君の高校知って一緒の学校行けるようになったよ。あの子本当に嫌い。もっと酷いことしても良かったけど松村君のこと考えて手止めちゃった。もし松村君がいいなら私今からでもあの子のこと殴ってくるよ。やっぱりここまでくるのは大変だったし、辛かった。でも、松村君に会えるんだと思ったらそんな疲れ一気に吹き飛んだよ。松村君も待ってくれてるって思ってたから。私さ、演技で人を騙したり、とか人を操ったりとかするの得意だったからさ、またがんばったよ。ねえ、褒めて松村君。ずっと好きでいたことも偉くない?こんなに松村君のこと好きなの私以外にいないよ。それでさ、蜂山さんとは今どんな関係なの?ねえ、松村君、まさか浮気とか無いよね。私はこんなに松村君を思ってるのに、松村君は蜂山さんしか見てないよね。何で?!蜂谷ミチカとかただの道具なくせに私達の邪魔してくるのは何でなの?松村君も嫌なら嫌って言えばいいよ!あ、もしかして言えない状況な」





絶句した。

田中は一旦はあはあ、と顔を真っ赤にして呼吸を整える。あんなにモゴモゴ喋る田中が急にスラスラと喋り出したことも恐怖だった。後半につれ、話が脱線していき、田中は声を荒げながら、怒りがこもった声で言い出す。俺は何も返すことが出来なかった。


今も田中は何か言っているが、耳が受け付けない。脳に入ってこない。

ああ、こういう体験をするのは初めてかもしれない。


…初めて、蜂山ミチカが隣にいないことを寂しく思った。











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