二 結団式(中編)

 モニターの表示ひょうじわって、結団けつだんしき中継ちゅうけい放送ほうそうはじまった。

 けれども、結団式司会しかい進行しんこうやく主幹しゅかん教諭きょうゆ芽室めむろ先生せんせいだまったまま。

 いや、くちはパクパクうごいている。こえとどいていないだけ。でも、なんで、声だけこえないのか。

 廊下ろうかからかすかに芽室先生の声とノイズが聞こえしている。

 [かく学級がっきゅう教室きょうしつのスピーカーがOFFオフになっているので、切り替えてください]と、画面がめん中央ちゅうおう白字しろじ指示しじが出る。


 ブチッ。

 放送委員いいん春月はるつきさんが「OFF」から音量おんりょう1・2・3・4・5のうちの「3」にする。

 <あーあー、あーあー。

 マイクテスト、マイクテスト。

 こちら、ぞく国立こくりつあかれんが小学校しょうがっこうぐん硝子がらすばちサテライト校だい体育館たいいくかん

 芽室先生のマイクテストがつづく。


 続日本国立赤れんが小学校群硝子鉢サテライト校にかよは、全員ぜんいん、続日本国民こくみんか、続世界政府せいふに属する加盟かめいこくの子。

 だけれども、学校職員しょくいんなかには、主幹教諭の先生を「名誉めいよ校長こうちょうイヌ」とか「VIRGOヴィルゴたましいった裏切うらぎもの」と非難ひなんする先生もいる。

 彼等かれらは、きっと、芽室先生の指示を聞かないで、スピーカーをOFFにしたままにしているだろう。

 だから、モニターに白字のテロップが表示された。

下記かきの学級は、スピーカー音量を『3』に設定せっていしてください。

 てい学年がくねん:1-31/1-46/2-7/2-8/2-9

 ちゅう学年:3-23/3-33/3-37/3-39/3-40/3-42/3-52/3-58/3-59/4-1

 こう学年:し]


 一分。モニターのテロップはな字になった。

警告けいこく:「はん続世界政府および反続日本国主義しゅぎたいする治安ちあん維持いじほう」により警告します。

 下記の学級は、無駄むだ抵抗ていこうはせず、ただちに教室ない軟禁なんきんしている児童じどう解放かいほうしなさい。

 低学年:2-7/2-8/2-9

 中学年:3-23/3-33/3-37/3-39/3-40/3-42/3-52/3-58/3-59/4-1

 高学年:無し]


 一、二、三、……十学級以上いじょうきゅう抗議こうぎ活動かつどうきこまれるなんて。

「うわっ、今年ことし担任たんにん教師きょうし十三人も拘束こうそくか。

 結構けっこうだい規模きぼな反世界政府抗議活動なんじゃ無い?」

とくに。三年生、かわいそうだね」

赤円せきえんくらしている以上、駆除くじょ義務ぎむだもん」

 みんなかえで先生には極力きょくりょく聞こえないように、ヒソヒソはなしている。

 でも、そんなヒソヒソ声をすように。中学年教室とうのいたるところから、ガラスがれるおとが聞こえて来る。あの棟には、三年生と四年生の子たちがいる。大丈夫だいじょうぶだろうか。



 世界崩壊ほうかい後。

 日本は、ごか先進せんしんこくおなじように、のこったひとたちの意見いけんがまとまらなかった。おおまかに、AエーあんBビー案にかれた。


 A案は、日本がたくさん運営うんえい資金しきん支払しはらって来た既存きぞん国際こくさい機関きかん事実じじつじょう消滅しょうめつ)を他の先進国ととも主導しゅどう再興さいこうさせる。

 A案の長所ちょうしょは、世界崩壊後となにわらない憲法けんぽう社会しゃかいシステムを維持いじする。たん所は、「理想りそうろん」にちかく、すぐに国家こっか破綻はたんしてしまうというてん。つまり、数年すうねん後には他の先進国家と合併がっぺいする未来みらいれる。


 B案は、続世界政府の傘下さんかはいって、続日本国家として国家運営をおこなうう。

 B案の短所は、わかりやすく、既存きぞんの憲法と社会システムの凍結とうけつ。長所は、国力こくりょくもど猶予ゆうよかせげる点。魅力みりょくてきだった。


 結果けっか。B案=続日本国民こちら側になった国民は、一時いちじ的な大きな臨時りんじの続世界政府にかり加入かにゅう

 日本語の公用こうようを残しつつ、「青銀竹」殲滅せんめつのみをさい優先ゆうせん事項じこうとする続世界政府とそれを実行じっこうするVIRGOへの絶対ぜったい服従ふくじゅう

「青銀竹」が絶滅ぜつめつしたさいには、もとの日本国家に再編さいへんされなければならない。

 あくまでも、続世界政府とVIRGOによる、時間稼ぎ。


 だから、きゅう日本列島れっとうの「ナゴヤ」あたりからの西にし日本は、続日本国家では無い。いまだに、「日本」を自称じしょうしている。でも、ほとんどの日本国民は食糧しょくりょう自給じきゅうりつひくさから、続日本国家の支援しえんいつないでいる。それに、高等こうとう教育きょういく機関はのきなみ、閉校へいこう

 続日本では、ハンバーガーショップ、ピザ、ファミレス、コンビニ、ショッピングモールがある。でも、日本には、それらが無い。

 西日本に人々ひとびとは、ふるき日本をわすれないで維持いじする義務かんえている。

 ひがし日本に住む人々は、続世界との協調きょうちょう路線ろせん延命えんめいしている。

 両者りょうしゃ中途ちゅうと半端はんぱ断交だんこうはしている。だって、未成年みせいねんしゃの西と東のみとめられていない。大人おとなだって、きびしい審査しんさをパスしなくちゃ行けない。

 成人せいじんたっする年齢ねんれいはどちらも、まん十六さい。十六歳になったら、どちらかで生きるのか自由じゆう選択せんたく出来る。


 今日の給食きゅうしょくは、竹狩たけがり遠足えんそくまえの「はらごしらえ」で、ちょっと豪華ごうかな給食だった。

 人工じんこう淡水たんすい。そのよこのエビ養殖ようしょくじょうからのエビカツか、トリのからげ。

 サラダ。

 ワカメごはん。

 カブ味噌みそしる

 牛乳ぎゅうにゅう

 デザートは、オレンジジュースたっぷり使つかったあまいキャロットゼリー。(プルンプルンになるゼラチンでは無くて、ぼう寒天かんてんでかためたせいでシャクシャクした舌触したざわりだった。)


 同じ時刻じこくに、西日本の小中しょうちゅう学生がイモ無し味噌無し古米こまい雑炊ぞうすいをすすっている。

たたかわざるものうべからず」なんて、言葉ことば大昔おおむかしにあったらしいけれど。まさにそれに近い。

 でも、戦わないことをえらんだのは彼等のほうだ。

 西日本の日本国では、「そうくうしん自然しぜん災害さいがい」と認知にんちされている。

 東日本の続日本国では、「植物しょくぶつによる侵略しんりゃく戦争せんそう」と認知されている。

 どちらも同じ出来事できごとなのに。

 あちらにとっては、生態せいたいけいの崩壊、異常いじょう自然しぜん現象げんしょうと言いわけならべて、日本国民がえている。

 世界のながれにさからう子たちは大人になれるのだろうか。


 ……わたしは、あか王子おうじさまいのちすくわれて、もう一年になる。

 ていたらいえなかびて来た青銀竹がさって、にかけたことはなんとなくおぼえている。

 赤きさずかって以降いこう、わたしは続世界群秘密ひみつ機関VIRGOに保護ほごされている。

 隔離かくりではなく、あくまでも「原典げんてん保全ほぜん」の観点かんてんから、安全あんぜん日常にちじょう提供ていきょうしてもらっている。

 もちろん、それは「原典」としての役目やくめたしてこそ。

 平日へいじつ放課後ほうかごは、赤円市がいの(市ないえる青銀竹とはくらものにならないくらいの)ふとぎる青銀竹を駆除くじょし続けている。


 わたしよりも八時間はやく、赤の王子様から赤き輪を授かった子。続国立Vブイ小学校の破綻はたん 守破離しゅはりちゃん。彼女かのじょとは、精密せいみつ検査けんさで、VIRGO深層しんそう病院びょういんにお邪魔じゃましたときしか、ったことが無い。

 ちょうど一年前と。十月。

 遠足けの回復かいふくに、精密検査予定よてい

 赤き輪の適合てきごうせいがわたしよりたかいのに、駆除活動をしていないらしい。

 第八課長かちょう瞳宮とうみやさんの駆除命令めいれい何度なんど無視むししても、問題もんだいにすらなっていない。



 突然とつぜん、六年五十九組の教室ドアがガラガラッといきおいよくひらいた。

御前おまえ!!!

 セイレーン原典がすべてのたけ滅却めっきゃくすれば、子どもたちは戦わなくてむんだ!

 英雄えいゆうたたかえ!

 英雄は戦え!」

 おとこの人がどんどん子どもをかき分けて、わたしに近づいて来る。

「……あのー」

「何だ!」

 わたしは椅子いすすわりながら、おずおずと不審者ふしんしゃいかけた。




「どちらさまですか?」




 ……。

「プッ……」

わらっちゃ駄目だめだって」

「……ヒッ……」

「……クッ……」

 じゅく宿題しゅくだい夢中むちゅうだった五郷ごごうくんまで、両手りょうてかおおおってうつむいてしまった。

 いや、もう、皆、いきころしてるけど、かたふるえてるよ。

「いや、だってね。

 らない人とはお話しちゃいけないって、治安維持きょく警備けいびきょく合同ごうどう防犯ぼうはん教室でも、ならったし。

 この学校、マンモス校でしょ。

 人の顔、おぼえられないよ。

 どう学年がくねんせいが三十人かける六十クラスで……二桁ふたけた同士どうしざん苦手にがてなんだよな。ねえねえ」

ぼくは『ねえねえ』という名前なまえではありません。五郷です。

 おこたえしましょう。

 セイレーン原典様こと、窓塚まどづかさんの同学年生は、千七百九十九名です」

「いや、一人りない!千八百人だろうが!」

雲上くもかみ君。今は、六年生の人数にんずうを問われていませんよ。

 僕は『同学年生のかずに、窓塚さん自身じしんふくまれない』とかんがえました」

「アハハハハハハッ。

 駄目。

 そこじゃない。

 コイツ等、ズレまくってる。

 反世界主義者のまえで、殺されるとかおもわない訳!?」

 爆笑ばくしょう中のネッサちゃんはバンバンつくえたたいて、笑い続けている。


 教室のスピーカーをONオンにしても、反世界政府主義者は行動こうどうする。彼等をめられない。

 でも、わたしに指図さしず出来るほど、えらくはえない。

「私は、続日本国立赤れんが小学校群硝子鉢サテライト校四年一組担任の、中泉なかいずみ しん正義せいぎだ。

 セイレーン原典、君を保護しに来た。

 さあ、こちらへおいで。

 君を日本国政府にわたし、続日本国を解体かいたいする。

 世界崩壊前の素晴すばらしい強靭きょうじんな国家に戻すんだ」


「強靭な国家ね~。

 ウチにとっては、続世界の皆を許容きょよう出来無い、うつわちいさい豆粒まめつぶ国家よ」


 ベチンッ、ベチンッ、ベチンッ。

 ネッサが笑うのをやめて、わたしのひだりかたをつかんだ不審者のみぎこう筆箱ふでばこで三度叩く。

 子どもにかるく叩かれただけ男は、筆箱の中のくろペンや鉛筆えんぴつ地味じみたって、いたがっている。

「続日本国では、おみかんが輸入ゆにゅう出来なくなって三十二年。

 禁輸きんゆあいだ、同じ続世界政府の加盟国がオレンジを分けあたえてくれている。

 だから、キャロットゼリーのあまさを出している、オレンジジュースが輸入出来ている。

 あじわったくせに、何様なにさま

 おじさん。

 べつに、こうべれろとは言わない。

 でもね。

 昨年さくねん、硝子鉢小五年生最多さいた駆除くじょすうのウチに言わせればさ。

 アンタ、続世界政府のお世話せわになっておきながら、セイレーン原典様にまもられながら、ウチ等子どもに地道じみちな駆除活動をしつけながら、いきしてること忘れてない?」


「まどろっこしいんだよ、ネッサ。

 俺がおっさんの帆立ほたてりん、今ここで、かちってやる!

 先手せんて必勝ひっしょう!」

「タンサ、ソイツの帆立輪なんかこわ価値かちなんて無いのよ」

 へんなおじさんにっこんで行こうとしたタンサ君のロンティー襟首えりくびっぱって、止める楓先生。でも、楓先生は何も言わない。


自分じぶんたち反世界政府主義者はウチ等より人道じんどう主義をかかげてます?

 自分たちはウチ等よりまともです?

 遠足は明日あしたなのよ。

 事故じこを、安全あんぜんを、いの立場たちばでしょうが」

 が無くて、だれでもいから、子どもを人質ひとじちろうとしている。

 口答くちごたえを続けるネッサちゃんも標的ひょうてきになってしまった。

 間合まあいをめてこようとするおじさん。

「かわいそうに。

 一か月はんもしないうちに、クラスの担任がつかまるなんてね。

 今後こんご十年間は情緒じょうちょ発達はったつ問題もんだいが無いかどうか、治安維持局の監視かんし対象たいしょうになっちゃった。

 あーあ。

 四年一組の子たち、カウンセリングけよ。

 自由じゆうな放課後が無くなる。

 きびしいと思わない?

 だからね、かたひじらないで。

 今すぐ、続日本国籍こくせき放棄ほうきしなさいよ。

 そうすれば、貴方あなたった三十人のおしだけは守れるんじゃな~い?」

 ネッサちゃんは黒ペンを右手でしっかりにぎっている。おじさんの左部分ぶぶんねらって、突き刺す動作どうさをしてみせる。


「『不慮ふりょの事故による死亡しぼうで続日本国除籍じょせき』のコース、かもね」

こわいこと言わないでよ、ノアン」

棄民きみんなど、日本国にはありえない!」

馬鹿ばか言ってるよ。

 おっさん。

 ここ。

 NOTノット JAPANジャパン

 OKオーケー?」

 タンサ君はおじさんにそう言いはなった瞬間、治安維持局員が十人ほど、教室になだれこんでくる。


「……」

「楓先生ー、い出さないの?」

「……」

「ア、アンタ、何してんのよ?」

「……」

「アタシがセイレーン原典の担任だから、近づいて来たのね!そうなのね!

 そうよね!そうでしょうね!そうだったのなら、そういうながれよね!」

「誰が続世界政府主義者と恋愛れんあいなんかするかよ」

 中泉先生は、拘束にも見苦みぐるしく抵抗する。


「「「あちゃー」」」


 こころそこから、「「「あちゃー」」」という声がれた。

「貴方がまねき入れたのですか?」

「いいえ、ちがいます。勝手かって侵入しんにゅうして来ました」

「ハニートラップをかけて来たのにづかなかった、間抜まぬけな世界主義者だよ」

 でも、このおしゃべりな口。舌を自傷じしょう行為こうい懸念けねんした治安維持局員によって、猿轡さるぐつわをかまされた。

手もあしも口もふうじられたおじさんは、連行れんこうされていった。


 <あー、あー。

 マイクテスト、マイクテスト。

 全ての学級教室のスピーカーがONになりました>

 うん。ONになったよ。ONになったけれども。

 楓先生の心身しんしんはOFFになったよ。

 最悪さいあくのタイミングで、放送が再開さいかいされる。


「……」

「楓先生」

「……」

べつに、アイツのことがきだった自分まで否定ひていすること無いんじゃない?

 それだけ、楓先生がアイツの悪者わるものじゃ無いおもてめん続けてたってことだ。

 うん。

 つぎは、こういうことを言うおとこえらべよな!」

「アンタは一言ひとこと二言ふたこと多過おおすぎるのよ!」

 タンサ君をギラリとにらむ、するどい目つき。その目つき、小学校の先生の目つきでは無いような気がしたけれど。タンサ君はおびえていないし、きずついた顔をしていない。

「人間てさ。おこっていると、うつむいたままでいられないだろ。

 怒ってでも、まえいてろよ!」

 怒る。

 そう、六年五十九組の学級児童は、「楓先生が憤慨ふんがいしていた(簡単かんたんに言うと、メチャクチャれてた)姿すがた」を見た。言葉ことばじゃない。楓先生の心からき出た態度たいどだ。

 だから、楓先生は、わたしたちを裏切っていないとしんじることが出来る。

 タンサ君は楓先生を怒らせるだけ怒らせた。

 けれども、それには、きっと、ふか理由りゆうがあったのだと思った。

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